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第21話 デッドマンの初恋

「一目ぼれのメカニズムを知っているかい?」


 白衣の屑野郎は、心底愉快という顔つきで語り始める。


「さながらそれは、欠けたパズルのピースが嵌るような感覚に近しい。ぱちり、と己の足りない欠片を見つけて、それがぴったりとパズルに当てはまると直感してしまったからこそ、こういう現象は起きるんだ。そう、僕が思うに、これは直感に類する現象の一つだよ。無論、性癖やらの外見の好みもあるだろうが、今回の場合、君の性癖はあまり関係していないのだろう?」


 俺は頷いて先を促す。

 性的な好みとしては、俺は二十代から三十代ぐらいのグラマラスな妖しげな魅力を持った美女が理想的である。何故なら、ハードボイルドの隣に居るのはそういう美女と相場が決まっているからだ。だから、自然とそういう物が好ましくなったのだ。

 ただ、現実的な女性の好みからすれば、俺は楓さんのような分かりやすい美少女よりも、倉森のような、捻くれていても意志の強そうな女性が好きだった。少しぐらい目つきが悪かったり、荒んだ強さを感じさせる人の方が俺の好みなのである。

 しかし、今回の場合は違う。


「曰く、君の好みからは外れている女性が襲撃者だったと。ふんふん、日本人形っぽい感じの、大和撫子みたいな、清楚な感じの外見、ねぇ? ああ、ただ、苦しみで表情が歪んでいたから、正確なところは分からない、か。ああ、一目惚れとは違う意味合いとして、君が綺麗な女性を傷つけて興奮するという性癖が、隠されていたという説もあるけど?」


 俺は屑野郎の言葉に、首を横に振って応えた。

 正直、女性を組み伏せるような野性的な性衝動も、なくはない。そういう加虐的な性衝動が皆無というわけではない。だが、俺はあの時、思わず馬乗りになっている状態を解除してまで、あの襲撃者から離れてしまった。

 そう、体が本能的にそいつを傷つけるのを拒むかのような反射的な動きだった。

 今でも、あの時のことを思い出すと、体が強張って、胸が痛んでしまう。

 どうやら、俺はあの襲撃者のことを傷つけたくないらしい。


「そうかい、そうかい。じゃあ、重症だねぇ! まだ、君にそういう性癖がある方が、君にとっては救いようがあった! でも、そうじゃなかった。恐らくは、君はその類まれなる直感で、彼女の中に、己が求めていた要素を見出してしまったんだよ。状況的には、まるでそぐわないシーンでね? ただ、理屈としては合っているんだ。人間の顔というのは情報の塊だからね。顔を見れば、そいつがどんな奴か分かる、などと豪語する奴もいるぐらいだ。君の場合は、真にそういうことなのかもしれないけど!」


 段々とテンションが上がってきたのか、屑野郎は鼻息荒く、俺に近づいてくる。


「君は! 君の直感は! 前後の状況に惑わされず、一目見て、彼女の中の何かを見抜いたんだよ! それは即ち、感情や理性とも違う、もっと本能に近しい部分の機能だ。天野伊織として、必要な何かを、機械的と言っていいほど空気を読まずに、告げてくる直感。あはははは、直感に優れた覚醒者でも、己の感情やらその場の状況によって精度が左右されることが多いというのに、君は凄いなぁ! よくもまぁ! 自分に襲い掛かってきた相手に惚れられるもんだ! 感動した!」


 喧しい、鬱陶しい、普通に気持ち悪い、と三拍子揃っていたので、俺は無言で反撃を行う。一応俺の上役なので、デコピン程度だが。


「お、おごごご…………僕の聡明な頭脳が吹っ飛んだかと思った……君の性能は本当に日々向上するなぁ、もう。え? それで、どうすればいいかって? いやいや、だから違うって。精神攻撃じゃないって。精神攻撃の場合は、何かしらの干渉した跡が見られるし。そもそも、君レベルの覚醒者へ、一方的に強烈な一目惚れを与えるぐらいの精神干渉能力者なんて、協会が管理しているに決まっているじゃん。というかね? そんな能力があるぐらいだったら、最初から君をその能力で操ろうと思わない? 特定の人物と別れろ、っていうならさ、自分に恋心を抱かせて、好き勝手誘惑して動かせばいいだけの話だし」


 けれど、言っていることは道理が通っている。

 確かにあの時、リスクを冒して態々俺を襲うぐらいならば、そして、最初から精神干渉能力を持っているのならば、それを使って俺を魅了すればいいだけの話。仮に、何か使いたくない事情があって、窮地だからこそ仕方なく使ったのだとしても、違和感がある。

 いや、無自覚な覚醒者で、あの時、あの瞬間、危機に陥ったからこそ、奴が覚醒したのだと考えればいいのか?


「あー、いたたた、まだ衝撃で頭が揺れているような気がするよ。ん? 何を真剣に悩んでいるんだい? え? まだ、能力者の線を捨ててないの? や、確かにさぁ、可能性はあるけど、それを言い出したらなんだって能力者の所為、天狗の仕業だ! ってなるよ? 無論、警戒は必要だと思うけれど…………君の場合、『必要』だと思えば、相手が誰だろうとやるべきことが出来る人間だろう? 逆もまた、ね?」


 屑野郎から珍しくまともな忠告を受けて、俺は大きく息を吐いた。

 そうだな、そうかもしれない。結局のところ、今の俺は、自分の感情を認めたくなくて喚く子供なのかもしれない。

 そんなのは全然、ハードボイルドじゃない。


「だから、これは君の上役としてではなくて、人生の先輩としての言葉だけど――精々楽しみなよ、若人。初恋なんて人生で一度の限定イベント、楽しまないと損でしょ?」


 その言葉を受けて、俺は心の中で、屑野郎の評価を僅かに上昇補正した。

 こいつは外道で屑かもしれないが、こういうことも言える人間なのだと。


「そして、失恋した時は、是非とも今回みたいに報告してほしい。いやぁ、緊急連絡で呼び出されて驚いたけど、予想以上に面白いデータが取れそうで、研究者冥利に尽きるよ!」


 そして、即座に下降修正した。

 やはりこいつは、クソマッド野郎である。僅かなりとも心を許してはいけない。



●●●



 週明けの平日を、一日潰して得た結論が、『精神干渉』ではなく『一目惚れ』だった。

 この事実に俺は戸惑いと、理不尽に対する怒りを感じざるを得ない。

 一体、何なのだろうか? 何故、精神攻撃と勘違いするほどの一目惚れなんて現象が人間の体には存在するのか? しかも、よりにもよって襲撃者相手に恋をしてしまうなんて。

 理不尽だ、理不尽すぎる。

 恋する相手は選べない、なんて言葉を少女漫画で見たことがあるが、まさしくその気分だ。なんであんな奴に恋をしてしまったのか? と苛立ちを隠せない。というか、恋をするならもうちょっとまともなシチュエーションという物があるではないか。

 何故、よりによって、あんな状況で一目惚れ?

 ひょっとして、俺は馬鹿なのではないだろうか?


「いいじゃん、いいじゃん。そういうのもー、若い奴らの特権だよぉー。いやぁ、初々しくてお姉さんは、胸がキュンキュンしちゃうなー」


 病院からの帰宅後、検査結果を草本さんに伝えると、微笑ましい物を見るような目で、肯定的な答えを返されてしまった。

 ちなみに、叔父さんは大爆笑しすぎて、床で倒れている。

 え? そこまで?


「あまり良くありません。相手はこちらに害意を持った襲撃者です。しかも、中々の手練れ。恋心なんて精神的なデバフを受けた状態だと、次は不覚を取るかもしれない」

「んじゃあ、次は相手を倒す! とかそういうのじゃなくて、相手を押し倒して、俺の魅力をたっぷりと教え込んでやるぜ、ぐへへへへ! みたいなノリで戦ったら? 大丈夫! 相手が悪い部分が多い時は、問題が起きてもお姉さんが頑張ってもみ消しちゃうぞー」

「いえ、奴が痛みに歪む表情とか、苦しむ瞬間を想像するだけで、胸が痛くなってしまう始末なので、出来る限り穏便に交渉をし続けようと思います」

「うわぁ、思ったよりもかなり重症だねぇー。それに、ピュアピュアじゃーん」


 にひひひ、と笑う草本さんであるが、俺としては笑い事ではない。

 とりあえず、俺が精神的なデバフを受けてしまったことは事実として割り切っておくとして。楓さんにも一応、襲撃を受けたその日のうちに謎の襲撃犯について連絡しておいたし。

 ああ、そうだ、倉森にも伝えておかないと。

 楓さん関係となると、周囲からは友達として認識されている倉森相手にも、襲撃をしないとは限らないからな。

 それと、次の襲撃に備えて、何か対処の方法を考えて…………と、ううむ。


「はぁ、確かに重症だ。もう一度、奴と戦うことがあるかもしれないと思うだけで、憂鬱よりも先に、心が浮き立つような気分になるんだから」


 複雑な心境に思わず顔を顰めつつ、俺は次なる相対の時を思った。

 相手の正体は不明。

 こちらのコンディションは割と最悪。

 それでも、次に会うときは必ず捕縛して、『説得』してやる。

 俺は、己の恋心なんて曖昧な物よりもずっと、楓さんと倉森と結んだ契約の方が、大切なのだから。



●●●



 三日後。


「…………初めまして」

「は、初めまして?」


 俺は何故か、楓さん立ち合いの下、その襲撃者と会話する機会に恵まれてしまった。

 ええと、言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず一つだけ。

 後輩だったのか、お前。

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― 新着の感想 ―
[一言] 犯人速攻で特定されてて草 やっぱ家の関係者なんだろうかね...? 新たな百合なのか「お嬢様に近づく不埒者ッ」って感じなのか
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