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第38話 晴天でも雨が降ることもある

 これは自慢なのだが、俺は直感に優れている。

 それも、ちょっと『勘が良い』というレベルを超えて、軽く超能力染みた直感の鋭さを発揮させることが出来る。

 もちろん、限度はある。流石に百発百中とは言えない。しかし、気合を入れれば全く知らない問題でも、マークシート方式ならば、百点満点中八十点ぐらいは点数を取れるぐらいには直感に優れているのだ。実際、ヤマを外したテストの選択問題の時などは、この直感は重宝している。

 この直感に任せておけば、俺の人生はきっと間違いない。少なくとも、不幸にはならないだろう、と一時期過信してしまった経験があるほど、俺の直感は恐ろしいほどよく当たった。


「おいおい、我が甥よ。そんな悲しいことを言わないでくれ。その場の直感だけで未来を選んでいくだけの人生なんざ、つまらないぜ? そんなんで幸せになったところで、きっと、その幸せは夢幻の如くって奴さぁ。たった一度の不幸や間違いで、あっさり崩れてしまうぞ。だからまぁ、あれだ。間違えてもいいから、きちんと考えなさい。考えて、自分の行動に自分で納得してから、動きなさい。特に、己の未来を左右しかねない選択の時は」


 けれど、我が叔父である天野宗次はそれをよしとはしなかった。

 俺が己の直感に己惚れてしまった際、『俺の直感すら及ばない悪辣な戦法』で俺の心をぼこぼこに叩き折って、考えろと伝えてくれたのである。

 感じるままに動くだけではいけない。

 もっとよく、考えろ、と。

 その時の俺はコテンパンに敗北したことによって、不貞腐れていたのだが、結果的には良かったと思う。そこから、きちんと物を考えて動くことを覚え始めたのだから。

 例え、直感が導く最善を知っていたとしても、考えた末に最悪を選んで苦労をした経験があったとしても、その日から俺は自分の行動に納得しながら生きて来られたのだから。

 そして、現在、俺はかつてないほどあの時の挫折に感謝していた。

 何故ならば、俺が陥れられた状況では、俺の直感はまるで働かず、また、直感が働いたとしても、なんとなくではやり過ごせない物だったからだ。

 故に、さぁ、考えよう。


「先輩は、その、私のこと…………どう、思っていますか?」


 顔を真っ赤に染め上げた眼前の少女に、どんな答えを返せばいいのか、考えよう。



●●●



 嵌められた、と気づいた時にはもう遅かった。

 何せ、俺が呆けている間に、太刀川は俺の前の席へ座っている。おずおずとこちらを伺うように、まだ赤みが残る頬を時折抑えながら、ちらちらと上目遣いで見てくるのだ。

 駄目だ、可愛すぎる。

 この状況をどう凌ぐかを考える前に、可愛い! 抱きしめたい! という即物的な考えが頭を埋めてしまって、完全に行動を束縛されてしまっている。


「種明かしはするまでも無いでしょう? 単純に、貴方の言葉を聞きたかった乙女が、こっそりと隠れていただけ。そして、勘違いはしないで欲しいのだけれども、最初は美優の方からだったのよ?」

「あ、あのっ、楓様、それは……」

「楓姉さん、でしょう? それに、ちゃんと説明しないとまたこの人が誤解をしてしまうわ。だから、はっきりと言うけど、私が先に貴方の好意を伝えたわけでは無いのよ? むしろ、相談を受けた立場なの」


 相談?

 俺がふわふわとした思考を詰め込んだ頭を傾げると、楓はにんまりと悪戯っ子のように笑って応えた。


「美優と二人きりで話している時、貴方の話題になったのよ。貴方はとんでもないお人よしで、それに比べて、自分の浅はかな行動が恥ずかしい、と。想い人が居るのに、ハニートラップみたいなことをやらかしていた自分が恥ずかしすぎる、と」

「あ、あわわわわ!」

「こら、こちらにしがみついて物理的に口を塞ごうとするのはやめなさい、もう。どうせいつか言わないといけないんだから…………それでね? 貴方のことを話している時の美優の顔が、明らかに恋する乙女だったから、訊いてあげたの。貴方、伊織君のことが好きなの? ってね。するとまぁ、こんな感じに顔を赤くして」

「――――楓姉さん!」

「そこから色々説明して、実は、伊織君の想い人が美優自身だって教えてあげた時なんて、凄かったわよ? 顔を今以上に真っ赤にして、もの凄く挙動不審で、軽く泣きながら、「そんな都合の良いことあるわけないじゃないですかぁ」と情けない声で言うものだから、この茶番を仕組んだというわけなの」

「……う、ううう、死にます、恥ずかしさで死にます……」


 両手で顔を覆い、そのまま椅子の上で蹲る太刀川。

 わかる、その気持ち、凄くわかる。今も俺、恥ずかしさで倒れてしまいそうだぜ。


「ふふふ、大丈夫、大丈夫。経験者だから言うけど、その恥ずかしさがやがて癖になるわよ? というか、ここまでお膳立てしたのだから、二人とも、はい」

「「…………はい?」」


 揃って疑問の声を上げる俺たちに対して、楓はドヤ顔で告げた。


「さぁ! 今こそ、わだかまりなく、二人できちんと今後について話し合うのよ!」


 今後について話し合えと言われても…………あ、気付いたのだが、ひょっとしてこれは、先日の意趣返しもいくらか含まれているのだろうか? 楓と太刀川に対して、しっかり話し合え、と尻を蹴飛ばすような激励をしていた俺に対する、意趣返し。


「…………あ、あの、先輩……わ、私、その……」

「…………あー、いや、うん。あの」

「キース! キース!」


 いや、絶対そうだわ。

 だって、天使みたいな美貌で悪魔みたいに口角を上げて、この状況を楽しんでいやがりますもの。

 ぐぬぬ。おのれ、実際、やっていることはこれ以上なく俺たちのためを思っての行動だから、何も文句が言えねぇ。


「先輩は、その、私のこと…………どう、思っていますか?」


 そして何より、今の俺には、楓へ文句を言う前にやるべきことがある。

 精一杯、恥ずかしさに耐えながら真っ赤な顔を上げて、こちらへ問いかけてくれる後輩に対して、先輩として…………いいや、天野伊織としてきちんと答えなければならない。

 さぁ、考えろ。

 俺はどうすればいい。

 …………いや、違う。

 俺は、どうしたい?

 今、この俺は、どうしたいんだ? 天野伊織?


「――――好きだよ、一目惚れだった」


 短い自問自答の後、俺は観念した気分で素直に応えた。

 不思議と、言ってしまえば、顔から赤みがすっと引いていく感触があった。


「あ、あうっ…………そ、そんな…………って、あれ? 一目惚れ? なのですか?」

「…………ああ」


 同時に、太刀川の顔からもすっと赤みが引いていく。

 俺の言葉を受けた直後は、心臓に銃弾を叩き込まれたみたいな顔をしていたのだが、どうやら、俺が懸念していたことに思い至ったらしい。


「あの状況で?」

「そうだ」

「私をぼこぼこにして、覆面を剥いで、涙目になっていた姿を見て?」

「…………そうだよ」

「……………………変態」

「違うっ!」


 一転、太刀川からの視線が氷点下まで落ち込んだので、俺は必死に言い訳を始めた。

 そう、全身全霊の言い訳だった。そこからはもう、なりふり構わず、己自身の中にある思いのたけをぶちまけていた。

 一目惚れではあるが、最初は信じられなかったこと。

 そういう性癖を疑ったが、違ったこと。むしろ、太刀川が苦しむ姿を想像するだけで、自分も胸が痛くなる気持ちだと。

 太刀川には幸せな気持ちで居て欲しい、ということ。

 太刀川と同居する時、下心を殺すのにとても苦労したこと。

 太刀川の料理が好きなこと。

 太刀川の、楓を思う一途な心に憧れ散ること。

 太刀川にハニートラップを仕掛けられた時は、理性が本当に危なくて苦労したこと。

 その他、有り余る俺の感情を余すことなくぶつけた結果。


「…………もういいです」

「いや、良くない! 聞いてくれ!」

「いえ、もう駄目です…………その、あの」


 氷点下まで落ち込んでいたはずの太刀川の顔は、再び、いや、先ほど以上に赤く染め上げられて、ぷしゅう、と口から熱い吐息が漏れていた。


「私も好きですから…………貴方が、私のために厳しいことを言ってくれたり、手の差し伸べてくれたことが、その、凄く胸がキュンってなりましたから…………もう、勘弁してください」

「…………あっ」


 気づけば俺は、テーブルに乗りあがるような形で太刀川との距離が近くなっていた。

いつの間にか、こんな近くまで接近してしまったのか。いや、というか、俺は先ほどまで何をしていた? ひょっとして、こんな距離で全力の言葉で、思いっきりこの後輩へ告白をしてしまったのではないだろうか?

 そして今、その告白を受け取って貰えたのではないだろうか?

 というか、え? 現実?


「うんうん、これでいいのよ」


 俺たちのやり取りを見て、したり顔で頷く楓。

 その姿を見て、ようやく俺は落ち着て現状を把握した。

 …………うん。どうやら、とても驚いたが、これは現実らしい。でも、良いのだろうか? こんな、いきなり、まるで予兆も何もなく、こんな幸せなことになってしまって。


「いいのよ」


 そんな俺の不安や疑問に応えるかのように、ふと、柔らかく楓が微笑む。


「晴れた空から、雨が降ることがあっても良いのよ、二人とも。だってそれは、誰かと誰かが結ばれたという幸福の証なのだから」


 柔らかな微笑みと共に紡がれた言葉は、余りにも今の俺たちの状況に合っていて。

 だからつい、先ほどとは別の意味で気恥ずかしくなって、ついつい視線を楓から視線を逸らしてしまった。

 まったく、人に気障とか言っておいて…………お前も大概じゃないか。

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