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第56話 天野伊織という名の馬鹿

 要するに、答えは最初から存在していたんだ。

 余りにも荒唐無稽で、難しくて、到底誰にも出来やしないと思っているから、誰しも選択肢から排除していたんだ。

 それは、わかる。

 実際、倉森と楓に出会っていなければ、到底、俺はそんな道を選ぼうとしなかっただろう。そんなことが出来るなんて、自惚れはしなかったはずだ。

 しかし、今は違う。

 もう既に、道は選んだ。

 俺ならば、それが出来ると己惚れている。


「問題があるなら、その問題を解決してしまえばいい。態々、こちらが損を被って、紆余曲折した状況解決なんざ要らない」


 そう、つまりはこういうことだ。


「俺が直接委員会に乗り込んで、幹部を全員納得させればそれでいい。俺が、『資格者』とやらの証明をして、穏健派だろうが、強硬派だろうが、有無を言わせずに納得させればいい。それだけの話だぜ」


 委員会という組織が、俺たちの邪魔をするのならば、それを解決すればいい。

 何、跡形もなくぶっ潰すのは勘弁してやるさ。ただ、存在意義を無くすだけ。奴らの目的が、荒唐無稽な神様の再来ならば、俺がそれになってやる。最低限、それを認めさせるだけの立場になって、異能伝奇の因習なんてぶっ飛ばして、ラブコメを楽しませてもらうんだ。


「伊織君、それはね? 無謀と呼ぶべき愚行よ?」

「どうかな?」


 千尋さんが焦燥も隠さず、真顔で俺に告げてくる。

 それは余りにもハイリスクであり、リターンと呼べる日常は、客観的に見れば、ささやかなのだと。

 けれども、俺にとってはそのささやかに見える報酬こそが値千金の宝物だ。

 だから、これだけは譲れない。


「…………計画は?」

「読み取っているんだろう? 委員会と協会の構成員に手引きしてもらう。ついでに、七尾家の爺様や、久幸さんには既に話は通してある。誠司さんも、今頃、爺様と久幸さんに説得されて頷いているだろうよ」

「遅くないわ、今からでも撤回しなさい」

「断るぜ。そして、アンタは非常に優秀で、俺たちなんか比べ物にならないほどの怪物かもしれないが、一つだけ弱点がある」

「…………」

「否、これを弱点と呼ぶのは憚られるな、訂正しよう。長所が、ある。それは、基本的にアンタは家族思いの母親で…………愛する旦那さんの決断には、逆らわない。何故なら、アンタは旦那さんのことを、心底愛しているから……何か、間違いがあるか?」

「いいえ、その通りよ。そして、貴方は稀代の大馬鹿者ね。何か、間違いがあるかしら?」

「――――くくくっ、いいや、その通り!」


 とんでもない馬鹿を見るような顔で、呆れる千尋さんに、クソガキの顔で笑う俺。

 本当に、まったく、我ながら馬鹿な物だ。

 美少女三人とのイチャイチャライフの未来を投げ捨てて、自ら、悪魔の集団に会いに行こうとするのだから、救いようがない。


「わかった、分かりました。はぁーあ、貴方はもう少しお利口な人だと思っていたのだけれどね? 伊織君…………これじゃあ、楓の旦那さんにはなれないわね?」

「ええ、生憎、楓の隣は既に予約済みなんで。だから、俺はせめて、奴らの前に立とうと思います。美しいと思う物を守るために、戦おうと思います」

「あらあら、心底お馬鹿な男の子の理屈ですわねぇ? まぁ、勝算は…………一応、あるみたいね?」

「それは当然」

「うふふふ、なるほど、そういうことだったのね。うん、だったら私はもう、何も言わないわ。好きに頑張っていらっしゃい…………だけど、おばさんみたいに物分かりがいい大人以外にも、可愛らしい女の子たちがこの場に居ることを忘れていないかしら?」

「…………ワスレテマセンヨ?」

「忠告しておくけれど、逃げたら絶対、しばらく拗ねるわよ、この子たち」


 うふふふ、という俺のこれからの未来を予想して楽しんでいる千尋さんの微笑み。

 そして、俺は直感する。

 サイドから突き刺さる鋭い視線からは、もはや逃れることは出来ないのだと。


「ふ、ふふふふ、おかしいわね? 伊織君。その話、作戦会議では全く聞いてなかったのだけれども?」

「あ、そのですね、楓さん。千尋さんに対抗するためには、敵を騙すにはまず、味方から、というやむを得ない事情がありまして」


 がしり、と楓が俺の右腕に抱き着いて拘束する。


「私たちのことを考えてくれたのは、すっごい嬉しかったけど、お前それ、絶対に無茶する奴だろ、ああん?」

「無茶しないと為せないこともあるから仕方ないじゃん!!」


 がぶっ、と倉森が俺の言葉に抗議するように、左腕に噛みついて離さない。


「先輩。私たちを信用してくれないのですか?」

「いや、あの、信用しているし、信頼しているからこそ出来たといいますか、はい」


 がばっ、と太刀川が背中から俺の首を絞めるように抱き着いてくる。

 一体、なんなんだ、この処刑スタイルは。

 百合の間に男を挟むのは解釈違い、とか散々イキった発言を千尋さんに言っていた直後にこれとか、格好悪すぎませんか?


『私たちが納得するまで、貴方を離さない』

「…………誠心誠意、説明させていただきます」


 俺は、三人の体温やら感触から必死に思考を遠ざけつつ、言い訳を始めることにした。

 やれやれ、馬鹿をやらかす前に躓くとは、やはり俺らしいぜ、まったくさ。



●●●



 作戦もある。

 勝算もある。

 具体的に言えば、俺が本気を出せばいいのだ。


「馬鹿」

「とても馬鹿」

「愚かが過ぎますよ、先輩?」

「あっれー?」


 などと真顔で言ったら、三人にくっ付かれたまま罵倒された。

 首を絞められたり、ほっぺをつねられたり、脇腹に肘を叩き込まれたりと、散々な態度である。傍から見れば、女の子三人を侍らせているクソ男に見えるかもしれないが、その実、この姿は私刑執行中であることを忘れないで欲しい。


「待とう! 待ってくれ、お願いだ! 違う! そういうあれじゃない! 今まで本気を出していない奴が、いきなり『俺、本気を出せば余裕だから』みたいなノリじゃない! 理由があるんだ! 割と真っ当な!」


 女性陣からの私刑を受けながらも、俺は必死に弁解を始める。

 本気を出す、という言葉に関して、俺の意味合いは一般の意味合いのそれとは違う。

 普段制限されているあらゆる性能を、全て発揮することが出来る、と言うことだ。

 それは、腕力や感覚の向上だけでなく、とても重要な――覚醒者としての、本来の異能を使うということを意味する。


「…………伊織君。貴方の直感は、異能ではなかったの?」

「異能だよ。異能だけど、厳密に言えば、これは本来の異能を使うことによって得た物だ。だから、今までの言葉も嘘じゃない」


 更に言うのであれば、今の俺という存在ですら、その異能の産物に過ぎない。

 俺という意識が生まれたのは、本来の異能があったからこそ、だ。故に、どちらかと言えば、異能が先で、俺という人格は後なのである。

 だからこそ、今までは怖くて使おうとすら思わなかった。

 協会に制限されていなくとも、草本さんという監視者が居なくとも、俺は使う気は無かったんだ。下手な気持ちで使ってしまえば、もう後戻りが出来ないと思うから。

 何せ、それほど俺の異能という奴は常軌を逸している。


「この異能を使えば、俺は無敵だ。誰にも負けないし。何があろうとも、最後まで勝利を続けることが可能な最強な能力だぜ。あまりに強力過ぎて、制限と封印を協会から受ける程に、な。やれ、出来る事だったら秘密にしておきたかったんだが、仕方ない。なぁに、古臭い組織の一つぐらい、俺が本気を出せば――」

「伊織君――詳しい異能の内容とデメリットを言いなさい」

「言いたくない」

「みんな、この馬鹿の服を脱がすわよ」

「「了解」」

「なんで!!?」


 俺は服を脱がそうとする女性陣に抵抗しながら、抗議の声を上げた。


「最強無敵の能力だって言ってんだろうが!!」

「そんな都合の良い能力があるなら、最初から貴方は言う人間でしょうが! 言いなさい! どんな能力で、どんなデメリットなの!? 寿命を削ったり、命に関わったり、他者の記憶から消える系の鬱デメリットだったら、この場で貴方を犯すわ!」

「何を言ってらっしゃるの?」

「友達を見捨てるぐらいだったら、子供の一人や二人、孕んでやるよ」

「先輩、子供の名前は何にしますか?」

「やめっ! この、無駄に力強い…………ああもう! 分かった! 分かったから、言えばいいんだろ、言えば!!」


 結局、俺は女性陣三人がベルトに手をかけた辺りで、観念して白状してしまった。

 クソマッド野郎から伝えられた、俺自身にすら、隠していた異能の真実。

 三年前の事故から、どうやって生き延びたのか、を。

 その異能を使うと、俺はどうなってしまうのか、を。

 洗いざらい、全て白状した上で、俺の意思が変わることは無いと宣言する。


「欠陥のある異能なんて、三流以下だ。だから、俺の異能は欠陥すらなく、最強無敵なんだよ。寿命を失うことも無い。記憶を失うことも無い…………ただ、ちょっと後戻りが出来なくなるだけだ。それだけで、大切な物を守れるんだから、安いもんだと思わないか?」

「――――馬鹿言わないで。貴方は、私たちが、貴方の犠牲の上で幸せになれるとでも思っているの?」

「思っていないさ。だけど、それで俺は――お前たちが幸せなら、きっと俺も幸せだと思えるんだ」

「ばっか、じゃないの? この、どうしようもない格好つけ!」


 女性陣の意思を代表して、俺に抗議の言葉をぶつけてくる楓。

 ここまでお膳立てを済ませておいて、もはや後戻りは出来ぬと言葉を跳ねのける俺。

 互いに互いを思いやるからこそ、譲れない。

 俺たちは、いつの間にか一触即発の空気を周囲に張り詰めさせて、そして。


「はいはーい! 冷静になりなさーい、子供たち! 勝手にシリアスにならなーい!」


 その張り詰めた空気を萎ませるような、場違いなほどに緩やかな声が響いた。

 声の主は、今まで俺たちのやり取りを眺めていた千尋さん。だが、その千尋さんの表情には呆れたような笑みが浮かんでいる。

 何だろうか? 俺たちガキの意地の張り合いなんて、大人からすれば馬鹿らしくて仕方ないということなのだろうか?

 俺たちがやや、むっとした苛立ちを千尋さんへ向けると、今度こそ、千尋さんは大きな溜息を吐いて、言葉を紡いだ。


「天野伊織君」

「…………なんでしょうか?」

「前に言わなかったかしら? 私、人の心の表層しか読み取れないって」

「………………え? いや、でも、それは……え?」

「大体、私は覚醒者の心理は特に読み取りづらいのですよ? 普段ははったりで誤魔化していますが、貴方の心は特に読みづらい…………だから、そういう能力であるのならば、もっと、最初から…………協会の秘匿主義も……はぁ、もう、とりあえず、これだけは言っておきますね?」


 きょとんと、目を丸める俺たち四人に対して、千尋さんは疲れ切った笑みを浮かべて、言葉を告げる。


「貴方の異能と、私の交渉術があれば、委員会の対処なんて、貴方が想定するよりも遥かに低いリスクで可能なのよ?」


 先ほどのシリアスが、茶番になってしまうような言葉を。

 …………え? マジで?

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