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第60話 恋愛関係の始まり

 カリスマ。

 それは、指導者の一部に必要とされる才能である。

 カリスマとは、他者を操ったり、扇動することも可能な性質であるが、その本質は違う。

 他者からの無条件の信頼を集めること。

 たった一言で。

 身振り手振りで。

 その微笑みで。

 人の心を掴み、本人たちに気づかせないまま、特定の方向を向けさせるための魅力。

 それが、カリスマである。

 古代から、大業を為した英雄や偉人たちにはほとんど、このカリスマという能力を有していた。そして、現代に生きる人々の中にも、この手のカリスマを持つ人間が存在する。

 七尾楓も、その中の一人だ。


『私たちは、皆さんに謝らなければいけないことがあります。それは、私、七尾楓と、彼、天野伊織は…………とある真実から目を逸らすための、偽装交際だったのです』


 楓はかつてと同じように、体育館の檀上で演説を行っていた。

 カーテンも閉め切っていない、ごくごく普通の体育館内だというのに、楓の周囲にはまるで、スポットライトが当てられたかのように人の目が集まっている。


『先に言っておきますが、この件に関して無理を言ったのは、私ともう一人です。天野伊織君は、私たちから無理難題を押し付けられていたに過ぎません。説明を始める間に、どうか、それだけはご理解ください』


 俺も含めた、体育館に集まった生徒たちの多くは、この言葉から、謝罪会見であると思っただろう。

 ほとんどの生徒たちに祝福されていたカップルが実は、偽装交際。

 真実から目を逸らすために、そうせざるを得なかった。

 では、その真実とは?

 何も知らぬ生徒たちの興味をそそり、上手く思考を誘導する物だと思った。余りにも真剣そうに楓が言うので、生徒たちは誰も私語を慎み、次の言葉を待っているという状態だった。普段はお調子者の男子すらも、周囲の空気に飲まれて、野次の一つも飛ばせない。

 その時点で恐らく、楓が想定していた流れに、誰しも捕らわれていたのだろう。


『『実は! 私たち! 付き合ってまぁーす!!』』

『えぇええええええええええええええええええええええっ!!!!』


 体育館の舞台袖から倉森を呼び、生徒たちが疑問を覚えて、何かしらの思考を働かせる直前、それぐらいのタイミングでの、カミングアウトだった。

 がっつりと肩を組み合っての、満面の笑みでのカミングアウトだった。

 余りの衝撃に、大衆はただ戸惑い、思考が真っ白に染まっていく。

 仮に、一人であれば、周囲に大勢の人が居なければ、そういうこともあるか、と直ぐに理解できた生徒もいるかもしれないが、人間とは、周囲の空気に同調してしまう物である。

 故に、周りが驚けば、自然と流されて驚いてしまう物だし――――何より、学校のアイドルにして、カーストトップの女王が、堂々と同性愛者であると宣言するその姿は、余人の思考を吹き飛ばすには充分すぎる威力があった。


『何故、このようなことになってしまったのか。そう、話は私と鈴音が付き合う時まで遡ります……』


 場の空気を掴んでしまえば、後は楓の独壇場だった。

 軽妙な語り口で。自らと倉森の惚気話を始めて。その途中で、倉森にツッコミを受けたりしながらも、確実に大衆を己の言葉の虜にしていく。

 元々、楓の声というのは良く通り、それでいて、聞けば聞くほど、もっと声を聞きたくなってしまうような、そんな演説上手の声なのだ。

 この時点でもう、この会見の成功は決まったような物だった。

 何せ、人は物語を欲するものだ。

 日常の中で、ほんの少しの非日常を求める物だ。

 そして、大抵の場合、それが与えられてしまえば、『面白い』と思ったのならば、真偽を超えて、信じたいと思ってしまう。


『私たちは! 彼によって、勇気を貰ったのです! 立ち向かう勇気を! 己の現実と向かい合う勇気と! 誰かを信じるという勇気を! かけがえのない、大切な物を! たくさん!』


 楓の演説は、委員会関連を別の嘘に挿げ替えた物であったが、概ね、俺たちの間に起きた出来事を語った物だった。

 もっとも、楓に語らせてしまえば、俺たちの情けない対決やら、千尋さんからの説教も、まるで緊迫感溢れるラストバトルで。


『だからこそ、私たちは決意しました。今こそ、偽りを終わりにして、本当を始めようと!』

『おぉおおおおおおおおおおおお!!』


 演説を終える頃には、もうすっかり、この場に居る者たちは、熱狂に染まっていた。

 無論、大勢の生徒たちの全てが、楓の演説に好意的だったわけでは無いだろう。中には、冷めた視線で馬鹿にしている者も居るだろうが、そういう者ほど、こういう場では言葉を出せないものだ。故に、何も問題ない。

圧倒的大多数を掌握していれば、演説はそれで成功なのだ。


「やれ、どうなるかと思ったが、収まるところに収まったな」


 楓の演説が終わり、生徒たちが歓声をあげている時、俺はそっと安堵の息を吐いた。

 何せ、この舞台袖に呼び出されたのは、この演説が始まる直前である。倉森と楓が何かをやろうとしているのは知っていたが、まさか、こんなサプライズをぶち込んでくるとは思わなかった。


「しかし、成長した……いや、あれが本来の楓の実力か」


 演説の途中ははらはらしたし、正直、話の方向性が危なくなったら、割って入ろうとも思っていたのだが、終わってみれば見事な物である。

 本来、嘘や偽りこそ、大衆は糾弾したがるのだが、この演説による大暴露で、それらの方向性はすっかりと消し去られてしまった。

 魅力的な語りで、『そういうノリはダサい、今は祝福するのがイケてる』という空気を作り出して、熱狂させることによってそれを全体に伝播させたのだ。

 ここで、『いやでも、騙していたのはちょっと』などと思っていても、口に出せば、周囲から『空気を読めよ』と言われることは確実である。だからこそ、少数派は何も言えない。今後、いくつかの陰口はあるかもしれないが、やがて、それらも流行を過ぎれば陳腐化して、話題にも上がらなくなるだろう。

 これは、見事と言わざるを得ない手腕だ。

 惜しむらくは、倉森が隣で陸に打ち上げられた魚みたいな顔をしていれば絵になったのだろうが、こればかりは仕方ない。人には適性というのがあるのだから。


『さて! これで私の伝えたいことは全部、語り終えましたが――――ここで、私たちに勇気と希望を与えてくれた、大切な友達と、大切な後輩を紹介します! 天野伊織君と! 太刀川美優です!! さぁ、どうぞ!!』


 ”さぁ、どうぞ”???

 俺は舞台袖で首を傾げた。

 おいおい、何だよ、この展開。俺、全然聞いてないんですけど?


「行きましょう、先輩」

「え、あ、うん?」


 一方、隣に居る太刀川には話が通っていたらしく、俺は太刀川に手を引かれながら壇上へと歩いていく。


『ヒューヒュー!!』

『おぉおおおおおお!!』

『いよっ! ご両人!!』


 待て、待とうじゃないか、君たち。

 確かに、楓の演説の中には、俺と太刀川が両想いだということはそれとなく語られていたけど、そんな、いきなり、野次を飛ばすようなテンションに…………あぁ、なんか生徒の中に、サクラの人が居るな。演説中もそうだったが、大衆の方向性を誘導してやがる、こいつら。


『この二人が居たから、私たちは勇気を貰えました!』

『だから、その、あれだ! これを機に、正式に付き合ってしまえよ、お前ら!』


 俺たちが檀上に着くと、何故か、楓と倉森の二人に、公開処刑を要求された。

 え? この空気で告白するの、俺? いや、いやいやいや、というか、俺、前に一度、告白したし。態々、こんな公開処刑される意味ある?


「後で勘繰られないために必要なの、お願い」

「先輩。告白は何度されても嬉しいです、私」

「私も頑張ったんだから、お前も苦しめ」


 ぼそぼそと、マイクを介さずに笑顔で告げられる言葉たち。

 俺は、マイクを受け取りながら、やれやれ、と肩を竦めた。

 そして、思いっきり息を吸い込んで、マイクに声を叩きつけてやる。


『太刀川美優! お前のことが好きだ! 俺と付き合ってくれ! ついでに、時々、飯を作ってくれ!!』


 きぃいいん、という音割れが体育館中に響いて、周りが思わずといった様子で耳を塞ぐ中、太刀川だけは平然とした顔で俺を見つめていた。


「――――はい、よろこんで。私も、貴方のことが大好きです、伊織先輩」


 二度目の告白に、二度目の返事。

 僅かに朱に染まった太刀川の表情は、色あせることなく俺の胸を打って。


「ちゅっ」

「――――――っ!!?」


 気づけば、太刀川の姿が目の前にあった。

 凄く、凄く近くに。

 それと、柔らかな感覚が唇のあたりにそっと触れて。

 俺の頭は、その瞬間から真っ白に染まってしまった。こんなの、委員会最強の攻撃を受けた以上に、訳が分からなくて対応が出来ない。


「毎日、貴方にお味噌汁を作ってあげたくなるぐらい、大好きです」


 とっておきの悪戯が成功したように微笑む太刀川と、体育館が震えるほどに歓声をあげる生徒たち。

 けれども、俺は未だに頭が真っ白で、代わりに顔が段々とかつてないほど熱くなって。


「「やれやれ」」


 俺の仕草を真似るように、楓と倉森が揃って肩を竦めたところで、ようやく我を取り戻したのだった。

 まったく、こんな俺が世界最強クラスの覚醒者なんて、笑えてくるぜ。

 でも、きっと、これで良いのだろうけれども、さ。

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