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第22話 影の一族

 七尾の一族には、影ながら寄り添う一族が存在するらしい。

 その起源は、忍者とか、草の者とか呼ばれる隠密の類だったらしいのだが、明治頃から流石にそういうスタイルでやっていくのは無理が生じていた。そこで、普通に戸籍に登録されている日本国民として、正式に七尾の一族が雇って養っていくスタイルに変わったのだとか。

 それが主に、七尾の一族に付けられている護衛さんたちの正体である。

 表向きには、警備会社を運営していることになっているのだが、主に、七尾関係の人物やら、企業などの警備、護衛を担当。

 ちなみに、黒服を好んで纏うのは、いつ何時でも、フォーマルな姿で護衛できるように、というモットーなのだとか。七尾の一族に配属されている彼らに関しては、SP染みた高度な訓練を受けた優秀な人材らしく、七尾の一族たちからの信頼も厚い。


「そんな影の一族の中でもね? 私たち七尾の一族にとって、特別な役職の子がいるの。私たちが生まれてから、一人に付き、一人。何があってもその人のために尽くすように、と生まれながら厳しい教育を受けた、絶対に裏切らない懐刀。献身の盾。それが、影人。無論、この私にもそういう子が居るの…………ずっとずっと、一緒に育ってきた、家族と同じぐらい大切な子が」


 その中でも、さらに七尾家に属する『個人の味方』とされる影人。

 そういう存在が居ることを、楓さんは真剣な面持ちで語った。

 誰も居ない空き教室で、周囲の人払いを済ませた上で、黄昏に染まる中、俺たち三人は互いに奇妙な距離感を保っていた。

 彼女の正面に居る俺は、無言でその言葉に耳を傾ける。出来るだけ、楓さんの隣に居る、黒髪の少女へと視線を向けないように。


「本来であれば、親しい人にも、家族の他に影人の正体は明かしてはいけないの。だって、影だからこそ、あの人たちは真に実力を発揮できるのだから。表立って護衛している人たちよりも、さらに深いレベルでの護衛が出来るから。でも、それでも、貴方だけには教えておかないといけないわ、伊織君。何故なら、そうしなければきっと、貴方は納得しないでしょうから」


 楓さんは隣に並んでいる黒髪の少女へ視線をやり、淡々と説明する。


「この子が、私の影人である、太刀川たちかわ 美優みゆ。うちの高校の一年生よ。小柄な少女で、本当に護衛? と思うかもしれないけど、これでも、プロの格闘家相手でも一歩も引けを取らないほどの技量を持った凄腕の護衛なの…………でも、見てわかる通り、そんな彼女が、彼女でさえも…………ここまで、痛めつけるような凄腕を雇う、敵対者が現れたらしいの」


 視線を向けられた黒髪の少女――太刀川の腕には、真っ白な包帯が巻かれている。先日、俺が痛打を与えて弾いた箇所だ。


「楓様」

「学校で『様』は要らないと言っているでしょう? 美優」

「失礼しました、楓姉さん」

「よろしい」

「先日も申し上げた通り、この傷は単に階段で転んで負傷しただけのことです。家長である誠司様にも、きちんとそのように報告を致しました。邪推はなさらぬよう」


 太刀川は無表情で、大分無理のあることを言っているようだが、そこは楓さん。そんな阿保みたいな理由を受け入れるわけがない。

 はぁ、とため息を吐くと。困った妹を見るような目で追及を始める。


「美優。右腕だけならともかく、腹部に酷い青あざを作っている人が言うことではないわね?」

「物凄い転び方をしたのです」

「護身術、護衛術、その他諸々の武術を修めて、受け身の達人である貴方が?」

「猿も木から落ちるという諺がございます」

「そうね。でも知っている? 貴方って昔から、私に嘘を付くとき、鼻を少しだけ膨らませるの」

「お戯れを、楓姉さん。私にそのような癖はありません」

「ええ、本当は軸足を少しだけ後ろに下がらせるのが貴方の癖だもの」

「…………」

「そして、美優。姉同然である私に、今まで一度も、嘘を突き通せたことがあるのかしら?」

「…………」


 無表情を貫き通す太刀川であったが、その首筋には冷や汗が一筋流れていた。

 駄目じゃねーか。色々言いたいことはたくさんあるけど、物凄く駄目な感じだぞ、この人。ポンコツ化した楓さんに通じる駄目さ加減がある。


「まったく、強情ね? でも、分かっているの。貴方は昔から、私のことを思って行動してくれる。貴方の心の中で、伝えるべきでないということはどれだけ追及しても、だんまり。嘘はばれても、言ってはいけないと貴方の中で決まっていることは絶対に言わないもの。でもね? 事は私たちだけのことじゃないの」

「…………」

「貴方を傷つけるような相手が居るということは即ち、私と付き合っている伊織君も、何かしらの被害に遭う可能性が高い、そういうことなのよ?」


 沈痛な面持ちで言う楓さん。

 一方、太刀川は無表情ではあるが、『そうだったらどれだけいいことか』という感情が浮かんでいるようにも見える。

 確かに、極秘裏に護衛対象の交際相手を襲撃して、思いっきり返り討ちに遭った挙句、素性も完璧に相手に知られてしまった現状を思えば、無理もない。


「ごめんね、伊織君。貴方にはずっと前から迷惑をかけっぱなしで」

「いいや、別にいいんだが。俺なら、自分の身ぐらい自分で守れるし」

「いいえ、例えそれが本当だったとしても、私たちの、七尾家のいざこざで貴方に不利益を与えることは出来ないわ。私の彼氏だったとしても……私の彼氏だからこそ、貴方が傷つくことは耐えられない」


 要するに、偽装関係を頼んでいる立場として、これ以上、貴方に迷惑はかけられないわ、という楓さんの言葉である。

 もっとも、その事情を知らないらしい太刀川は、視線を向けずに、こちらへ殺意を向けてきているのだが。

 こいつ、無表情の癖に感情的で分かりやすいぞ。


「だから、伊織君。こんな別れになるとは、思わなかったのだけど……」


 痛々しい笑みを浮かべる楓さん。

 対して、結果的に自分の企みが上手く行きそうで、そっと安堵している太刀川。

 はっはっは、そうはさせねぇよ。


「楓さん」

「本当にごめんなさい、伊織君。この詫びはいつか、ほとぼりが冷めたら――」

「ここで別れたとしても、その襲撃者とやらの攻撃が止むことにはならないのでは? むしろ、七尾家の目の届かないところに俺が行くのならば、これ幸いと『嫌がらせの一つ』として、俺を嬉々として排除しようと思うんじゃないか? まぁ、その襲撃者とやらが本当に居るのか? とか、どんな相手なのかはさっぱり分からないわけだが」

「…………それもそうね」


 俺の言葉で冷静になったのか、楓さんは凛々しい表情へ戻って思考を再開する。


「この子が言えない、あるいは、言わないということは、親戚、あるいは、身内からの嫌がらせ、もしくは試練の可能性が大きいわね。その場合、下手に引いた態度を取れば、返って調子づかせるかもしれない……」

「後、もう一度言っておくが、これでも俺はそれなりに強いんだぜ? そこら辺の腕自慢なんかには、負けない程度にはさ。だから、いざとなったら楓さんの盾になるぐらいは出来る」

「……伊織君。貴方って本当に、凄い人よね、まったく」

「何、彼氏としての最低条件は武力なんだろ?」

「ふふふ、そうだったわね」


 楓さんは俺に対して、呆れるよな、はにかむような笑みを向けてきた。

 一方、太刀川さんは無表情ながらも『馬鹿なァ!』と驚愕と共に、落ち込んでいるようなので、良い様である。

 …………ええい、恋した相手が色んな感情を見せているだけでときめくな、俺ェ! そんな場合じゃないだろ、もう!


「わかったわ、では、こうしましょう」


 ぱん、と楓さんは何かを思いついたらしく、勢いよく手を叩いた。


「――――美優に、伊織君。貴方たち二人とも、しばらくの間、一緒の家で暮らしなさい」

「「…………は?」」


 そして、俺たちの予想を遥かに上回る解決策を口にした。

 …………え? 一体、何がどうなってそうなったの?

感想、評価ありがとうございます!

今後とも頑張っていきます。

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