第3話 ささやかな非日常を
ホイ、チャマ。
諸事情により、天才美少女様の偽装彼氏役を担うことになった、天野伊織だ。
さてさて、それじゃあ、今日は我らが平穏なるクソッタレな田舎町、一ノ瀬町について説明していこうか。
一ノ瀬町は、とある東北地方の県南に位置する、それなりに大きな町だ。
中心部には都会に繋がる大きな駅があったり、駅の周囲にはホテルやら様々な店が立ち並んでいたりして、それなりに賑やかなんだが、少し駅から離れると、後は道路と田んぼで構成された、よくある日本の田舎の風景が見えるだろう。
と言っても、国道が通っている場所なので、過疎寸前の田舎村に比べれば、交通の便もそれなりに良くて、田舎の中ではまだマシな方だ。何せ、デパートもあるし、本屋やらゲーセンなどもあるのだから、学生たちの好奇心の一部を満たすことは出来るだろうさ。
まぁ、それでも、田舎の学生ってのは常に刺激を求めている。
毎日、代り映えしない通学路。
あくびが出る程の、決まりきった日常。
そんなわけだからこそ、非日常の象徴みたいな存在である七尾さんというのは、一種の憧れを含んだ偶像と化していたのだ。
ならば、そんな偶像の隣に、彼氏の影が現れたとしたら?
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「それでさ、天野。結局、七尾さんからの呼び出し、何だったんだよ?」
「ああ、告白の返事を貰った。オッケーだったぜ」
「へぇそうか。告白の返事ねぇ、なるほど。オッケーか…………えっ?」
クラスメイトの一人――小鳥遊君が、昨日の出来事について尋ねてきたので、俺は予定していた通り、気軽に答える。まるで、今日の朝食のメニューでも答えるような口調で、退屈な日常に一石を投じてやる。
さて、どうなるか。
「わ、わりぃ、どうやらちょっと寝ぼけていた所為で、聞き逃したみたいだ。もう一度頼む」
「七尾さんに告白した返事を貰った。オッケーだった」
「………………?」
俺の言葉を受けて、小鳥遊君は首を傾げてからゆっくりとその内容を咀嚼する。
一度、二度、頭を動かした後、ようやく内容を飲み込んだようで、小鳥遊君は驚愕に目を見開いた。
「な、七尾さんから告白のオッケーを貰っただとぉおおおおおお!!!?」
『なんだってぇー!!?』
直後、祭りでも始まったのかと疑いたくなるほどの声が、教室から溢れ出た。
小鳥遊君の絶叫を皮切りとして、次々とクラスメイト達が驚きの声を上げて、俺の席へと集まってくる。
おお、まさか俺の席がこんな人口密度を記録することになるとは。
「マジか!? え? マジかぁ!!?」
「お前、これで嘘だったら騒乱罪だぞ!?」
「どうやって!? どうやって七尾さんからオッケー貰ったんだよ!?」
「というか、愛の告白って、天野君の方だったの!?」
「詳しく! 新聞部は詳細を求めます!」
ぎゃあ、ぎゃあ、と混乱は瞬く間に教室を隔てた外側にも伝わっており、二年生の教室のほとんどは、朝のHRで教師に怒鳴られるまでこの騒ぎが続いたらしい。
流石にこんな騒ぎの中で詳しいあれこれを説明することは出来ない。
なので、俺は「昼休みに、静かに聞いてくれるのなら、ちゃんと説明する」とクラスメイトに告げて、時間を置くことに。
クラスメイトのほとんどは、「どんな生殺しだよ!?」と苦悶の声を上げたが、これも教師からガチで問題にされないための処世術である。大人しく、頭が冷えるまで時間を置いて落ち着いて欲しい。
「あ、あの、天野君、告白するきっかけとか――」
「悪いね、昼休みに」
「せめて、いつ告白したのかを――」
「悪いね、昼休みに」
当然のように、授業中、クラスメイト達のそわそわは収まらない。
授業間の休憩時間には、フライングで情報を先取りしたいクラスメイト達に囲まれるが、ここは断固として拒否。公平に説明しなければ、噂というのはよくわからない方向性に転がっていくからな。
「気持ちはわかる。俺だって逆の立場だったら、根掘り葉掘り聞きたくて仕方ないと思う。だが、昼休みに全部説明するから落ち着いて欲しい。これは、俺だけじゃなくて、相手のこともあるからさ。ほら、七尾さんだって昼休みに説明するって言っていただろう?」
噂が拡散して、よくわからない尾ひれが付くのは仕方ない。
けれど、それを最低限に留めておくのも契約の内だ。そのため、予想できる混乱に対する対策として、打ち合わせ通りに、昼休み、俺と七尾さんの二人が別々の教室で説明をすることにしていたのだ。
これならば、いくらか生徒の密集を分割出来て、なおかつ、一度にまとめて説明するので、情報が錯綜して尾ひれが付くのを防ぎやすい。
まぁ、多少人に集られるのは精神的にダメージを負ってしまうだろうが、それも今回限り。最初にきっちりと対応すれば、この後に厄介なことも出来るだけ軽減できるはずだ。
『はい、それでは! 七尾楓さんと、天野伊織君の、交際記者会見を始めます! 司会進行
は、皆の生徒会長! 篠原 美音でお送りしまぁーす!」
『『『いえぇえええええええええええええい!!!!』』』
そのはずだと、俺は思っていた。
だが、これは何だろう?
何故、俺は昼休みに、生徒たちが綺麗に整列した体育館の檀上で、マイクを構えているのだろうか? 何故、俺の隣に余裕の笑みを浮かべた七尾さんが居るのだろうか?
…………ねぇ、打ち合わせと違うんだけど?
「…………ふふふっ」
俺は抗議の意味を込めて、隣で並んでいる七尾さんに視線を向けるが、微笑みが返されるのみ。七尾さんと知り合う前の俺ならば、何か深淵なる考えが、その天才的な頭脳に宿っているのだと勘繰っただろうが、今は違う。
『この記者会見は、七尾さん、天野君の許可の下、行っておりまーす! 無断撮影はご遠慮くださーい! ルール違反は、風紀委員によって即座に退去させまぁす!』
こいつ、何も考えずに周りに流されたな!?
俺が非難の視線を向けるが、七尾さんはどこ吹く風。傍から見たら、余裕綽々の天使の笑みに見えるかもしれない。だが、恐らくであるが、こいつはこう考えている。
『話の整合性を合わせるのが面倒だったから、二人一緒に説明するのはちょうどいいから結果オーライ!』
と、如何にもという顔つきて、浅いことを考えているのだろう。
だって、整列しているクラスメイト達の中から、物凄い目つきで倉森さんが七尾さんを睨んでいるし。薄々分かっていたが、結構いい加減なところがあるな、こいつ。
『そーれーでーはっ! 我々生徒会尽力の下! 昼休みまでに、主な質問を纏めてまいりましたので! 皆さんお待ちかねのぉ! 質問タイムだぁ!!』
わぁあああああ、という体育館中に響く歓声を浴びながら、俺は大きく息を吐いて己を落ち着かせた。
大丈夫だ、予想外の展開になったかもしれないが、考え方を変えればこれはチャンスだ。ここまで大きなイベントで説明してしまえば、もう噂に尾ひれが付くなんてことにはならない。ここできちんと説明しきれば、布石を打っておけば、二か月後、自然に別れを演出することが出来るはず。
さぁ、気合を入れろ、俺。
心をタフに保って、三文芝居で全校生徒を騙してやれ。
『ではでは、最初の質問です! 七尾さん! この度、天野君の告白を受け入れたということですが、その決め手となったのは、一体、なんだったのでしょうか!?』
「…………ふふっ、そうね、一言で表すのならば」
俺は心の中で尊敬するハードボイルドな探偵を思い描きながら、静かに七尾さんの応答を待つ。そうとも、昨晩にあれほど打ち合わせをしたんだ。しかも、相手は天才美少女である七尾さん。完璧に打ち合わせ通りの受け答えをしてくれるはずさ!
「――――――武力、かしらね?」
『…………えっ?』
その答えを耳にした瞬間、俺はこの記者会見に潜む真なる敵の存在を知覚した。
七尾楓。
こいつのポンコツ具合をフォローするのは、全校生徒を全て騙すよりも遥かに難しい。