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第44話 後悔と反省

 力はある。

 誤解を恐れずに言えば、『俺』は生まれながらの強者だった。

 俺の拳は、その気になれば、軽々とコンクリを砕けるし、頑張れば鋼鉄のインゴットぐらいなら粉砕出来る。

 俺の足は、その気になれば、一息で身の丈以上の跳躍が可能であるし、法定速度内にある自動車であれば、追いかけて捕まえることだって可能だ。

 俺の目は、その気になれば、遠くに聳え立つ山脈に生えている木々の一つ。さらに、その中の一枚の葉っぱの形を知ることすら可能だ。

 俺の肉体は、明らかに異常だ。

 そもそも、人間のそれから逸脱している。下手をすれば、物理法則から逸脱している時すら、あるかもしれない。

 純粋な戦闘タイプの覚醒者ではないにしろ、覚醒者の中では、トップクラスに入るほどの身体能力を持つのが、この俺、天野伊織だ。

 ――――けれど、そんな力があったところで、一体、何が出来るというのだろうか?


「まったく、派手にやったものだ。言っておくがな? 七尾家の力をもってしても、隠蔽には限度があるんだぞ?」


 少なくとも、眼前の大人のように――七尾久幸という青年のように、図書館で起きた騒動を何とか収束させて、諸々の情報隠ぺいを図ることなどは出来ない。

 その所為で、大分騒ぎを起こしてしまったし、何より、危うく警察などを呼ばれて大騒ぎになりかけたのだ。あの時、楓が素早く七尾家に連絡を入れなければ、俺は婦女暴行の罪で警察に連行されて…………今度こそ、協会の管理下へ、正式に移動しなければならなかったところである。


「この度は、本当に申し訳ございませんでした」

「ふん。次があったら、もっとスマートにやるんだな、庶民。少なくとも、この俺の手を煩わせないようにすることだ」


 そのような経緯があり、俺は背中を小さく丸めて、落ち込んでいた。

 久幸さんの口から出る言葉は、ごもっともだ。あの時、俺がもっと冷静になっていれば、少なくとも、こんなことにはなっていなかっただろうに。


「…………もっとも、これも委員会の工作の一つかもしれんが」


 ため息交じりに久幸さんは言葉を吐き出すと、怪訝そうに、俺の現状に眉を顰めた。


「ところで、その有様はなんだ? 医者の話では、傷は肉にまで達していない上に、自己修復によって治ったんだろう? お抱えの医者を走らせた割には、やったことと言えば、傷口を洗って傷薬を付けたぐらいだろうに…………何故、包帯塗れのミイラ男になっているんだ?」

「あー、その、妹さんとですね、その友達がですね、泣きながらですね、こう」

「ふむ、大体分かった。お前が悪い」

「その通りです、はい」


 現在、俺は全身を包帯でぐるぐる巻きにされながら、七尾家の客室で寝かされていた。

 時刻は午後一時半。

 市民図書館での出来事から、おおよそ二時間ほど経っていた。


「大方、うちの妹が半ギレしながら、ぐるぐる巻きにしたんだろう? 医者から大丈夫だとお墨付きを貰っても、『わかんないもん!!』と叫びながら、包帯でぐるぐる巻きにしたと推測するぞ」

「はははは、凄いですね、流石お兄さん。見事にその通りです」


 ただし、半ギレではなく全キレだ。ガチギレだ。倉森と一緒に、泣きながら俺に説教して、医者が苦笑いを浮かべているのにも構わず、俺を包帯で梱包したのである。

 やれ、確かにガラスの刃を受け止めて、結構な数の切り傷で、割と血まみれだったのだから、俺の回復力を知らない二人からすれば、本当に必死だったのかもしれないが。

 …………反省しよう。

 いや、本当に反省しよう。

 怒りで我を失って行動するなど、ハードボイルドにあるまじきことだ。

 いや、それよりも、友達をあんなに心配させてしまうのは、本当に駄目だ。俺は、あの二人が泣くところは、見たくない。


「で、何があった? 一応、報告は受けているが、当事者の立場からも報告しろ」


 俺が後悔に沈みそうになると、頭の上から冷たい声で、久幸さんが命じてくる。

 だが、この冷たさの中には、気遣いがあることは明白であり、どうやら、久幸さんなりに、やるべきことをやらせて、俺が落ち込みすぎないようにしてくれているらしい。

 不器用な人だな、と心中で頭を下げた後、俺は言われたとおり説明した。

 市民図書館で行われた告白劇。

 その直後、あまりにも唐突に引き起こされた、怪現象。

推定、異能による倉森への攻撃。

 幸いなことに、倉森に傷は無かったが、倉森が攻撃された事実に俺の理性がぶっ飛び、激怒。そのまま、直感だよりに襲撃者と思しき人物を締めあげている最中に、倉森と楓の二人にしがみつかれて、ようやく正気に戻ったという顛末だ。

 それから先は、七尾家の工作員が数分も経たずに登場して、場を修めてくれたので、語る必要は無いだろう。共に居た八畑も、七尾家の工作員に連行されてしまったが、この現代社会だ、早々手荒なことにはならないだろう。

 倉森を襲撃した、覚醒者の仲間でなければ。


「ふん、迂闊な判断だ。貴様の直感は確かに凄まじい精度を誇るのかもしれないが、それを他者に対して証明できなければ、ただの独断専行による凶行だ。七尾家の力がなければ、お前の方が犯罪者扱いだぞ?」

「はい、それは重々反省しております」

「まったく、そういう時は拘束程度に留めておけ…………まぁ、今回の相手が、呪術ないし、異能などという、危険極まりない代物を扱う相手であると考えた場合、あながち、お前の判断は間違いではなかったかもしれんがな」


 ふぅ、と俺の説明を聞き終えた久幸さんは、疲れた様子でため息を吐き出した。

 予想通りだが、予想通りであって欲しく無かった、という反応だ。


「犬飼八重子。お前たちが通う、市立一ノ瀬第一高等学校の二年生だ。お前とは別のクラスの生徒だが、普段の生活態度から、これと言って怪しい経歴は見つからない」

「ごく普通の女子高生だった、と?」

「少なくとも、そうなっている。協会にも、委員会にも問い合わせたが、そのような名前の少女は所属していないそうだ。少なくとも、先方はそのように言っている…………だが、しかし」


 久幸さんは、普段から険しい目つきをさらに眉間に皺が寄るほど険しくしてから、言葉を続けた。


「ここら一帯の地主として活動していた七尾家の記録には、その犬飼という字名は、犬神憑きの家系の、分家の分家であることを証明する物があった。どうやら、とうの昔に枯れ果てた異能の血筋、その末裔が犬飼八重子らしい」


 犬神憑き、という言葉に俺の知識は反応した。

 叔父さんと共に解決したいくつかの事件の中には、先天的覚醒者である血筋の人間が起こした物も、少なからずあったからだ。

 そして、その手の先天的覚醒者というのは、生まれながらにして特別な才能、異能を持つことが多く、古くは『憑き物筋』として周囲から畏怖を集める立場にあったのだとか。

 その中でも犬神憑きというのは、ある意味、メジャーな憑き物筋の一つであり、それ故に、眉唾の偽物が多いのだが…………まさか、本物がこの田舎町に存在していたとは。


「犬飼八恵子。そいつが、ずっと力を周囲に隠して生きてきたのか、はたまた、何かしらのきっかけで、つい最近、覚醒したのかは、わからん。詳しく話を聞こうと思っても、誰かさんが相当痛めつけた所為か、全く会話にならないからな」

「いや、待ってください、久幸さん。これでも一応、手加減はしましたよ、最大限の苦痛を与えながら情報を引き出そうとしていましたので」

「さらっと怖いことを言いやがるな、こいつ。確かに、肉体的なダメージはそこまでじゃない。目立った傷なんか、ただの打撲程度だが、その分、心の傷が酷いんだよ。お前が言うには、異能の中核を担っていた『獣の呪い』とやらを殴り砕いたんだろ? 呪術関係の覚醒者は、その力の象徴を砕かれると、著しく精神が不安定になるからな」


 わかるだろう? と尋ねられれば、頷くしかない。

 『呪い返し』を受けた覚醒者本人は、精神が不安定になる。少なくとも、かつて戦ったその手の覚醒者は大体同じだったので、犬飼とやらも似たような状況だったはず。そこへ、さらに俺が追い打ちをかけた所為で、大分精神が参ってしまったのかもしれない。

 俺は深く後悔して、反省した。

 問い詰めて、話を聞き出してから、痛めつければよかった、と。


「おい、この馬鹿庶民」

「いたっ。えっと、何ですか? いきなり人の頭を叩いて? 言っておきますが、ダメージが無くとも、痛い物は普通に痛いんですが」

「うるせぇ、無駄に硬い頭をしやがって。おかげで叩いた手が痺れてやがる…………ったく、そんな顔で、うちの妹とその友達に会うつもりか?」

「…………うっ」

「ささくれ立つ気持ちはわからんでもないが、落ち着け。お前がそんなんだと、またあの妹が泣くだろうが」

「………………すみませんでした」


 物騒な思考をしていると、それを中断させるように久幸さんが頭を叩いてくれた。

 いけない、どうにもいけない。一度、完全に肉体の制限を解放した所為で、気の昂ぶりが収まり切っていない。思考が暴力的になってしまう。

 クールに、クールに落ち着かなければ。


「焦るな。手がかりが無いとは言っていない。犬飼八重子が、首から怪しげな水晶のペンダントを身に着けていたことが分かっている。それらは、呪詛返しの影響か、あるいはお前の暴力の所為で壊れているが、『元々素質のあった才能を増幅される』効果がある呪物かもしれない。詳しく調査して、何かあったらすぐに連絡してやる」

「うう、ありがとうございます、何から何まで」

「ふん。うちの妹が泣きついてこなければ、お前のような短慮に走った馬鹿庶民は相手にしないんだがな…………後で、妹とその友達にしっかり謝れ」

「…………はい」

「話は今のところ、それだけだ。後で、食事を持ってこさせるから、それまでは精々体を休ませておけ」


 言葉の温度は冷たく、皮肉げではあるけれど、久幸さんからの気遣いが感じられた。

 俺が頷いて、ベッドに仰向けに倒れると、「大人しくしていろよ?」と念を押すように言ってから、久幸さんは客室から退室していった。


「…………あー」


 久幸さんが退室した後、俺は情けない唸り声を上げて、すっと手を伸ばしてみる。

 真っ白な天井に向けて手を伸ばして、じぃ、と伸ばした己の右手を眺めた。

 俺の手。

 その気になれば、あらゆる物体を砕き、壊せる手。

 力はある、力はあるんだ…………けれど、力だけあっても、どうしようもない。


「格好悪いなぁ、俺」


 いつの日か、俺は格好いいハードボイルドな大人になれるだろうか?

 いや、ハードボイルドでなくとも、せめて、己自身の力に振りまされないように生きたいと、強く思った。

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