第4話 口は災いの元
昨晩、打ち合わせにて。
『それでは、告白を受けた理由は俺の熱意に打たれたから、という形でいいか?』
『ええ、それでかまわないわ。けれど、並大抵の出来事じゃあ、私は心を打たれないわよ。だからこう、なんか、凄く、とても凄いことをしたとしましょう』
『…………楓、もっと具体的に』
電話では三人同時の会議に向いていない。よって、各自、パソコンを持っていたので、無料通話ができるツールをダウンロードして、それを利用して作戦会議をすることとなった。
議題は、どのようにして、七尾さんが俺の告白を受けたことにするのか? だ。
これは俺と七尾さんの契約が解消した後、後追いで告白する者を防ぐために、実現可能な範疇で難題を考えなければならない。出来る限りハードルは高く、けれど、俺が乗り越えられるぐらいの高さに設定しなければ。
そう、少なくとも、誰しもそのハードルを前にすれば飛ぶことを躊躇う程度には。
『じゃあ、私に想いを告げるためにフルマラソンをしたことで』
『…………フルマラソンって、なんだか割とよく聞く。芸能人とかたまに挑戦している感じがする』
『ううん、そうね。では、キリよく百キロマラソンでいいかしら?』
『でも、いつそんなことやったの? ってなるよね?』
『そこら辺は、日時を合わせるしかないわね。天野君、ここ最近で良い感じに誰とも会わずに暇をしていた週末ってあるかしら?』
『大体いつもそうだけど、ちょっと待とうか。百キロマラソンはしんどいと思わないか?』
『そうかしら? 私は出来るわよ』
『あ、じゃあ、百キロ走り切るまで振り切られなかったら付き合う、みたいな条件で天野が頑張った感じでいいんじゃない?』
『それね。完璧にそれね』
『天野君はクラスでも運動が出る方だし』
『クラスでも運動が出来る方という枕詞に対しての期待がでかすぎる』
会議の結果、俺は七尾さんを追って、夜中から百キロほど過酷なマラソンを遂げて、その上で、夜明けと共に告白したことになったらしい。
うん、ハードルが高すぎないか? これ。
『これなら安心ね!』
『実際にやってみろ、って言われても楓も天野も出来ることだもんね! それに、軽々しくそういうことを言った奴もマラソンに付き合わせれば、契約解消した後も、告白されることは皆無になると思う』
『えぇ、辛くない?』
『その時は私も一緒に走るから、辛さを分かち合いましょう』
とまぁ、このようなやり取りがあって、俺は想いを告げるために夜を駆けた、熱血野郎として偽装彼氏を演じることになったのである。
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「別に、強く無ければ価値が無いとは言っていないの。けれど、少なくとも、私を守れるぐらいには強い人であって欲しいと思っているわ。故に、私は彼に課題を課したの。七尾家で雇っているボディーガードの人。その人に、一撃でもまともに拳を与えられたら、付き合ってもいいって。けれど、当然、ボディーガードの人は強いわ。業界でも有数のプロなんだもの。体に跡が残らない程度に、後々、問題にならない程度の力で、何度も、何度も、床に転がされる天野君の姿はよく覚えているわ。途中で飽きて、私が食事に行くぐらいには長く挑んでいたから覚えているわ。でもね? 私が食事から戻ってきたその時、ボディーガードの人が、そろそろ退勤したくて仕方なくてうんざりするまで粘って、なんとか彼はボディーガードの人に拳を当てたわ。私は感動した。そして、彼に言ったわ。『次は三対一で頑張ってみてくれる?』って。普通の人だったら。そこで心が折れるでしょうね。実際に彼も、『マジかよ……』みたいな顔で床に軟体生物っぽい形になって一度は倒れたもの。でも、彼はまだ諦めなかった。ふらふらで立ち上がりながら、ボディーガードの人達に立ち向かっていったの。ボディーガードの人達は、肩を竦めて私を見たわ。『これ、明らかに業務外の仕事じゃないですか?』という視線が痛くて仕方なかったけど、ふふふ、流石に五時間も粘られると私も心が動かされてしまうのね。その熱意に負けて、渋々、お試しに付き合ってみることになったの」
俺の知らない俺のエピソードをめっちゃ語っているんですが、この人。
え? 何も知らないボディーガードの人達に暴行罪の濡れ衣を着せているけど、大丈夫? ねぇ、七尾さん? 実はすごく冷静さを欠いてない? 俺が思っている以上に、君はポンコツになっていないか?
『え、えー、思った以上に教えて頂いてありがとうございます! それでは、天野君! なんか少年漫画みたいな凄い熱血な告白をかましましたが! 告白に踏み切った理由! むしろ、惚れたきっかけなどをお聞かせください!』
「…………一年生の時に、少し七尾さんと話す機会がありまして。思えば、その時からずっと彼女のことを想っていたのかもしれません」
俺は内心の驚愕を隠しつつも、とりあえず、予定通りに振る舞う。
問題ない。俺の知らないエピソードが追加されたが、それでも、当初の熱血告白キャラとはぶれていない。これならば、事前に打ち合わせておいたストーリーでカバーが可能。
「確かに、七尾さんと俺じゃあ、釣り合いが取れない。そんなのは俺自身がよくわかっています。だけど、何もしないまま、後悔を抱えたまま生きていくのは嫌だな、って」
俺はちょっと憂いを秘めた笑みを浮かべながらも、青春の炎に身を投じた、愚かなる男子高校生を演じる。
少し、舞い上がっているぐらいでいい。
自分に酔っているぐらいでいい。
それぐらいの方が、後々、別れる時に『ああ、童貞野郎が空回りしたんだな』と納得しやすいだろう。
生憎、俺には演技の才能は無いので、余り長く話しているとボロが出る。そのため、多くを語らず、大勢の知的好奇心を満たす程度語ったら、後はちょっと照れたような顔で視線を隣の七尾さんに。
よし、打ち合わせ通りだ。
『おおう! 流石に、熱烈な告白をした人は違いますねぇ! 男子ぃ! 天野君ぐらいの気合で、好きな女子告白したらぁ!?』
『『『色んな意味で無茶言うなぁ!!』』』
『あははは! だよね! ま、人によって熱い告白が良いとか、そもそも、告白されるのが嫌とかいろんな人が居るけれど、今回は天野君の熱意は良い方に転んだようです。ところで、しばらくは恋愛試用期間みたいなことを言っていたけど、どうやったら本採用になるのか? 七尾さんは考えてあったりするのでしょうか?』
そして、この質問も予定通りだ。
お試し期間中ならば、何をもって合格とするのか? これに関しては、散々、昨日話し合っている。
曖昧かつ、恋愛に於いては大切な事。
そう、この問いに関して、七尾さんは『私の心を奪っていくぐらいにときめかせてくれるのなら、考えてあげてもいいわ』と、いつもの笑みで答えて――
「無論、私を倒すぐらい強くなったら、よ」
何が無論だ、このポンコツがぁあああああああ!!!?
お前、あれだろう!? 絶対、最初の方からテンパってろくに頭が回ってないんだろう!? ほとんど脊髄で会話しているとしか思えない返答だぞ、おい!
『え、ええと、七尾さんはこう言ってますけど、その、天野君?』
ほら、盛り上げ上手で司会進行が得意な生徒会長が戸惑っているじゃねーか。もう完全に、空気が恋愛系の甘酸っぱい奴から、違う奴に変わってんじゃん。
ええい、しかし、ここで七尾さんからのキラーパスをスルーしてしまえば、全校生徒に何かしらの疑念を抱かせてしまう。
上手く、方向修正をして、と。
「あはは、俺としては大好きな人と戦いたくない、ですかね?」
ちょっと困ったような笑顔。
もう、しょうがないなぁ、七尾さんは。でも、そういうところも好き、という色ボケした男子高校生を演じて、応える俺。
正直、うまく演技出来ている自信はないけれど、これで何とか誤魔化すしかない。
「――――あら、怖いの?」
そんな必死にフォローしている俺に対して、何故か、味方であるはずの七尾さんから追撃が入る。
ああ、怖いよ。アンタがどれだけその脳内で混乱しているのか分からないから、早々に切り上げてしまいたいよ。
「言っておくけれど、戦いから逃げるような臆病者相手に、私は付き合うつもりはないわ」
俺ももう付き合い切れないって言っていいですかね?
不敵な笑みを浮かべながら、仮面の下は物凄いことになっていそうな七尾さんの心情を考えながら、俺は小さく息を吐いた。
やるしかない。
次善どころか、次悪もいいところだが、それでも、このまま七尾さんが混乱のままやらかしている現状を放置する最悪よりは、マシだ。
「ああ、怖いね」
俺は困ったような笑みを浮かべて、一言。
けれど、その後に強く凛々しい表情を作って、まっすぐ七尾さんを見据えて言う。
「君を傷つけるのが、俺はとても怖いよ、七尾さん。だから、俺が君に勝つときは、きっちり手加減して、傷一つ付けること無く負けを認めさせてやるさ」
俺が啖呵を切った後、一瞬の静寂の後、会場が大きく沸いた。
『『『うおぉおおおおおおおおおおお!!』』』
『こ、これはぁ! 聞いているこちらが熱くなるぐらいの、熱烈な返答ぅ! ひゅう! なんだよ、お前! 少年漫画の主人公かよぉ!! いいや、天野伊織ぃ! 君はもはや、君の物語の主人公だぁ!!』
大歓声が会場内に響く中、俺の視線の先で、七尾さんが静かに微笑む。
面白い、やってみろ、とでも言うように。
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「本当にごめんなさい。私が馬鹿でした」
後日。
俺は生まれて初めて、女子に土下座された。




