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第51話 向き合う時は来た

「母さんと、話し合ってみようと思うの」


 楓の言葉は、唐突というほどではなかった。

 時は、犬飼と八畑の問題にケリをつけた翌日の放課後。

 場所は、いつもの喫茶【骨休み】の特等席(勝手にそう名付けているだけ)。

 楓によって集められた人数は三人。

 倉森、俺、といういつもの作戦会議の面子に加えて一人、太刀川が毅然とした表情で楓に付き従っている。

 この面子を揃える際、『大切な話があるの』というメッセージを送ってきたのだから、自然と俺たち三人は心の準備を終えていたと思う。

 しかし、まさかあれだけ恐れていた七尾家の事情に足を踏み込んで行くとは。


「いいのか? 楓。そうならないために、俺とお前は偽装交際をしていたし、契約を結んでいたはずじゃないのか?」

「いいのよ、伊織君。昨日、彼らの恋の終わりを見て、気付いたの。話さなければならないことを先延ばしにして、どうなるかに、気付けたの」


 俺の問いかけに、楓は薄い笑みを浮かべて応えた。

 それは珍しく、自嘲の笑みだった。随分と遠回りしてしまったと、己の臆病さを嗤うための笑みだった。


「もちろん、最初からこうしていればよかった、なんて思わないわ。恐らく、鈴音と二人きりだったら、そういう選択は出来なかったし、仮に出来たとしても、無残な結果に終わると思う。だって、まだ私は母さんが恐ろしい。世界中の何よりも、私たち兄妹は母さんが恐ろしい。爺様だって、母さんを恐れている部分があると思う。うちの家族で、母さんを恐れないのは、父さんと、行方不明中の姉ぐらいだわ」

「「行方不明中の姉?」」

「あ、ごめんなさい、今は関係ない話題だったわね。ええ、ちょっとラスベガスで一財産を稼いだ後、アメリカンドリームだと会社を立ち上げたら、麻薬カルテルとの抗争に何故か巻き込まれて、今はメキシコ辺りで生きた災害扱いされていると風の噂で聞いているけど、所在は確認できないわ」

「「何それ、凄く気になる」」


 俺と倉森は、行方不明の姉というパワーワードが気になって仕方ないのだが、楓と太刀川のリアクションは乏しくない。両者とも何故か、遠い目をして何かを思い出さないようにしていた。

 え? そういう感じの人なの? 確かに破天荒が過ぎるエピソードなのだけれども。


「姉に手助けしてもらえば、今回の騒動もなんとかなるかもしれないけど、その対価として貴重な青春時代を奇想天外な旅に付き合わされそうだから、所在が確認できなくてむしろ、助かった感じがするわ」

「私の姉が、楓姐さんの従者なのですけれど、帰ってくるたびによくわからない土産を置いていくのですよね。ちなみに、前回の帰省は二年前のお盆で、アトランティス大陸の遺跡から見つけたオーパーツという胡散臭い物を置いていきました」


 楓と太刀川は揃ってため息を吐く。

 どうやら、嫌いではないけれど、積極的に思い出したくないタイプの人らしい、楓のお姉さんは。


「話を戻しましょう。私と倉森が置かれている問題を解決するために、母さんと話し合います。けれど正直、母さんは薄々私たちの秘密すら、見抜いているような気がするのよね」

「ええ、こちらの心を見透かしているような気すらします」

「え? あの人。人の心を読む覚醒者だぞ? 少なくとも、本人はそう自称していたが?」

「「「え?」」」


 俺は三人へと、七尾家の屋敷で七尾千尋と話した内容について説明する。

 無論、委員会は俺の家族の仇という、重々しく、既に終わった事情は省いて。

 簡単に、七尾千尋という存在が、読心能力――――少なくとも、それが心の表層ぐらいは読み取ることが可能な異能を持つということを語った。

 すると、当然の如く彼女たちは揃って俺の背中を叩き、抗議を始める。


「ねぇ、伊織君。どうして? どうしてもっと早く言わないの?」

「読心能力者が身内に居る場合、下手にそれを意識させると余計に心の深層を読み取られる可能性があるからな。まぁもっとも、とっくの昔に楓が倉森と交際していたことぐらいは、あの人は見抜いていたかもしれないが」

「駄目じゃん! 駄目駄目じゃん! 前に何度か友達として七尾家に遊びに行ったけど、普通に挨拶しちゃっているんですけど! 楓との交際がばれないように、意識してガチガチに緊張していたんですけど!?」

「落ち着け。バレていて放置していたということは、直ぐにどうこうしようとしない理由が、あの人にあったということだ」

「う、ううう…………そんな、千尋様。いつもいつも、私を励ましてくれると思ったら、ひどいです……」

「太刀川に関しては、どんまいとしか言いようがない」


 笑顔で怒る楓を宥めて、頭を抱えて慌てる倉森を落ち着かせ、両手で顔を抑えて凹む太刀川を慰めつつ、俺は話を進めることにした。


「俺たちは別に、相手の心を読めるわけじゃない。だが、それでも、何も出来ないわけじゃない。少なくとも――――俺がガチの本気を出せば、交渉材料になるだろうし、恐らく、あの人もそれを踏まえて、交渉自体には乗ると思うぜ」

「へぇ、初耳ね? 伊織君はガチの本気を出せば、あの恐ろしい…………ついに人の心が読めるというある意味、身内からすれば納得しかない事実が発覚した母さんに対して、何かしらの譲歩を引き出せるぐらいのことが出来るの?」

「ああ、俺が所属している組織のクソマッド野郎に土下座して、色々研究に協力すれば、お前ら二人の身柄を七尾家や委員会の手の届かない場所におくことぐらいは――」

「「絶対にやめて」」

「うん、流石にそう言われると思ったからやらない。やらないが、そうなる可能性があるというだけで、相手は譲歩する物だぜ? 特に、人の心が読めたりする連中はな…………だから、本当にやるわけじゃないからそんな不安そうな顔をするなよ、三人とも」


 この三人に出会う前の俺だったならば、こういう手段を使うことに躊躇いはしなかっただろう。どこか虚ろで、己のロールを身命よりも大事にする悪癖があった俺ならばきっと、『可憐な恋を手助けできるのなら、本望さ』と気障な言葉を吐いていただろう。

 けれど、今ならわかる。

 それはハードボイルドではないと。

 少なくとも、他者に傷と涙を押し付けて。助けた気になるのは全然違うと、俺は気づいたのだ。

 だからこそ、楓にも俺は言おう。


「わかっている。誰かが犠牲になったら意味が無い。四人揃って、大手を振って青春をまかり通ろう。誰一人も不幸にならず、欠けず、この理不尽な現実って奴に勝利してやろうぜ?」

「…………ん」

「仮に、楓があの人の前で変なことを言い出したら、俺たち三人が全力で止めるし、色々と台無しにする覚悟があるからな。なぁ、みんな?」

「「もちろん!」」

「…………んもう、わかった! わかったわ! はいはい、当初考えていた色んな案を廃棄します! いざとなったら、とかも考えません! 鈴音と相談していた駆け落ち案とかも、全部廃棄よ!」

「倉森?」

「いや、違う。違うから、巻き込もうとするなよ、楓。自分のことを棚に上げてこの女は、みたいな顔で天野が私のことを見ているじゃん」


 そりゃあ、そういう目でも見るわ、このアマぁ……絶対に幸せな青春にダンクしてやるからな、絶対に逃がさねぇ。


「それじゃあ、改めて、話し合いましょう、皆。ぶっちゃけ、我ながら贅沢な未来を望んでいると思うけど…………私たち二人だけだったら、絶対に無理だと思って挫けちゃったかもしれないけど、多分、皆が居れば大丈夫だと思うから」


 場が混沌してきたところで、ぱんと、この場を取り仕切る楓が柏手を一つ。

 そして、その顔には既に自嘲の笑みは無く、望む未来のため、巨大な風車の如き現実へと立ち向かう、勇敢な笑みを浮かべていた。


「作戦会議を始めましょう――――まずは手始めに、一番手ごわい身内を説得して、味方に引きずり込みましょうか」


 ならば、俺たちもそれに応えるとしよう。

 現実が巨大な風車の如く立ち塞がろうとも、生憎、俺たちは騎士を気取るほど行儀が良くはない。必要だったらノコギリを持ってきて、根元から風車を切り倒してやるし、やろうと思えば、火を付けて焼き倒すことだって可能だ。

 全ては、俺たち四人が当たり前の青春を過ごせるために。

 さぁ、精々強がって笑いながら、異能伝奇な因習を駆逐してやろうじゃないか。



●●●



 向き合う時が来たのだ。

 決着を付ける時が来たのだ。

 ならば、もう余所見はしていられない。己の直感に従い、手札を揃えなければならない。いいや、己の直感すらも超越して、挑まなければならない。

 そのためには、俺自身が目を逸らした物にも目を向けなければならないだろう。

 故に、俺は問いかける。


「――――灰崎君。君はさ、委員会所属のエージェントなのか?」


 親愛なる我が友へ。

 唯一無二の相棒へ。

 俺は、確信を持った問いを投げかけた。

 返ってくる答えは、恐らく、俺の予想通りだろう。

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