第27話 作戦会議は姦しく
「別にね? なんでも全部、貴方のことを教えて欲しい、なんて言わないし、言えない。もちろん、秘密にしておきたい事情も分かるわ。だって、事情が事情だもの。けれど、考えてみて? 伊織君と鈴音だけ知っていて、私だけ知らなかったという疎外感を。わかるかしら? さっきまで、間男や、浮気者と冗談で言っていた言葉が、後々、自分の心に突き刺さってくるようなこの気持ちを!」
「…………いや、別に。意気揚々と話すことでもないだろ?」
「私からしても、こいつの事情を勝手に話すとか、デリカシー皆無じゃん。私が色々とやらかしたことも、一緒に話さないといけないし」
「だから別に、悪気があって隠していたわけでも無いので………………ええと、許していただけませんか?」
「別に怒ってないわ」
「じゃあなんで、楓と鈴音が俺を挟むようにしてくっ付いているの? やめよう? 物理的な意味で百合の間に挟んでくるのは」
「ただ、少し悲しくなっただけ………………いつでも、お姉ちゃんと呼んで甘えてもいいのよ?」
「やめろ。こういう憐れみ方は即座にやめろ」
「私が長女で、楓が次女な」
「倉森も、乗っからなくていいからな?」
俺と倉森が、共に正座をしながら楓へ事情を説明したところ、なんとか理解は得られた。
多少機嫌は損ねてしまったが、怒りよりは別の感情による物なので、問題ない。
そう、問題なかったのだ、途中までは。
俺の事情を説明する際、楓は天使の笑みで圧をかけつつも、説明が終わることには倉森と同じようなリアクションだった。俺としては、余り悲しい実感の無い出来事なので、そうやって悲しまれるとどう対応していいか分からないので、ここら辺でぱっと空気を換えるために提案したのである。
隠し事をしていたのは悪かったけれども、事情が事情だ。よって、ちょっとした罰ゲームぐらいなら喜んで受けるので、それでチャラにして欲しい、と。
「でも、こうやってくっ付いているのに、全然動じないのってやっぱり癪だわ。何でしょうね? 精神耐性が強いの?」
「そうか? 私がくっついたところは微妙に緊張しているみたいだけど」
「なんだか負けた気分。弟が取られた気分」
「まぁ、あれだしな? 好みで言うと、楓よりも私の方が好みらしいし」
「んなぁー!? 何それ、伊織君! 露骨に差別するのかしら!?」
「俺としては、男女の間からをきちんと区別していただきたいところ。やめよう? 年頃の男子をまるで、幼い弟扱いするのは」
「「おねショタ! おねショタ!」」
「誰がショタだ!!? 具体的にどの部分が!!?」」
「「精神的に?」」
その結果が、これである。
楓と倉森による百合サンドである。
やめろ、色々とやめろ。SNSで炎上しそうなポジションに俺を置くな、と抗議したのであるが、二人は「どちらかと言えば、幼い弟を慰めるお姉ちゃんポジションだからセーフ」とよくわからない理屈で反論するから厄介だ。大体、倉森は男性恐怖症気味だったというのに、どうして俺に触ってくるのだろうか? 大丈夫なのだろうか? という疑問をストレートにぶつけた結果、「大丈夫、友達の天野相手だったら頑張れる」と照れ臭そうに笑うものだから困る。そこは頑張るなよ、もう。
いや、本当にやめて頂きたい。
ハードボイルドがまだ全然身についていないのは自分自身でもわかるが、せめて、年相応の男子高校生扱いをして欲しい。
「だって、伊織君の主観からすると三年前が誕生の時なのでしょう? だったら、伊織君は精神年齢三歳よ。ほら、お姉ちゃんですよー?」
「くそが」
「お前の恋人にはならないけど、お姉ちゃんだったらなってもいい、と私たち二人の見解」
「友情を疑いたくなるような言葉を吐くな」
「大丈夫、私たちの友情は不滅。それに、天野はあれだろ? ええと、一年の太刀川が好きなんだろ? 一目惚れだったんだろ?」
「…………」
「わぁ、露骨に赤くなった。面白い」
「さっきまでうんざりした顔だった伊織君が、真っ赤になったわ。ほんと、耳まで真っ赤。とても面白い」
「やめてください」
「なぁなぁ、どこら辺が好きなったの? 顔? 体?」
「鈴音、下品よ。一目惚れなのだから、もっとこう、前世で縁があるレベルの何かが」
「やめてくれよぉ……」
俺はしばらくの間、事情聴取という名目で、散々二人に耳元で加虐心たっぷりの言葉を囁かれることになってしまった。
同学年の女子に抱き着かれながら、初恋の相手について洗いざらい聞かれるなんて、一体、どんなプレイなのだと俺は顔から火が出るような気分だった。今日、この時ほど、早く時が進めばいいと思ったことは無い。
なるほど、これが罰か。
男友達に知られたのならば、極刑は免れないような有様の俺であるが、実際、体験する側としては、心底反省を促す効果があったので、今後は出来るだけ隠し事を少なくしていきたい所存です、はい。
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懲役二十分。
女子二人による、密着状態での事情聴取が終わって、俺は精神的にもうグロッキー状態だった。不貞腐れる寸前の精神状態である。
「ごめんなさい。少し、興が乗りすぎてしまったわ」
「ごめんて。ほら、おやつあげるから、機嫌を直しなって」
これで、土産のコンビニスイーツが無ければ、本気で自室にこもってへそを曲げていたかもしれなかったが、美味しい物を食べたらすぐに機嫌を直す俺である。
仕方ないなぁ、と呟きつつ、人数分の麦茶をガラスのコップに注いで持て成す。
「お茶請けは、お菓子と漬物の二つがあるけど、どっちがいい? ちなみに、漬物はキュウリの浅漬けだぜ?」
「ちょろすぎて心配になるわ、伊織君。あ、私は漬物」
「私もー」
「その同意はどちらに対しても同意しているのか? んん? まぁ、良いけどさ」
というわけで、居間で麦茶を飲みながらの作戦会議が始まったのだった。
「まず、生活基盤をしっかりと作ることが肝心ね。美優は私の影人だけれども、同時に、身の回りの世話も幼少の時からしてくれているの。家事万能なの。だから、貸し出す部屋をきっちりと掃除しておけば、印象も良くなると思うわ」
「第一印象が最悪を通り越して、襲撃されたんですが、それでも大丈夫?」
「この期に及んで、暴力沙汰でなんとかしようとするほど美優は愚かではないわ。毒殺とかもしないだろうから、安心して。ただ、何かもしないことは無いと思うので、警戒は必要ね。何かあったらすぐ私に報告して。私から注意されたことは、やらなくなると思うから」
「その太刀川美優って一年、あれだろ? 前に一度、私と楓が一緒に買い物している時に見かけたけど、楓以外に対する態度が露骨すぎねぇ? そんなので、くっつけることなんてできるのかよ?」
「有象無象の男子だったら、不可能かもしれない。けれど、今回の場合、相手は伊織君よ。私と付き合っているということになっている、伊織君。否応なしに意識せざるを得ないし、何より、武術を修める身として、自分より強い対象にはどうしても意識を向けてしまう物なのよ。だから、意外と脈ありだと思うわ」
「脈ありの基準が低いんだが?」
「恋愛の始まりは、マイナスだろうがプラスだろうが、感情の振れ幅が大きければ有利なのよ。かくいう私も、最初の頃は大分鈴音に嫌われていたわ」
「うん。何度か本気で殺意を覚えたし」
「よく付き合うことになったな、お前ら……」
もっとも、作戦会議と言っても、ほとんどが雑談。
雑談が八割で、有用な作戦を話し合った割合は残りの二割程度だ。しかも、その雑談の大半が、恋愛経験者二人による惚気話なのから、俺としては苦笑するしかない。
「やはりね、直感って大切だと思うの。私の時だって、一目惚れとまではいかずとも、似たような感覚だったもの。だから、安心しなさい、伊織君。好感度マイナススタートから、見事にゴールインした先人がここに居るのだから」
「全然安心できねぇ」
「何故に?」
「現状を思いだぜ、馬鹿。なんやかんややらかして、偽装関係中だろうが。つーか、天野と太刀川が付き合えるようになるのが主目的だとしても、偽装関係のことに関して、味方を増やすためにも太刀川をどうにかしないといけないんだろうが」
「そうね、そうだったわ。今のままだと、色々ばれたら、鈴音を闇討ちしそうだものね」
「天野、とても頑張れ」
「頑張るけどさぁ……」
ただ、作戦会議と称して、こうやって友達を雑談で盛り上がるのも悪くはない。
後々にやって来るだろう様々な困難から目を逸らしつつ、俺は友達二人と楽しく談笑を繰り返すのだった。




