表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/63

第61話 新しい日常、変わらぬ非日常

 かつて、俺は『ハードボイルドな男は、一人の女に囚われない物さ』みたいな、スタンスを構築しようと考えていたことがある。

 設定としては、初恋の人とかを忘れられず、他の女の人に気障なことを言って、適当に煙に巻く、三枚目。けれども、謎がある感じのハードボイルド。

 無論、そういうスタンスを作ろうと思っている時点で、当時の俺は未熟極まりないということがわかる。

 結局のところ、俺の始まりは『ごっこ遊び』に過ぎないのだから。

 幼い子供が、テレビで視る特撮ヒーローに憧れるように、俺はハードボイルドな生きざまに憧れているだけ。

 故に、俺の行動は虚飾塗れだったし、ただの意地っ張りな子供が無茶をしていただけだったのかもしれない。

 だが、そんな虚飾塗れな俺のスタイルの中に、ようやく、新たに一つ、本物が生まれた。

 即ち、それは人を愛するということ。

 ハードボイルドという男は、ぶっきらぼうの外面を有しているが、その癖、愛や情が人一倍深いというパターンもあるのだ。かつての俺は、人を愛するという意味を、親愛のそれぐらいでしか考えることは出来なかった。なので、俺という奴はとても滑稽に見えただろう。人並の愛も知らず、ハードボイルドを気取っていた小僧だったのだから。

 ――――今は、もう違う。


「すみません、先輩。お待たせしましたか?」

「いいや、全然」


 放課後。

 いつもであれば、ろくに部活にも入っていない俺は、そのまま帰宅するか、バイトに行く時間だというのに、今日は違っていた。

 校門から少し離れた、木陰の下にある木製のベンチ。

 俺はそこで、後輩を…………恋人である太刀川と、待ち合わせしていたのである。

 恋人と一緒に、下校するという青春イベントを互いに満喫するために。


「三十分ほど待っていたわね」

「こいつずっと、スマホを弄りながらそわそわしていたぞ?」

「…………最初から隠れて見ていたな?」

「「あっはっはっは」」


 もっとも、いつの間にか、百合コンビにその様子を覗き見されていたようだが。

 ううむ、いかん。最近は特に、倉森と楓に心を許している所為か、全然気配を察知できない。いや、やろうと思えば出来るのだが、基本的に居ても自分を害さないノリで懐に入れてしまっているので、直感が反応しなくなってきたのだ。

 やれ、良い傾向なんだか、悪い傾向なんだか。


「笑ってんじゃねーよ! 後、倉森はともかく、楓はバスケ部!!」

「部長からの許可は貰っているので、問題ないわ。それに、私は強すぎるから、多少は練習を疎かにしないと周りとのレベルの差がね?」

「おい、後輩。お前の主人が、ナチュラル傲慢だけど、従者としてどう思う?」

「楓姉さん、読者のヘイトを集める主人公の敵役みたいなポジションの言動ですが、それでよろしいので?」

「ごふっ! ふ、ふふふぶ、言うようになったわね、美優! 私は嬉しいわ!」

「マゾなの?」

「鈴音が踏んでくれるのならね!」

「気持ち悪い」

「早速、ありがとう!」


 倉森と楓の微笑ましい……微笑ましい? やり取りを眺めていると、ふと、太刀川が真顔で拗ねていることに気づく。

 ふむ、と俺は少しばかり考えた後、太刀川に向かって両手を広げてみる。


「主に代わりにはなれないが、抱きしめてやろうか?」

「実際に抱き着いたら、凄く焦る癖に」

「やめろよ……真顔で切り捨てるのはやめろよ……」

「後、暑いです。もう夏ですよ? 時期を考えてください」

「…………はい」


 太刀川はこの通り、主に対しても厳しい言動が出来るように成長したおかげで、迂闊な発言をすると容赦なく切り捨ててくるようになったのだ。

 おかげで、ふとした会話の瞬間に、ずっぱりと心が切り捨てられるので常日頃覚悟が必要だ。


「なので、はい」

「…………?」

「今は、これぐらいで我慢してくださいね? 先輩」


 ただ、厳しい言動とは裏腹に、好意を示すことに躊躇や遠慮をしなくなったので、その温度差で、俺はドギマギとしてしまう。

 例えば、はにかみながら片手を差し出してくる姿とか。

 俺が軽く投げかけた冗談に対して、真面目に妥協案を考えてくれていたらしい。


「…………別に。どこかの従者さんが、寂しがらないか、心配だっただけだぜ?」

「はいはい、そうですね。ありがとうございます」


 我ながら、少し拗ねた言い方で手を握ろうとすると、『仕方ないなぁ』という顔で太刀川が、俺の手を掻っ攫う様に握ってくる。

 思わず、目を丸くして「んっ」などと小さく驚いた声を上げてしまい、太刀川が「ふふん」と得意げに胸を張った。

 恋人の後輩は何故か、事あるごとに恋愛マウント取ってくるのですが、何故に?


「あー、初々しいわね、鈴音」

「私たちにもああいう時期が…………いや、この色ボケは最初からトップギアだったな」

「だって、寒い時期だったんだもの。触れ合うのは、当然でしょう?」


 百合二人は、経験者顔でこちらを眺めながら、いちゃつくという高度な外野をやっているし。

 どうにも、俺の日常という奴は、ハードボイルドと呼ぶには余りにも姦しくなってしまったようだ。


「ほら、早く行きますよ、先輩。今日は、我が家に招待するんですから」

「ん、了解」


 けれど、俺は案外、この新しい日常を気に入っている。

 いいや、愛している。

 この、姦しくも穏やかな日常は、俺たちが待ち望み、そして、共に勝ち取った物なのだから。




●●●



 もっとも、日常が新しくなったからと言って、全てが変わるわけでは無い。

 本来、俺が秘すべきだった非日常という奴は、日常が変わっても、意外と変わらない物だった。委員会という古くから続く組織の活動が、急激に鎮静化しようが、俺が、世界最強クラスの覚醒者として協会に登録されようが、変わらない物が存在する。


「…………で、何か言うことはあるかなー? 二人ともぉ?」

「「…………申し訳ございませんでした」」


 それは、大人の言葉を無視して動けば、そりゃあもう、大変怒られるということだ。

 まぁ、隣に居る白衣のクソ野郎は、大人なのに、ちょっと引く勢いで怒られていて、少し笑えたのだが。


「伊織」

「はい」

「なんで私に報告しなかったの? 監視役だよ? 私」

「絶対怒られると思ったからです。絶対止められると思ったからです」

「うん、正解。絶対に怒るし、止めるよ? だってね? 君の異能はね、不安定なの。いくら、一度死を乗り越えたところで、二度目があるとは限らないの。そりゃあ、九割九分以上の可能性で、君は大体の苦境を超越できるよ? でもね? だからと言って、委員会の幹部大集合、みたいな馬鹿なことをして欲しく無いの。下手をしたら、君は人間を遥かに超越した怪物になっていたんだよ? というか、外見とか基礎性能は変わっていないように見えるけど、君は怪物の領域に片足を突っ込んでいるからね? 委員会最強の覚醒者、ヒルコを超越したってことは即ち、それ以上の力を手に入れたってことなんだから」

「ごめんなさい……」

「いや、待とうよ、草本。彼はね、凄いんだよ? 僕も七割ぐらいの確率で、ああ、人間を辞めて超越者になるんだなぁ、と思っていたんだけど、それを覆して、のんびりと学校生活をエンジョイしているんだ! やー、ここまで予想を覆されると、逆に新鮮な気持ちにぐぼぁ」

「一体、いつテメェの発言を許したのかなー? 職務怠慢、クソマッド野郎」

「うわぁ、人間がサッカーボールみたいにリフティングされてるぅ」


 現在地は、クソマッド野郎の管轄である病院の診療所である。

 そこで、俺とクソマッド野郎は先ほどまで、硬い床に正座というスタイルでこんこんと説教されていたわけだ。

 まぁ、外面だけは反省しているように見せかけていたクソマッド野郎は、ついさっき、自分の興味分野の話になってテンションを上げた所為で、物理的に凹まされている最中なのだが。

 ちなみに、草本さんは俺に対して一切の暴力を使用しない。

 監視役とは本来、監視対象が暴走した際、制止するために、監視対象に対応した能力の持ち主のはずなのだが、驚くほどの非暴力、ガチ説教で俺の心をぼこぼこにしているのだ。

 なお、極めて正論であり、非は全面的に俺にあるので、反論は出来ないのである。


「はぁ、はぁ…………いい? このクソマッド野郎はね? こういう大人はね? 絶対に信用してはいけません!」

「はい、欠片も信用していません」

「それと! 利用しているつもりも駄目! こいつ、君が頑張っている裏で、色々保身のために、準備をしていた奴だからね!?」

「クソマッド野郎なので、そこら辺は大体予想はしていましたが、用済みだったので、うん。どうなっても、勝手にしやがれ、という気分です」

「君がそういうことを言うから、このクソマッド野郎が調子に乗るんだよ!!」

「あっはっは、草本、草本ぉ! そろそろ蹴るのを止めてもらっていいかな? メスゴリラの君と違って、僕は正常な人類だからさ。後、監視対象にそこまで情を移す監視役もどうかと僕は思うよ?」

「黙れ、外道! それと、弟に情を移さない姉が居る物かよ!!」

「いつの間にか、ナチュラルに弟にされている……」


 世の中は、結果良ければ全て良し、とは中々行かない。

 誰かが無茶をやろうとすれば、当然、その分、迷惑をかける誰かがが居るわけで。

 今回の俺の無茶は、協会に関わる多くの大人に迷惑をかけてしまった。

 故に、反省しなければなるまい。

 今度はもっと、上手くやる、と。

 だって、俺は反省も後悔もする人間だけれども、どうやら、やるべき時に、やらないという選択肢を取れる程、賢くも、老いているわけでも無いみたいで。


「ごめんなさい、草本さん」

「うん、次からは本当に気を付けてね! 今回はギリギリ、イリーガル登録のままでも、大丈夫だったけど、次からは本格的に協会の上層部が囲いに来るから!」

「はい。次からは、草本さんもきっちり巻き込んで、頼み込むようにします」

「あちゃー、そういう方向性で反省しちゃったかー! よぉし、私ってば、お説教追加しちゃうぞー」


 草本さんの説教を受けながら、俺はつくづく実感する。

 仮に、俺が最強の異能を持っていたとしても、神様のような力を持っていたとしても、きっと、一人だけでは生きていけない。見えないところで、知らないところで助けられていたからこそ、変わらぬ非日常を保つことが出来たのだと。

 どんな力を持っていようとも、俺はまだまだ未熟なガキに過ぎなくて。

 大人の力が、たくさん必要で。

 それでも、愛おしい非日常を失うことに怯えながらも、前に進もう。

 いつか、本当のハードボイルドになるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ