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第33話 一難去ってまた一難

 結果から言えば、楓と太刀川の関係修復は上手く行った。

 元々、楓と太刀川の仲自体は悪くない。仮に、太刀川が倉森を襲撃していれば、話は拗れに拗れたかもしれないが、幸いなことに、その被害者は俺であり、無事に返り討ちにしたので大した問題にならなかった。だからこそ、穏便に話が進んだのである。

 そもそも、太刀川は昔から妄信、狂信の気配があったらしいのだが、楓が身内可愛さであまり厳しく叱ってやれなかったのも原因の一つだったらしい。さらに、ここ半年ぐらいはずっと倉森に熱を上げていて、太刀川を構ってやる時間が少なくなったため、いつも以上に太刀川が拗らせていた、ということも少なからず、この事態を招いてしまった原因なのだとか。

 要するに、身内だからといって甘えず、二人ともきっちりと互いの意見を言い合え、というお話なのだ、これは。


「というわけで、俺は帰るから、二人ともしっかりと話し合って、互いの不満とか、不和の種を解消してくれ」

「「待って?」」

「待たない。大体、俺が居たら話せないことも多いだろう。女子同士のことだし。だから、この際、思いっきり罵り合うぐらいの勢いで今後について話し合ってくれ」

「「罵り合うぐらいの勢い!?」」

「それぐらいの意気込みでやらないと、お前らは良くない忖度を繰り返すからな」


 ああ、店に迷惑が掛からないように気を付けてな、とだけ言い残して、俺は喫茶【骨休み】から出て行った。

 背後から、追いすがるような二人の声が聞こえたが、ここは心を鬼にして無視する。

 大体、もう子供ではないのだから、ここから先は二人で話し合うべきなのだ。むしろ、和解の話し合いの際も思ったのだが、両者にほんの少しの勇気があれば、俺など必要なかったのである。

 そりゃあ、途中で怖気づいてしまいそうな後輩を煽ったり、ヘタレたことを言い出しそうな楓に対して、「はぁ?」と尻を叩くような威圧を見せてしゃっきりとさせたが、それは話し合いをスムーズに進めるためにやったこと。

 きっと、俺が居なくとも、ちゃんと互いに向き合うと決めた二人ならば、時間をかければ和解していたことだろうさ。

 まぁ、立会人をしている俺の目の前で、もじもじと「あの……」とか「ええと……」とか、遅延を繰り化していたので、思わず急かすようにしてしまったのだけれど。


「ともあれ、これにて一件落着…………同居生活が解消されるのは名残惜しいけれど、それもまた青春。後は、依頼をきっちりと完遂すればいいだけ…………だと思ったんだがなぁ、やれ」


 喫茶【骨休み】から、自宅への帰り道。

 そう、かつて倉森の奴と共に歩いた大通り。


「おう、クソガキ。奇遇だなぁ……ちょっとツラァ貸せや」


 そこで偶然、ばったりと倉森の兄――虎尾さんに出会わなければ、俺は清々しい気分のまま、帰宅出来たというのに。

 どうにも、俺はとことん運命の女神とやらに嫌われているらしい。

 まぁ、そんなことは三年前から知っていたことではあるが。


「どうも、こんにちは。俺に何か用ですか? 倉森のお兄さん」

「貴様に兄と言われる筋合いはねぇよ」

「そうですか、では、虎尾さん。就職活動はしなくても大丈夫ですか?」

「やめろ! 妹と母親みたいなことを言うのは止めろ! ちゃんとアルバイターとして働いているんだよ、俺は!」

「アルバイターの人を馬鹿にするわけではありませんが、その髪で正社員はちょっと」

「ああん!? 俺の魂に文句を付けるとはいい度胸じゃねぇか、おい!」

「いや、別に相応の職場なら大丈夫だと思うんですがね? 逆に個性になったりして。面接を受けに行ったのは、どんな職場何ですか?」

「…………お前に関係ねぇだろうが」

「別に人の個性を否定する気はありませんが、書類審査で落とされるってことはつまり、そういうことですよね?」

「やめろやめろぉ! 正論で俺を傷つけるんじゃねぇ!!」


 俺は微笑んで、虎尾さんに正論の刃を突き刺していく。

 この社会に適応できなかった、悲しき不良の末路みたいな人に効く言葉は、以前、倉森から学習済みなので、どんどん容赦なく心を抉っていこうと思う。


「ちくしょう、馬鹿にしやがって!」

「馬鹿にする? 正論と言うことが馬鹿にすることになるんですか? だとしたら、言われる方に問題があるのでは?」

「友達の兄貴の心を、いきなりで正論で殺そうとするのも問題だろうが!」

「その言葉を待っていました、ありがとうございます。これで俺は、虎尾さん公認で倉森の奴と友達ということで」

「あっ…………おまっ、今のは、今のはナシだ、この野郎!」

「はいはい、分かりましたよ、では、そういうことで」

「さらっと流して、帰ろうとするんじゃねぇ! ツラァ貸せって言ってんだよ!」

「やめてください。俺、弱い者いじめは趣味じゃないんです」

「言ったな、ゴラァ!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、俺に掴みかかる虎尾さん。

 それはその手をひらりと交わしつつ、ため息交じりに、スマートフォンを構えた。


「まったく、余りしつこいようだと、妹さんに密告しますよ?」

「それがどうしたぁ!? 兄貴ってのはな? 妹のためなら、例え、妹に嫌われてもやるべきことをやるんだよ! そう、後で土下座することになってもな!」

「格好いいんだか、格好悪いんだか」


 やれやれ、と俺は肩を竦めて苦笑した。

 粗野で暴力的な面はあるけれど、概ね家族想い。

 ただし、一度こうと決めたら中々誤解を解くことに苦労しそうなところは、やはり兄妹なのだろう。倉森によく似ていると思った。

 だからかもしれない。

 いつもは、この手の誘いはさらりと流して、さっさとおさらばするところなのだが、気まぐれに少しぐらい付き合ってもいいと思ってしまった。


「わかりました、わかりましたよ。その妹想いに免じて、今日は付き合ってあげましょう」

「なんで偉そうな態度なんだ、おい?」

「なんでって、貴方は俺に頼み込む側の立場でしょう? 俺は頼まれた側の人間なんですから、相応に振る舞っているだけですが?」

「…………お前、周囲から性格悪いって言われないか?」

「ご安心ください。主に、敵対者からだけです。俺は、俺の味方と女性には優しくするように心がけていますので」

「はっはっは、この野郎」

「おっと、ハイタッチですか? ハイタッチはグーではできませんよ? よかったですね、これで面接の時に恥をかかずに済みますよ」

「面接の時に、ハイタッチする機会なんざ、ねぇ、だろうが! つーか、離せ、馬鹿力ぁ!」

「はいはい」


 気分はさながら、猛獣使いの気分。

 暴力的ではあるが、それも妹想いと思えば、我慢も出来る。

 それに、今後、楓と倉森が付き合っていく上で、倉森の兄である虎尾さんの協力があれば、きっと何かの手助けになると思ったからこそ、俺は不良の呼び出しのような真似に付き合うことにしたのだった。

 まぁ、例え何かあったとしても、虎尾さんの戦闘力は見た限りだと太刀川よりも劣るような感じなので、よほどの問題が起きなければ、俺は無事に帰れるという算段も、もちろんあったのだけれども。



●●●



「…………おい」

「なんですか、虎尾さん」

「あのよぉ、もう一度訊いていいか? あの時よりも、遥かに重大な意味を込めて、訊いていいか?」

「答えられる範囲ならば」

「…………天野伊織。お前は、一体、何者だ?」

「貴方の妹の、友達。それ以上の存在になるつもりも、なれるつもりもありません」

「…………そうかい。じゃあ、今度はもう一つ、割と切実な質問だ」

「予想は尽きますが、どうぞ」

「――――――『あいつら』は一体、何者だ?」


 そいつらの姿は異様だった。

 と言っても、別に腕が四本あったり、頭から角が生えているわけでも無い。ちゃんと人間の範疇の姿をしている。

 ただし、余りにも場違いだった。

 ここはどこの町にもあるような、ファーストフードのチェーン店。

 学生が制服のまま立ち寄ってもおかしくなく、また、様々な年代、服装の人々が居てもおかしくない場所だ。

 けれども、それでもなお、そいつらの姿は異様としか言えない。

 猿の仮面を被った、狩衣の集団。

 仮面はリアリティに溢れて、生きたまま猿の頭を削ぎ取ったかの如き、精巧な出来栄え。

 服装は、神職の人たちが仕事の際に身に着けるような、狩衣。

 和装と呼ぶよりは、仮装という言葉が適しているような出で立ちの男たちが、七人。

 ――――その腰に、日本刀のような物を携えて、こちらに視線を向けている。


『神成る御方に、かしこみかしこみ申す――――――汝、『資格者』なりや?』


 こちらに、そう、七つの視線は全て俺に向けられている。

 殺意でもない。

 憎悪でもない。

 ただ、そうであるから、そうしているというだけのごく普通の意識。

 だからこそ、不気味極まりないそれらから発せられた言葉と、虎尾さんの言葉に応えるように、俺は不敵な笑みを張り付けて肩を竦めた。


「やれやれ、いつから俺は、ハリウッドスターになったんだか?」


 生憎、サインの練習なんてしてないぜ? などと軽口を叩きつつ、つくづく思う。

 どうやら、俺は運命の女神にとことん嫌われているらしい。

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