第57話 救世主と呼ぶには、あまりにも
かつて、委員会の一部の強硬派が行った、非人道的な実験こそが、俺が生誕するに至った原因である。
実験名は、『生誕祭』という皮肉が込められたクソッタレな物。
実験内容は、簡単に言ってしまえば世界規模で行われた、同時多発テロだ。
実験の目的は、とある異能を持った後天的覚醒者を生み出すこと。
――――救世主を生み出すこと。
「後天的に覚醒するケースの中には、死に瀕した状況で、強い生への渇望が異能を呼び覚ます、という物も存在している。けれどね? 実際に、死亡が確認されてから蘇生し、覚醒したというケースは本当に少ないんだよ。記録されている人類史の中では、おおよそ、六人ほどしか確認されていないんだよ。わかるかな? そう、天野伊織君。君が、この世界で確認された六番目なのさ」
手法としては、こういう流れだったらしい。
予め、適格のある子供たちを見定めて、公共機関の一部を洗脳。予防接種やら、何かしらの病気への治療という名目で、子供たちに『かつての救世主候補(五番目)』の因子を投与。その後、経過観察の後、異能の覚醒が見られなかった子供たちは事故を装って殺害。
そして、死からの復活を遂げることが出来た者を、救世主候補として見出す、と言うのが委員会の一部の考えだったのだとか。
まったく、はた迷惑極まりない考えだと思う。
「不死身染みた回復能力やら、致命傷を受けた事実を抹消する力を持った覚醒者も、世界には存在する。しかし、本当に、完全に死んでしまった後から蘇生するというケースは稀有なんだよ。君はとても酷い傷を受けて、もはや生存の希望は無かった。確実に死ぬだろうと誰もが思ったし、実際に死んだ。心拍は停止し、脳は半分以上が損なわれていて、体の六割以上が損傷している状態で、確実に死亡した。そして、そこから僅か一日で肉体が急速に蘇生を始めて、科学法則を無視した謎の蘇生を果たして、欠損した部位すらも、失われたはずの脳すらも復元して、君が生誕したんだ」
世界を救うというお題目で、一体、どれだけの人が犠牲になったのか。
正直、叔父さんが復讐を遂げてくれなければ、まだ仇が生存しているのであれば、俺は怒り狂って委員会とやらに乗り込む可能性すらあった。
実際に、千尋さんもそれを狙って、あの時、俺にそのような言葉を告げたのだろう。
俺の暴走を誘い、委員会の目をそちらに集中させれば、状況のイニシアティブは千尋さんが握ることが可能だ。もっとも、俺が協会の監視を受けていることや、叔父さんの存在も既に知っているようだったので、俺をそこまで嵌めるつもりは無かったようだが。
結局のところ、千尋さんの優先事項は『家族の幸福』であるので、極論を言えば、俺を排除すれば状況は収まる。次善ではなく、次悪ぐらいの想定として、俺の問題行動を協会に報告して、もっと違う場所へ隔離管理させるということもあり得ただろう。
しかし、千尋さんは楓と俺が友情を育んでいることを知っていたからこそ、あえて、俺たちが離れられないように、あんな素っ頓狂な提案をしてきた。
今から思えば、なし崩しではあるが、千尋さんの提案した未来も、悪くない物だったのかもしれない。
「だが、その事実を知っているのは、協会でもごく一部の人間だけだよ。そう、僕みたいな幹部候補とか、上層部とかね。何せ、数世紀ぶりの本物だ。権能とも呼ぶべき力を得てしまった、規格外だ。おまけに、人格が新生しているとあれば、委員会と全面対決になりかねない」
後から千尋さんに聞いた話であるが、千尋さんは元々委員会に所属していた覚醒者だったのだという。
いいや、それどころか、三百人居るという委員会の幹部たちの話し合いをまとめる『議長』という役割を任じていた凄い人だったらしい。
そりゃあ、俺たちが勝てないわけだ。何せ、経験が違い過ぎる。
「君自身も薄々理解していたと思うが、君の異能は真なる意味で規格外だ。君が、君の意志でそれを邪悪に振るおうとするのであれば、即座に抹殺しろ、と上から言われている程度にはね。だからこそ、君は『悲惨な事故により、重傷を負ったが一命をとりとめて、そのショックで異能に覚醒した少年』ということになっている。他の組織に、君や、君の周囲を狙わせないために…………だが、自らの意思で、破壊ではなく。あくまでも『対話』によって旧世界の遺物である委員会を覆そうと望むのならば」
だからこそ、味方に回れば、これほど頼もしい存在も居ない。
かつての強敵が、味方になって、さらなる強大なる敵に挑むというシチュエーションは、男の子ならば誰しも心が燃える物だ。
もっとも、その相手が友達の母親というのがいまいち冴えないが、まぁ、現実ならばこんなもんか。
「思う存分、使うがいいさ――――その、超越の力を」
かくして、俺は世界に挑む。
強大な敵対者を味方として。
大切な仲間に、帰る場所を託して。
俺、天野伊織は、生まれて初めて全力を振るう。
●●●
委員会。
神々の残滓を集めて、保護し、再臨を願う過去の遺物たち。
されど、彼らが有する力は並大抵の物では無かった。
彼らが振るう、恐るべき異能――いいや、もはや権能、神の御業と呼んでいいほどのそれは、俺を苦しめ、何度も窮地に追いやった。
だが、俺にはこの異能がある。
心が折れない限り、勝利を与える規格外の反則。
あらゆる困難を超越する、異能。
躊躇うことなく全力を振るう時に訪れる感覚は、爽快さと共に、不安が伴う。
俺の力は後戻りが出来ない。困難を消し去るのではなく、困難を乗り越える自分になるための力であるが故に、俺は力を振るう度に、どんどんと怪物へ変わっていく。
例え、外見は変わらずとも、中身だけは別物へと変貌していくのだ。
毒物を食らっても、まるで問題ない体に。
落雷を受けようとも、平然と動ける体に。
灼熱に身を投じようとも、服すら焦がさない体に。
恐らく、俺はこの交渉を終えた時、人ではなくなるだろう。何せ、神へ至るための資格があるかを試す対話の場だ。
人間のまま、乗り切れるほど、甘いとは思っていない。
…………それでも、それでも、俺は信じたいんだ。都合よく。信じていたいんだ。全てが終わって日常に帰った後、怪物に成り果ててしまったこの俺でも、きっと、大切な人たちは受け入れてくれるのだと。
――――――みたいな、ちょっと悲壮感の入った無謀なチャレンジをやらかそうと思っていたわけです、この俺(馬鹿)は。
「それでは、天野伊織氏の性能もご確認していただいたところで、議論に入りましょう。議題は、天野伊織氏、及び、その周囲に対する干渉の是非について」
当初の俺の予想と、現在、眼前に広がっている現実はまるで別物になっていた。
まず、対話の場所がこう、普通。委員会という組織の幹部との対話というから、何か物凄い場所を用意されるんだろうなぁ。秘密基地みたいな場所……いや、ここはどこかの会社のビルの一室を貸し切って、『サウンドオンリー』な感じで通信会話をして会議するんだろうなぁ。
などと思っていたのだが、実際に合っていたのは、通信会話の部分だけである。
場所は市民体育館を貸し切って。
通信会話はするものの、二十人ぐらいの幹部さんは普通に市民体育館に来たし。そもそも、幹部の数が多すぎて、全体会議は難しいとのことで、事前に代表者を五十人ぐらい選出して、後は欠席。市民体育館に来られない人は、ノートパソコンの通信機能を使ってリモート参加という形で、会議は始まったのだった。
「先ほど御覧になっていただいた通り、天野伊織氏は、委員会最強の権能を易々と退けるだけの力を持ちます。これを神と呼ぶかは、皆様方の判断にお任せするとして、まず、これから委員会がどのように対応するか、それを決めていただきたいのです」
もっとも、開始直後にいきなり参加者の一人……委員会最強とされている幹部の人と俺は、デモンストレーションとして戦うような流れになってしまったのだが。
委員会最強とされている男の人は、特にこれと言って特別な気配が感じられない、二十代前半の青年みたいな人だった。常に眠たげに、瞼が半分閉じているようなのんびりとした気配で、服装も場の雰囲気にそぐわない、これからちょっと遊びに出かけよう、という風体の私服だった。
それでも、俺が今まで戦った敵の中で、一番の強敵だった。
何せ、俺は最初、意味も分からず、目や鼻から血を流して床に倒れ込んでしまったのだ。
予備動作も、予兆すらも無かった。
俺の直感すら働かない、完全な不意打ち。加えて、対象に何をさせたのか分からないまま、相手を致死にまで持って行く異能の強力さ。
間違いなく、強かった。何をされたのか、さっぱりわからなかった。
…………そう、さっぱりわからなかったのだが、俺の異能はそんな状態でも、勝手に適応、超越を開始する。なので、相手からすれば、即殺したはずの雑魚が、平然と立ち上がって、今度は逆に秒で殴り倒されたという理不尽極まりないことになったのだ。
『くくく、ヒルコは我らが委員会の中でも最強……ぶっちゃけ、最終兵器よ』
「マジか、どうする?」
「あれをワンパンとは、確かに、実力の証明には十分かもしれませんな」
『おっと、ただの戦力確認で終わらせていいのかい? 神たる資格者ならば、あらゆることに秀でた万能でなければ』
「いや、事前の説明によれば、あらゆる物事を即座に超越していく異能らしい。限度がどこにあるか分からないが、力を付け過ぎて暴走すれば、世界が滅びる可能性すらも」
「世界の滅び、上等では? 新世界への誘いならば、我々は滅びる覚悟ぐらい……」
『自殺志願者は黙っていろ』
『そういうの、マジでないわ』
「これだから、強硬派は」
「ああん?」
「おおう?」
そして、結果から言えば、たった一人打ち倒すだけで、全ては事足りた。
後は『如何にも強者でござい』という風体で格好つけておけば、後は全て千尋さんがやってくれたのである。
「皆様方、我々は委員会とは穏便に事を済ませたいと願っておりますが、それはあくまでも、意思統一が為された上での話です。さぁ、頑張って本日中に結論を出してください。結論を出せなかった場合、我々は本格的に協会の保護下に置かれることとなっております」
「ま、待ちたまえ! 議長!」
「元議長です。気を付けてくださいませ、198番委員長」
『元議長君。いささか、意見が早急ではないかね? 我々もほら、もうちょっと長い期間で話し合った方が万全の答えを出せると思うのだが――』
「では、協会の保護を受けるということで。本日はお疲れさまでした」
『待ちたまえ!!』
『ええい、これだから先代議長は恐ろしいのだ! ガチだぞ、こいつ!』
「ふ、ふふふ、だが先代議長。これだけの幹部を前にして、のうのうと逃げられるとでも……あ、なんでもないです、はい。すみません、出過ぎた真似を。なので、そこの彼を近づけるのをやめてください。『よくわからないけど、全員殴り倒すか』みたいな顔をしているではないですか」
「まったく、有史以来だらだら存在している癖に、肝心な時に意思統一できない組織など、見限られても仕方ないと思いませんか? 皆様方」
ダークスーツに身を包み、冷淡な笑みを浮かべた千尋さんはまさしく怪物だった。
委員会という、本来、個人ではどうしても言いように振り回されてしまうはずの規模の組織を相手に、逆に手玉を取って見せたのだ。
一枚岩ではなく、派閥がいくつか存在することを利用して言い争わせて、それでいて、時間制限を付けることによって相手の思考を制限。また、司会進行という立場を良いことに、適度に口を挟み、話し合いを誘導して。
「では、天野伊織氏に対しては少なくとも、学生の間は不干渉という案でよろしいでしょうか?」
「『…………異議無し』」
最終的には、良い感じに派閥間に争いの種を撒きつつ、こちらに手を出すことに対して『割に合わない』という印象を抱かせることが出来たらしい。
いつの間にか、俺たちがあれほど望んで仕方なかった自由という物が手に入っていた。
…………え? これでいいの?
マジで? 俺、正直、死線を百回ぐらい超える覚悟で居たんですが?
「そのくらいの覚悟があったから、成り立つ交渉だったのです。胸を張って、存分に誇りなさいな、伊織君」
「あ、はい」
どうやら、これでいいらしい。
しかし、想像よりもグダグダと終わってしまったというか、正式に、委員会から『救世主』認定を受けてしまったわけなのだが、ううむ。
「でも、救世主と呼ぶには、あまりにも普通過ぎません、俺? 今のうちに、湖の上を歩く練習でもしておきますか?」
「アメンボか忍者にでも任せておきなさい、そんなの…………それよりも、帰った後、うちの娘たちをよろしくお願いしますね?」
「…………はい」
冷淡な笑みから、いつもの穏やかな笑みを浮かべた千尋さんへ、俺は苦笑と共に頷いた。
そうだった、救世主と呼ばれるのが似合わないのは仕方ない。何せ、俺はそう呼ばれるには余りにも利己的なのだ。
好きな二人の恋路を応援するために、世界を覆してしまったほど、我が侭な奴にはきっと、救世主の称号は似合わない。




