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第6話 偽装彼女の家でご飯は、辛い物がある

 七尾家は、一ノ瀬町に於いては知らぬ者など居ない豪農の家系である。

 数百年以上前から、一ノ瀬の土地を管理する地主の家系であり、現代に至るまで一ノ瀬の顔役というイメージが強い。

 もっとも、よく漫画やアニメにあるような特別な権限を持った家というわけでも無い。

 例えば、警察権力に繋がりがあったりして、圧力をかけるなんてことは出来ないのだ。一昔前ならばともかく、この現代社会においてはフリック一つで社会制裁の炎がやって来るのだから、そのような後ろ暗いことをやらかせばあっという間に没落の一途だ。

 また、七尾家の一族だからといって、特別に敬われてなどは居ない。貴族のように扱われているわけではなく、どちらかと言えばお山の大将のような扱われ方だ。何か一ノ瀬の土地で問題が起きたら、まず、七尾家に顔を通してどうにかしてもらおう、という意識が俺の親世代ぐらいまでは結構根強く残っている。

 だから、敬われているというよりは、頼られているという印象だ。

 我らが町の兄貴分。

故に、当然、七尾家を邪見に扱う新入りなどが居れば、もれなく村八分が待っているので、そういうことも考慮すれば、意外と漫画やアニメに出てくる『大きな家』という印象に近しい物があるのかと思う。

 そんな七尾家から、娘の彼氏として家にご招待。

 しかも、晩御飯まで一緒にと誘われれば、特に理由もなしに断りを入れるのは得策ではない。よって、俺は渋々、言われるがまま七尾家へと送迎されることになったのである。

 …………リムジンの運転手の黒服の人が、強面で怖かったという理由も多分に含まれているのは、内緒だ。



●●●



「ねぇ、天野君」

「なんだい、七尾さん」

「…………実は、緊急性のある用事を突然思い出したりしない?」

「その場合、予定がずれるだけだと思わない?」

「で、でも、こう、ね? 色々とシミュレーションしてからがいいと思うの。今後の私たちのためにも」

「あははは、ありがとう、七尾さん。だけどね? これもまた七尾さんに相応しい男になるための試練として、俺は甘んじて受け入れるよ」


 ここで逃げても、お互いのためにならないから、さっさと終わらせようぜ? という俺の視線を受けて、七尾さんは黙り込む。

 いや、何かの用事を至急作り上げて、この場を凌ぐことは出来ないことも無いのだが、出来る限り、七尾家に対して嘘を使わずに対応した方が良いと俺の直感がそう告げていたからこそ、素直にお呼ばれされたのである。

 何せ、既に偽装彼氏という嘘に塗れた身分の俺だ。

 これ以上、嘘を重ねればいつボロが出てもおかしくない。加えて、慌ててポンコツ状態になった七尾さんがボロを出すとも限らない。まぁ、一旦退くという選択肢もないわけではないのだが、その場合、七尾さんに対して何かしらの不利益が生じることになりそうなのだ。

 …………そう、七尾家が関わっている以上、俺はこれから先、一切の油断は出来ない。


「あ、ちなみに七尾さん。今日の晩御飯のメニューとかあります?」

「ええと、いつもは母が作ってくれるのだけれど、今日はお爺様のご要望により、出張で贔屓にさせてもらっている和食の料理人をお呼びしているわ」

「わぁい!」

「ここ最近、一番の笑顔……」


 そう、断じて七尾家の晩御飯という物に釣られたからではないのだ。

 でもまぁ、あれだ。食事にお呼ばれして、一緒に当たり障りのない会話をするぐらいならば、いくら七尾家のご家族相手でもなんとかなるだろうさ、あっはっは!


「へぇ、これがお前の連れか。みすぼらしくて、頼りがいの無い優男じゃないか。こんな奴と、仮にでも交際するなんて、お前はそれでも七尾家の一員か? 妹」

「これでも私が選んだ男です。貴方よりもよほどマシですよ? 兄」

「おーおー、そうかぁ。んじゃあ、あれだな。食事前に少しばかり試させて貰っても構わないわけだな?」

「好きにするといいわ。ああ、でも最初に言っておくけれど、天野君は半端じゃないわよ? 試そうと思うのなら、貴方の想定の三倍は用意することね?」

「さんば……え? おま、え? 良いの? いや、俺の護衛の人達に組手形式を頼んで、ちょっとからかってやろうと思っただけなんだけど、え? 三倍って何をすればいいんだよ、俺は。流石に、素人相手に三対一とかはちょっと……」

「馬鹿ね……天野君なら余裕よ!」

「プロ相手に三対一で余裕って、人類の範疇を超えているだろうがよ……」


 七尾家について早々、七尾さんがお兄さんらしき人に絡まれて、大言壮語しなければ、まだ楽勝であると言えたかもしれない。

 ちなみに、七尾家は古き良き日本屋敷という外観であり、それでいて、家具や家電などの設備は最新の物を取り揃えているという、新旧混合の妙にハイテクノロジーな建物だった。

 それでいて、離れには道場らしき場所もきっちりと備えているのだから、驚きである。

 うわ、これ本格的に組手しちゃう流れじゃん。


「ごめんなさい…………どうして、私はこんな……」


 そして、ようやく現在に至るという流れである。

 七尾さんは天使の笑みでお兄さんらしき人を戸惑わせた後、「ちょっと私室を彼に見せてくるわ。折角、来てくれたのだもの。乙女の私室ぐらい見せてあげてもいいと思うの」などと告げて、俺を連れ出して私室へ。

 その後、私室に入った直後に、丁寧に鍵を閉めて、外に誰も居ないことを確認した後、七尾さんは即座に俺へ土下座してきたという流れである。

 …………わー、七尾さんの部屋って本棚が露骨に多いなぁ。部屋の壁がほとんど本棚だよ。寝具や机以外はほとんど図書館の一室って感じだなぁ。


「どうして、私はこんなに馬鹿なのかしら? ふふふ、駄目ね、本当に駄目。恋愛がここまで私をポンコツにさせるとは思わなかったわ。天野君、いっそのこと私の頭をこのまま踏み砕いても良いのよ?」

「俺にそんな鬼畜行為を要求しないでくれ」


 七尾さんが死んだ目で俺を見上げてくるので、俺は大きく息を吐いて、現実逃避を打ち切った。やれ、七尾さんのこういうところは今後、きちんと治してもらわないと。


「とりあえず、天野君。これ以上、貴方に負担をかけるわけには行かないわ。家から少し離れた場所にタクシーを呼ぶから、なんとか、家から抜け出して――」

「いいさ、これぐらい」

「え?」


 俺は土下座する七尾さんの隣へしゃがみ込み、顔を上げるように促す。

 生憎、美少女に土下座されて喜ぶ趣味は持ち合わせていないのでね。俺は、どちらかと言えば、美少女の笑顔に価値を見出す男さ。


「彼女の無茶ぶりに答えて見せるのが、男の甲斐性という奴だろう?」

「でも、いくらなんでも、これは……」

「心配しなくて結構。こう見えても俺、受け身は上手なんだ……それにさ」


 七尾さんの土下座状態を解除してから、俺はにやりと不敵に笑って見せる。

 思い描くのは、かつて、誰も居ない居間で視た映画のワンシーン。ハードボイルドな生き方の探偵が、やせ我慢をしながら依頼人に笑いかけるあのシーンだ。

 俺は、ああいう風に生きたいからこそ、今、ここに居る。


「美味い食事の前に、腹を空かせておくのも悪くない」



●●●



 当然の如く、プロ三人相手に普通の男子高校生が勝てるわけがない。

 だが、それでも、一昔前の漫画やアニメの如く、気安く他者を痛めつけることが可能なご時世ではない。それをやってしまえば、弱みを作るのは命じた存在、そして実行に移した存在だからだ。

 なので、三対一と言ってもやることは実戦形式の乱取りのような物で。

 加えて言うのであれば、相手が数の上でも質でも圧倒的優位という事実。

 しっかりと相手を制圧する技術を覚えた、俺よりも体格のいい成人男性が三人。控えめに言っても、勝てる理由などは無い。

 いいや、そもそも『勝たなければいけない理由』などは無い。


「あててて……よし、次お願いしまーす」

「…………分かりました」


 護衛の人達は、俺を痛めつける理由は無く。

 また、俺も護衛の人達を倒さなければならない理由などは無い。これはあくまでも、七尾家の兄妹によるお試しの組手なのだから。


「…………ま、まぁ、頑張っている、感じ、じゃないか」

「え、ええ。天野君ですから、根性はあります」

「…………悪いことをしたなぁ」

「珍しく同意ね、兄」


 かくして、俺と護衛の人たちは時折、「お互い大変ですね」という意味を込めた視線を交わしつつ、食事の時間まで適度な運動を続けたのだった。

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