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第55話 窮地こそ、笑え

・回想:相棒の正体


「…………まいったでござるなぁ。一体、いつからお気づきに?」

「つい最近だ。と言っても、出会った時から薄々、何かの組織の関係者だと思っていたから、それが委員会だと気づいたのが最近になるな。俺はてっきり、協会のエージェントとかだと思っていた」

「はっはっは、それは随分と高く見積もられたものでござるなぁ。生憎、自分はただの下っ端に過ぎませんぞ? 彼の名高き賢人協会など、いやはや、到底」

「そうか? 灰崎君なら、きっとそのつもりになりゃあ、何だってなれると思うんだがね?」

「はっはっは、買い被りですなぁ…………実際、自分はこうして、伊織殿に正体を見破られてしまっているのでござりますよ?」

「そこはほら、俺が凄かったってことで、流せよ、相棒」

「…………はぁ、まったく、伊織殿はこいうところが本当に…………さて、いい加減、だらだらと話を引き延ばすのは、やめにいたしましょうか。伊織殿、自分の処遇、いかがいたす? 貴殿の相棒でありながら、それを裏切った薄汚い、組織の飼い犬ですぞ? 自分としては、この場で首を折られても、仕方ないと思いまするが?」

「いいや、そんなことはしないさ」

「何故?」

「だって、灰崎君、今までもずっと助けてくれただろう? 恐らく、今回の件だって、出来る限り裏で助けてくれていた」

「………………何のことやら? 自分は、伊織殿の情報を委員会へ逐一報告し、貴方の友人である倉森鈴音を危険に晒す原因を作った、裏切り者でござる。それを、自分の都合の良いように妄信するなど、伊織殿も、勘が鈍りましたな?」

「服の下にある、包帯。傷薬の匂い…………強硬派の実行犯と争ったのか?」

「これは、単に、こう、階段で転んだだけで――いたたたたたっ! やめっ! 今すぐその手を離して欲しいのでありますぞ、伊織殿ぉ!?」

「ほうほう、この切り傷の後が、階段でねぇ?」

「…………手ごわい階段だったのですぞ」

「自分でも苦しい言い訳だと思わないか? それに、俺が今まで平凡な学生として暮らしてこられたのも、今から思えば、灰崎君が情報を隠蔽してくれていたおかげだと思ったんだ」

「平凡な、学生……?」

「おっと、なんだ、その今までの共に乗り越えた数々の事件を思い出しながら、微妙な気分になっているような顔はぁ?」

「実際、その通りの顔なのですぞ」

「いつもありがとう、これからもよろしく」

「………………」

「あ、軽くマジで裏切ってやろうか? って顔だ。ということはつまり、俺を裏切っていないという証明になるな!」

「伊織殿はマジでそういうところですぞ…………はぁー。それで、このタイミングで自分の正体を言い当てたということは、何か用事があるのでござりましょう?」

「ああ、手短に言えば、委員会が俺について把握している情報を教えて欲しい」

「…………自分に、委員会を裏切れと?」

「え? もう裏切って、俺に付いてくれているのだとばかり」

「………………はぁあああああああ。本当に、本当に、伊織殿は」

「あっはっは、悪いね、相棒。ま、苦労させた分、良い目を見させるぐらいの甲斐性はあるからさ! 今回もよろしく頼むぜ! 何せ、今回の敵は強敵だからなぁ」

「いつものことでござりましょう? まったく、伊織殿と居ると飽きないでござる」

「ありがとう、最高の誉め言葉だぜ」


 こうして、俺は情報を手に入れた。

 千尋さんに告げられるよりも先に、俺たちの愚かさが引き起こした事実を、知ることが出来た。だからこそ、俺には『覚悟』が必要だったのである。

 そう、己自身が何者か? という根本的な問いを、言葉にするための『覚悟』が。



●●●



・回想:洗脳封印


「えー、無理を言わないでほしいなぁ。これでも僕、幹部候補みたいな物なんだよ? 仮に、君の言う通りにしたら、流石に越権行為で処罰されちゃう可能性もあるんだけど?」

「そこをどうにか、お願いします、クソマッド野郎」

「わぁ、頭は下げているけど全然物を頼む態度じゃない」

「そうだな。じゃあ、改めて――――ぐだぐだ言ってねぇで、さっさとやれ」

「命令形になっているんですが? ひょっとして、馬鹿なのかな? 君は」

「いや、だって、お前相手に礼儀とか意味無いだろう? お前の行動原理は徹頭徹尾、面白いか、面白くないかの二択だ。面白くなければ、自分の立場や命なんて物ともせず、意地でも従わない。逆に、面白ければ、立場や命なんて投げ出してでも協力してくれる。お前は、そういう奴だよ」

「…………へぇ、相変わらずの直感――いや、この場合は観察眼かな? そうだねぇ、思えば僕と君は短くない間、こうして交流していたわけだし。君の提案も少しは面白そうだった。うん、読心能力者に対する防御策として、予め『洗脳』を受けることによって自分の記憶の一部を『封印』する。確かに、不可能じゃあない。むしろ、ちょうどいい。タイミングが良い。二つ隣の町に、そういう異能を持った覚醒者が管理されている。僕の権限で、それらしいことを偽装すれば、君の要望通りのことが出来るだろうね…………でも、まだ足りない」

「面白くない?」

「レズカップルの二人を認めさせるために、そこまでやらかす君の馬鹿さ加減はとても面白い。けれど、その程度の面白さじゃあ、僕はそこまで協力してやれないよ、という話さ。僕に、この立場や命を賭けさせたいのなら、せめて、世界の一つでも動かす実験じゃないとね?」

「言ったな?」

「へ?」

「世界を動かす実験ならば、協力すると言ったな?」

「………………いや、いやいやいや、君ね? いくら、君と彼女の問題が――――や、そうか、違うのか。君は、根本的な解決を目指すつもりだな?」

「いい加減、鬱陶しくなって来たんでね。だったら、ご要望通りになってやろうじゃないか、救世主とやらに。もっとも、奴らの望む救世主とは限らないが」

「は、はははは、君、馬鹿だろう? 真性の馬鹿だろう? どこの世界に、『自由に恋愛するために世界を動かそうとする馬鹿』が居るんだい?」

「ここに居るぜ? お前が協力してくれれば、世界を動かした馬鹿になるかもしれない。さて、どうだ? この実験は、面白いと思わないか? クソマッド野郎?」

「――――は、はははは! 何が、マッド野郎だ! 君の方がよっぽど、いかれてる!」

「うるせぇ、急にテンションを上げるな」

「いやいや! これがテンションを上げずに居られる物か! そうか、そうか、そうか! 仕方ないなぁ! 協会や、君の叔父さんからはそういう自覚は持たないようにと言われているんだけど、仕方ないなぁ! 本人が望むんだから、仕方ない! 乗ってあげよう! 恋で世界を動かす君の愚かさを、僕は応援しよう!」

「おう、だったらさっさと頼むな? 割と予定詰まっていてピンチなんだ」

「はっはっは! 僕も一緒に予定を組むのを考えてあげるから、予定表を見せたまえ!」

「ん、しっかり働けよ?」

「おうともさ! さぁ、楽しい楽しい、実験の始まりだぁ!!」


 こうして、俺は準備を終えた。

 根回しはしっかりと。

 気に入らないが、とてつもなく頼もしい協力者を得て。

 俺は、一つの世界を覆す準備を終えたのである。



●●●



 洗脳が解けるタイミングは、敗北。

 完全に、七尾千尋という怪物に交渉戦で敗北して、俺が窮地に陥った際に、俺の記憶は戻るようになっている。


「貴方、まさか」


 心を読み取ったのだろう。

 俺が何をやろうとしているのか、どうやら理解してくれたようだ。ああ、この時ばかりは話が早い。貴方が、心を読める異能を持っていてよかったとすら思えるぜ。


「千尋さん。確かに、アンタの言う案が最善策かもしれない。ひょっとして、俺たちガキには到底思いつかないような、色々な解決案があって、その中から一番穏当で、平和な物を選んでいるのかもしれない。だけど、駄目だ。ああ、駄目だね。こればかりはいくらなんでも、譲れない――――解釈違いって奴だ」


 様子の変わった俺と千尋さんを見て、三人が戸惑うが、構わない。

どうせ、これから世界中に大笑いされるような馬鹿をやらかすんだ。今更、恥も外聞もありはしない。


「将来、楓と倉森の二人が相談して、そういう提案をしてくるのならまだわかる。その上で、太刀川と一緒に考えて、必死に頭を悩ませながら考えるなら、まだわかる。だが、やむを得ない理不尽でそうなるのなら、駄目だな。俺は認められない」


 状況は依然、窮地。

 されど、俺の顔には恐らく笑みが浮かんでいるだろう。

 ハードボイルドとは言い難いが、大人の利口な意見を無視する、クソガキの笑い方ならば、及第点ぐらいは貰える笑みが。


「愛し合う二人は祝福されなきゃいけない。その間に、余計な物は必要ないんだ。だからまぁ、分かりやすく言えば――――百合の間に、男を挟むな」


 かくして、俺は馬鹿を始める。

 この世界が、百合の間に男を挟もうとするのならば、いいさ、やってやるとも。

 美しい物を守るために、俺は世界だって覆してやる。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいね、これでこそいいですね。 若者に反骨精神がないとどうする。別に貴族や財閥の継承者じゃなくて、これぐらいのワガママなら、許されてもいいのではないか? 百合カップルの中に男を挟むのは邪道…
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