稲妻鳥
宿に帰るとリアは食堂で夕食を食べていた。すっかりくつろいでいる様子に見える。俺のように変な人と出会うことなく無事役目を終えたのだろう。
帰って来た俺を見ると無邪気に手を振ってくる。
「お帰り。遅かったね」
「図書館で調べものをするのは時間かかるんだよ」
オルフェイアの件を言わないことにしたのは彼女の呪いによる報復が怖かったというよりは、単になかったことにしたかったからというのが本音である。もしリアに話して「悪魔契約者? 斬りに行かないと」とか言い出されても面倒だ。
「ふーん。ま、とりあえずカインも食べたら?」
「言われなくても食べる」
俺は食堂で適当に食事を頼む。
「それでそっちは何か分かったのか?」
「まあね。とりあえず草はなかった。でもって、何か草刈りに来た王国民の集団と出会ったんだけどね、何か王国の方でヤコン草を刈ってきたら高値で買ってくれるって人がいるらしいよ。その辺は君が調べたことを聞いたら分かるのかな?」
「そうだな。あの草は狼避けの効果があるらしい。それが転じて祭にも使われるようになったらしい。きっと祈年祭も昔は狼避けの意味もあったんだろうな」
「なるほど。つまり、王国の方で狼がたくさん出没してるか……」
寡聞にしてそんなことは聞いたことはない。もちろん王国の祭なので王国でも小規模な祭は開催されているが、別に去年まではその祭で草が乱獲されることはなかった。
「この辺に狼が出てくる可能性があるってことだな」
俺の言葉を聞いてリアはちらっと壁に張り出してある依頼を見る。そこには狼の動きを調べて欲しいという依頼があった。
ということはやはり狼が大量にやってくるという兆しがあり、王国の方ではそれに気づいて対策を打っているということだろうか。
しかし王国は存在しないのに誰が対策を打っているということだろうか? 今王国の中心となっているのはイレーネだが、イレーネなら帝国にそのことを伝えて共同で対策をとるような気がする。
そこまで考えて俺はいったん思考をとめる。推測はいくらでも出来るが、大事なのはどうするかだ。
「どうする?」
「私には関係ないことだよ。私のやることには何も関係ない」
リアは穏やかな表情で繰り返す。
「でも、依頼を受けたからには草を集めなきゃだよね。他に生えてそうなところは分かる?」
「ああ。地図だとこの辺だろうな」
俺は少し奥まったところにある川を指さす。その辺りはまだ危険な野生動物なども住んでおり、あまり人は近づかない。が、俺とリアの実力なら大丈夫だろう。
「そっか。じゃあ明日はそこに行って草をとってこよっか。でも呆気ないな」
リアは物足りなさそうに小さくあくびをする。
まるでもう依頼が終わったかのようだ。
「おいおい、まだ終わってもないのにずいぶんと余裕だな」
「だって行って草を摘むだけでしょ? でもまあ、そこの草も残っているとは言い切れないからね。じゃ、私はお先」
その過程で危険な目に遭うという可能性はまるで彼女の中にはないようだった。俺がまだ夕食を食べているというのにリアはさっさと食堂を後にする。
おそらく、また適当な場所で素振りをするのだろう。冒険者ごっこをしていても復讐のことは片時も忘れない。やはりリアはリアだったし、俺にそこまでの人生の目的は見えてこなかった。
翌日、俺たちは早起きして朝食をとり、帝都を出た。
帝都を出るとしばらくは平野が続いており、その先に森が広がっている。遠目に獲物を探して徘徊する狼を見かけ、あれか、と納得する。帝都付近に来るのは初めてだが、狼が人の街の近くでこんなに堂々と徘徊しているのをあまり見ない。
森の中はうっそうと木々が茂っており、視界は悪い。俺たちが入って数歩歩くと一気に日光が届かなくなり、暗くなる。足元に人の身長よりも長い大蛇がいたり、ただの木だと思って枝を払ったら実は魔物で急に襲ってきたりしたが、いずれもリアが一刀のもとに斬り伏せて終了した。危険な森を呑気に鼻歌なんか歌いながら歩いているが、何とも恐ろしい人物である。
俺は川音に耳を澄ませて目的地の方向を言うだけの係だった。そんな訳で俺たちはそこまで手間取ることもなく目的地に到着する。
川の近くに出ると途端に陽光が降り注ぎ、暗い森に目が慣れてしまった俺たちは思わず目をつぶってしまう。対岸にも森が続いており、ここだけ開けた空間になっているようだ。そんな川の両岸に図鑑で見たヤコン草がびっしりと茂っている。
「おお、ヤコン草だ」
「やっぱり簡単な任務だったね」
リアが言ったときだった。
突然目の前に雷鳴が走る。
次の瞬間青々と茂っていた雑草が一瞬で黒焦げになっていた。
何かと思って上を見ると、そこには体中に稲妻をまとった黄色の大きな鳥のような魔物が飛んでいた。一応形は鷹に近いが、大きさが全然違う。体長は二メートルを優に超え、翼を広げると端から端まで三メートル近い。そして全身から稲光を発している。
「ねえ……あれ斬ったらびりびりするのかな」
さすがのリアも気後れしているようだった。金属は雷をよく伝えると言われている。さすがにリアの剣も柄の部分は金属ではないだろうが、相手は魔物なので何が起こるのかはよく分からない。
「かもしれないな」
「ま、いいけど」
そう言ってリアは鞘ごと剣を構える。
「この剣、長いから単に殴るだけでもそこそこ痛いよ」
「さすがだな」
圧倒的実力によるごり押し。リアの方針は彼女の人生と同じようにシンプルだった。
「で、どうやったらあいつ降りてきてくれるのかな」
ごり押しで何とかならないこともあるが。
そのくらいは何とか俺が頑張ってみるか。
「やってみる」
稲妻鳥(仮称)は俺たちの少し上で羽ばたきながら時々稲妻を走らせてくる。制御が完全ではないのか俺たちの横を通り過ぎていくが、これ以上近づくのは危険だ。まあ、近づかなくてもそのうち当たるだろうが。それに飛んでいたら必殺のリアの剣も届かない。とりあえず、俺は自分にも役目があることを喜ぶ。
「そういえば君、結構魔法使えるんだってね」
「ああ。我が家に眠る漬物石よ、その重さを我が敵に与えたまえ」
「……漬物石って魔力なんかあるの?」
リアは白い目で俺を見る。
「……すごく重いんだよ」
が、俺の魔法に対して稲妻鳥の周囲で稲妻がばちんと弾けた以外に反応はなかった。正直、魔法に対する反応を見るために適当な魔法を撃ったみたいなところはある。
「ほら、やっぱ漬物石なんかじゃだめなんだよ」
「いや、違うな」
稲妻がはじけたのは俺の魔法が弾かれたということである。
やつは俺のしょうもない魔法を周囲の稲妻を使って弾いた。ということは魔法を撃ちまくれば稲妻は消えるのではないか。問題は数と質、どちらが大事なのかということだが。迷ったら両方試してみればいい。
「最果ての地に住まう七つ首の龍よ、汝が七つの炎を我に与えたまえ」
俺が唱えると空中の七つの点から稲妻鳥に向けて炎が放たれる。俺が契約の得意先にしている七つ首の龍さんの必殺技だ。それならこの技をいつも使えばいいのではないかと思われそうだが、俺の消耗がかなりあること、精度は微妙なので近くに撃ちこむと自分や仲間を巻き込むことからいつもは使えない。
ともあれ、七つの炎は森の木々を焼き尽くしながら鳥に迫る。鳥の方も危機を察知したのか周囲に稲妻を展開し、炎と稲妻とがばちばちと相殺し合う。
正直、稲妻を破って撃ち落すぐらいの気分だったので多少ショックではある。
「キエエエエエエエエエ!」
突然、稲妻鳥は甲高い奇声を発する。すると口の中から稲妻の塊が三つほど飛び出し、すさまじい速さでこちらに向かって飛んでくる。
ちなみに、口から塊を吐き出すと同時に鳥の周囲の稲光は消えた。防御を捨てての本気の攻撃ということなのだろう。
「せいっ」
リアが目にもとまらぬ速さで剣を振るう。リアの剣は立て続けに三つの塊と接触する。リアの剣と接触した瞬間、稲妻は霧散する。
あまりに速すぎて何が起こったのかすらよく分からない。
「何だ今の技は」
「この鞘には破魔の力があるんだよ」
リアは不敵に言い放つ。これだけの剣技があって破魔の力まで持っていたら無敵じゃねえか。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
必殺技(?)が効かなかったことに発狂したのか、稲妻鳥は今度は恐ろしい勢いで急降下してくる。このままでは詠唱は間に合わない、と思ったがリアには呪文の助けなど必要なかった。
リアは剣を一振りして鞘を払うと一跳びして稲妻鳥の懐に入り込む。鳥はここがお前の墓場だ、とばかりに翼と一体化した手の先にある鉤爪をリアに向かって振るう。
「はあっ!」
リアの剣が一閃し、鉤爪が地面に落ちる。そして。
「やっ!」
返す刀で一閃、稲妻鳥の首が胴から離れる。
「クアアアアアアアアアアアアアアア!」
稲妻鳥は断末魔の叫びをあげてその場に崩れ落ちる。地に堕ちた鳥は思ったよりも小さい体だった。
「相変わらずリアはすごいな」
戦いが終わってそんな感想しか俺は出てこない。
「いやいや、アレンの魔法に怒って降りてきたから倒せただけだよ」
リアは剣を振って血を払いながら何でもなさそうに言う。いや、俺の魔法に怒って放った必殺技をリアが防いだからなんだが……。さすがに帝を一人で討ち果たそうとしているだけのことはある。いや、仇討のことを考えるのはやめようと思い直す。