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「さて、ここらの草を摘んで帰ろう」
「そうだね、ちょっと物足りないけど」
「物足りないのかよ」
時間にすれば一瞬の戦闘だったが俺は全くそうは思わなかった。あの稲妻鳥はおそらくは相当上位の魔物だぞ。
が、リアは魔物を倒した後は淡々と草を摘み始める。その後は特に何事もなかった。俺たちは用意してきた籠いっぱいに草を摘み、来た道を引き返した。
「じゃ、俺はオルクさんに草を渡してくる」
「私は?」
「冒険者の店に報告でもしといてくれ。どっちも二人で行くほどの用ではないだろ」
普通オルクに二人で草を渡しその後に二人で店に完了報告するもののような気がするが、俺はリアをオルクに会わせないために適当なことを言う。
「分かった」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずかリアはあっさりうなずいてくれた。
「あ、でも報酬一人占めするのはなしだからね」
「金額分かってるのに一人占めなんて出来ねえよ」
こうして俺は二人分の草を持ってオルクの元に向かう。
オルクは自らの館で絶賛祭の準備中だった。そこは個人の館とは思えないほどの人が出入りし、羽織を作ったり神輿を作ったり松明の用意をしたりしている。しかもその中には少数ではあるが帝国民も混ざっている。祭はもう王国だけのものではなく、一つの文化として帝都に根付きつつあるということだろうか。そう思うと少し感慨深い。
「すみません、ヤコン草を採ってきた冒険者の者ですがオルクさんいますかー?」
「おお、やっとヤコン草が手に入ったのか!」「これで祭が出来る!」「すぐオルクさんを呼ぼう!」
俺の声に人々はすぐに反応する。そんなにこの草が祭にとって必要だったのか。そうなのだろう、人々は俺の持つ籠を見て周囲に集まってくる。
「いやあありがたい」「感謝いたします」
「俺はただ仕事をしたまでだ」
「昨日依頼が受けられたと思ったらもう完了したのか。すごいな」
そんなことを言いながらやってきたのが、禿げ頭に大きな青色の羽織を羽織った大男である。彼がオルクなのだろう。
「いえ、たまたますぐ見つかっただけですよ」
「いやあ助かった、ま、せっかくだし上がっていってください。この通り散らかってはいますが」
「どうも」
俺はこれまでの人生でここまで他人に感謝された記憶がなかったので妙に戸惑いながらオルクに連れられていく。冒険者っていうのも意外といいものだな。
これまでは本当に必要最低限の仕事しかしてこなかったが、本業にするのも悪くないかもしれない、などと柄にもないことを考えてしまう。
オルクは人々が作業している間を抜け、二階の自室と思われる部屋に俺を通す。書斎なのか、本棚に囲まれた真ん中に小さい机といすが二つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。
「狭い部屋ですがどうぞ」
「はい」
俺たちが座ると祭の手伝いに来たと思われる人がお茶とお菓子を持ってきてくれる。手際がいいな。
「何から何まですみません」
「いやいや。私にとってこの祭はとても大事なんです」
オルクは心底俺に感謝しているようだった。
「それはやはり長い伝統があるからですか?」
「いえ、それもあるんですが旧王都の方にも祭は残ってますからね。帝都で祭が開催されなくても伝統自体は残ります」
確かにこちらで盛大に祭をしたからといって、元の祭がなくなる訳はない。
「ならなぜ?」
「最初は戦火を避けてきてやむを得ず帝都で祭を行ったんです。当時我々王国民はかなり肩身の狭い存在でしたし、祭の規模も今と比べると大したことありませんでした。それでも、当日は王国民も帝国民も分け隔てなく笑顔になってくれたのです。それを見て私は決めました。この祭をもっと盛大に執り行えば、もっと多くの両国の人々が仲良くなれるのではないかと。分かってもらえますか」
オルクは話しているうちに興奮してきたのか、手をぶんぶん振りながら熱弁する。
確かに今では王国の祭に帝国民も参加している。それに、今年はイレーネの輿入れもある。オルクの夢は一歩ずつ実現に向かっているとみて間違えないだろう。俺はそれを聞いて胸を打たれる。
と同時にリアのこと、自分のことが胸をよぎる。オルクの考えていることはリアとは正反対だ。リアにとって帝国は憎むべき仇でしかない。王国民が帝国への恨みを忘れて仲良くするのはリアにとっては悲しいことだろうし、リアが帝を討とうとすれば再び両国の仲は険悪になるだろう。
そしてそれとは別に俺の中に、こいつも自分の生き方をしっかりと持っているのかというどす黒い嫉妬のような感情があるのを感じた。
「……」
結局、俺は頭の中で色んな気持ちがぐるぐる渦巻きオルクに対して返事をすることが出来なかった。
が、オルクはそんな俺を感極まって言葉が出ないと勘違いしたらしく、俺の手をつかむとぶんぶん振る。
「おお、分かっていただけましたか。しかしラコン草の他にもう一つ問題があるのです。実は、帝国の役人からイレーネ姫の婚儀と日程が被っているため祭を中止するか日程をずらすようにとの通達があったのです。これまで帝国もいちいち祭には目くじら立てなかったのに、変な知恵をつけた役人め……」
オルクは役人への怒りを露わにする。しかしこの流れ、もしかして俺に第二の依頼を受けさせる流れに持っていこうとしていないか? 別にそれはそれでいいのだが。
「それは賄賂が欲しくて難癖をつけてきているのですか?」
俺の中の役人に対するイメージはそんな感じだ。
が、オルクは首をかしげる。
「分かりませんが、違う気がします。それだったらもう少しそれをほのめかしてくるはずです。なので宜しければ冒険者の方にその理由を調べてもらいたいなと……」
「なるほど」
いつの間にかオルクは俺に向かって手を合わせている。今回の依頼で俺は優秀だと思われたのだろうが、しかし危険な土地から草を採ってくるのと帝国の内情を探るのは全く別の難しさがある。
そもそも俺は祭が成功して欲しいのか? だとしたらリアの行為は止めた方がいいのでは? 仮にリアを応援するとしたら祭は中止された方がいいのか? 自分の気持ちが定まっていないため俺は自分がどうすべきか判断することも出来ない。
「すみません、冒険者の相方が不在なので今返答できません。相談してみます」
「はい、ぜひご検討ください! ではこちら今回の報酬です。ちなみにその役人はロドムという人物で、普段は納税課に勤めているらしいです」
「は、はい」
すごい前のめりな情報をもらってしまった。これはもう依頼を受けたも同然じゃないか。勝手にこんな突っ込んだ依頼を受けてしまったらリアも怒るかもしれない。
こうして俺はオルクから金貨を受け取り店に戻った。帰る途中、王国民からも帝国民からも俺は感謝の眼差しで見送られた。その光景自体は間違いなく尊いもののはずなのだが……。
俺の心は依然として晴れなかった。
「お帰りー」
俺が戻ってくるとリアはいつも通りの明るい声で出迎えてくれた。やはりなすべきことが定まっているだけあって気持ちに余裕があるのだろう。俺は報酬の金貨を差し出しつつ尋ねる。
「リアはさ、もし何か願いが叶うとしたら何を願う?」
「うーん、やっぱり王国の人が力を合わせて帝国を打ち破るのがいいかな。私は時間がないから単騎で復讐するけど、本当は皆で一緒の方がいいよね」
こうやって聞くとリアの意見もあながち間違っているとは思えなくなってくる。
やはり俺は答えが出せない。出せないので、自分で話を振ったくせに話題を変える。
「そうだよな。それでオルクさんからもう一つ頼みたいことがあるらしい。どうも、帝国役人が祭を中止か延期させようとしているらしいんだが、その原因を探って欲しいと」
「ふーん。別に祭はいいけど、その依頼はいいかもね」
リアはぽん、と手を叩く。
「何が?」
「婚儀の前に一応帝国のことを探れるなら探っておきたいじゃん? 普通に調べるのは怪しいけど、その依頼を果たすために調査するなら怪しまれても捕まることはないでしょ」
確かに王国の者が単に帝国の内情を調べるのはどんな嫌疑をかけられるか分かったものではないが、冒険者が依頼のために調査するだけであれば、うっとうしがられても怪しまれないかもしれない。
「確かに」
確かにとは言ったものの、だったら俺はリアを手伝うのだろうか。しかしリアを手伝うかどうかはさておき、オルクのために原因を調べてあげたいという気持ちもある。そうだ、この依頼を受けることはみんなのためになるんだ、と俺は無理やりその結論にして納得する。
「じゃ、また明日だね。それじゃ!」
そう言ってリアは店を出ていく。おそらくまた素振りだろう。
「……寝るか」
俺は下を向いたまま部屋に戻った。