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第23話 恋する乙女はお見通し

 予期せぬ同居。

 それはラブコメに於いて、もはや王道とも呼べる展開である。

 様々なやむを得ない事情の下、男女がひとつ屋根の下で一緒に暮らす。最初は、わだかまりや衝突が多くて、喧嘩や仲たがいもあるけれど、時が経つにつれて次第に仲が深まって、やがて恋へと落ちていくというのが基本的なストーリーだろう。

 だがまさか、つい先日、俺を襲撃した相手と同居することになるとは思わなかった。

 そして、その相手がまさに、とても不本意ながら、俺が恋をしているらしき相手なのが、わけが分からなかった。

 一体、どうして、こうなったんだ?


「美優。正直に言えば、怪我をした貴方では、私の護衛は不十分よ。早急に、代わりの人材を派遣してもらうことになっているわ。いえ、違うわ。捨てるとか、そういうことじゃないから、無言で泣かないの。ただ、怪我が治るまでの間、伊織君の身辺警護を頼みたいのよ。わかるでしょう? 私を直接狙ってくるのならば、七尾家の力を存分に振るえるから、自分の身を守り抜くことぐらいは出来るわ。けれど、彼氏である伊織君を守り切るのは不十分。そこで、貴方が近くに居て、彼を守りなさい。ん? ああ、大丈夫よ、伊織君。貴方が弱いと言っているのではないの。少なからず、貴方の歩き方や体幹の動きを見れば、相応の実力の持ち主だって容易く想像出来るわ。けれど、万が一のことを考えて、戦力は少しでも多い方が良い。それに、近くに私の影人が居れば、いざという時、私と連携が取りやすいでしょう? そういうわけで、貴方のご両親と相談するから、電話を…………え? 今は叔父さんしか居ない? ええと、詳しいことは後で聞くとして、保護者の方に連絡させて欲しいの」


 当初、俺はまた楓さんの無茶が始まったな、と楽観していた。それは恐らく、楓さんの隣に居た太刀川も一緒だろう。無表情ながらに、『そんなことは出来ませんよ、楓姉さん』と淡々と言っていたのだから。

 けれど、楓さんが電話を始めてから十分ほどで状況は確定されてしまった。


「はい、伊織君の叔父さんと相談して、居候扱いで部屋の一つを貸してもらえることになったわ。既に、女性の居候の方がいらっしゃるから、随分と話が進みやすくて助かったわね」

「叔父さん!?」

「それと、美優の実家にはもう七尾家から連絡を入れてあるから、大人しく従いなさい。これは、貴方の主人としての命令です。分かりますね?」

「…………はい。分かりました、楓様」

「よろしい。家具は今日中に運び込む手はずになっているので、私が襲撃犯の対処を終えるまで、伊織君と一緒に暮らすように」


 俺たちが、無理だと高をくくっている間に、楓さんは天使の笑みで無理を通して見せたのである。

 いや、太刀川の実家は七尾家の言葉で動かざるを得ないとしても、あの叔父さんを良くも説得出来たものだ…………いや、あれか。面白そうだからという理由で、案外すんなりと受け入れてしまうな、あの叔父さんは。

 それでも、この期に及んで俺はまだ諦めては居なかった。何せ、現在、楓さんとは偽装関係の交際中だ。そういうことになっているのだ。


「あの、楓さん。俺と楓さんは現在、付き合っていますよね?」

「ええ、そうね」

「そうね、ではなくて。あのですね? 俺はですね? 付き合っている女性が居るというのに、他の女子と同居するという状況を受け入れがたい物があるのですが」

「無論、それは分かっているわ。本来であれば、私の家に貴方を招くか、私が護衛と一緒に貴方の家に居候させてもらうのが筋よね?」

「ごめんなさい、それも勘弁してくださいませんか?」

「もちろん、出来ることなら私も貴方と一緒に同居したかった。ここまで頑張ってくれる相手ですもの。私だって少しぐらいは心が動くわ。でも、父がきっと許してくれないから、仕方ないの。だからせめて、私が一番信頼している護衛を、貴方の下へと送りたい」

「いや、俺は一人でも大丈夫――」

「お願い。心配、なの」


 とん、といつの間にか楓さんが距離を詰めて、俺に寄り添うように胸の中に飛び込んでくる。

 いきなりの出来事に、太刀川は目を剥いて無表情を崩して。俺も、まさか楓さんがそんな行動を取るとは思わず、思わず息を止めて硬直する。

 そして、


「――――私に考えがあるの。この後、いつもの場所で」


 耳元で囁かれた冷静な言葉を受けて、俺は頷くことしか出来なかった。

 一体、何がどうなっているんだ?



●●●



 俺たちにとって、いつもの場所と言えば、喫茶【骨休み】である。

 あの後、各自解散という流れで、俺は真っ先に、喫茶【骨休み】へと向かい、先に入店。楓さんも、俺の入店十分後に現れて、いざ、話し合いという流れになった。


「ええと、それで、楓さん。考えって?」


 どうにも、いつもここに来るときは三人一緒のことが多いので、こうして楓さんと二人きりになると妙に緊張してしまう。

 学校であんなことを提案されて、割と強引に通された後ならば尚更に。


「まず、伊織君。今から私の考えを言うから、最後まで聞いて頂戴。そして、間違っているところがあったら、最後に訂正してくれないかしら?」


 対して、楓さんの表情は涼やかだ。いや、涼やかに見えるが、やや緊張しているのか?

 さらりと銀髪を手で梳き上げる動作をすると、ゆっくりと、淡々と、それでいてはっきりとした言葉で語り始めた。


「先日、貴方を襲撃した不届き者は、うちの美優ね」

「…………」


 一瞬、息を飲む。

 露骨な反応は見せなかったと思うが、逆に、反応を抑えすぎて不自然になってしまったと気づいてしまったのは、楓さんの次の言葉が始まってからだ。


「貴方の言っていた通り、貴方は強かった。あらゆる武術を修めた私の影人が、襲撃を仕掛けても撃退して、逆に怪我を負わせるほどに。いえ、あれでもきっと手加減してくれたのかもしれないわね? 貴方はきっと、出来る限り他者を傷つけずに制圧することを目指すでしょうし」


 どくん、と胸が高鳴る。

 なんと答えればいいだろうか? いや、俺は太刀川という後輩を庇い立てする理由なんてない無い。素直に肯定すればいい。

 ならば何故、あの時、太刀川の嘘を指摘しなかった?


「美優が貴方を襲撃した目的は恐らく、私と貴方を別れさせるため。そのような要求をしてきたでしょう? あの子は、私への忠誠が狂信の域にまで達していて、時折、暴走することがあるから…………うん、分かっているわ。流石に、これは私の途轍もない不備よ。可能性があるのに、考えが至らなかった……身内に等しいあの子がそんなことをするとは信じたくなかった私の愚かさが、危うく貴方に害を与えそうになったの」

「待て、違う。それは――」

「ありがとう。そして、ごめんなさい。最後まで聞いて。お願い」

「…………ああ、分かった」


 珍しく、懇願するような瞳で見つめてくる楓さんに、俺は頷くしか出来なかった。

 実際、俺自身だって、何を言っていいのか分からないのだから。


「襲撃犯の特徴を、貴方から教えてもらった時から、少しだけ引っかかってたの。もしかして、って、でも、流石にあの子もそんなことはしないって思いこんで……今日、貴方と美優が顔を合わせた時の態度で察してしまったわ。ああ、うちの美優がやらかしてしまった、と」

「…………」

「正直、どんな償い方をすればいいのか、分からない。だって、今までのこととは違って、本当に酷いことになりかけたのかもしれないもの」


 言いたい。

 謝る楓さんに対して、そんなことは無い、と。むしろ、お前の身内同然の相手を傷つけてしまった、俺の未熟こそ、謝るべきなのだと言いたい。

 されど、口を開こうとすれば、テーブルに身を乗り上げるようにして、こちらの口を手で塞がれてしまえば、物理的に塞がれてしまえば、俺はもう黙るしかなかった。


「だから、もう偽装関係は解除して、貴方をトラブルに巻き込まないようにしようと思ったの。でも、でも、ごめんなさい、気づいてしまったの。会話の途中に………………もしかしたら、貴方に対する償いになるかもしれない方法に、気づいてしまった」


 償いなんて必要ない。

 確かに、依頼人から迷惑をかけられたのならば、文句の一つぐらいは言いたくなる。けれど、今度のも故意ではなく、外野による襲撃だ。確かに、偽装関係について予め太刀川に説明していれば、俺が襲撃されることは無かったかもしれない。止められたかもしれない。だが、代わりに倉森が襲撃される結果となる可能性があったのならば、やはり、言わなくて良かったのだ。

 言おう。

 楓さんの話が終わったのならば、ちゃんと言おう。

 大丈夫だと。お前は間違えていないと、言うんだ。


「けれど、これはある意味、貴方の対する侮辱になるかもしれない。そのすれ違いが起きないように、まず、私の勘違いではないか、確認してほしいことがあるの」


 すっと、楓さんの手が外される。

 だが、まだ俺は言葉を発さない。最後の最後、楓さんの言葉を聞いて、ちゃんと答えてから、言うのだ。

 楓さんは、何も悪くはない、と。


「――――伊織君。貴方、美優に恋しているわね?」

「…………えっ?」


 などという、一連の俺の決意すら吹っ飛ぶほどの言葉が、楓さんから告げられた。

 俺は告げられた言葉の衝撃に、目を何度も瞬かせた後、再度、間抜けな声を喉奥から発してしまう。


「えっ?」


 楓さんは何も悪くないと言ってあげたいが、その前に、どうしても一つ、俺からも聞きたいことが出来てしまった。

 どうして分かったんだよ、ちくしょう。

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