第18話 極めて個人的な一日
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この度、レビューを初めて貰えました。とても嬉しいです。
ホイ、チャマ。
楓さんの家族との挨拶を済ませて、その後に生じた倉森との不和も見事に解消することが出来た俺だ。
なんというか、結果だけ聞けば二股をかけている最低男の所業に聞こえるのが不思議である。
おかしい、俺は二人の少女のために依頼を受けたハードボイルドな高校生を目指していたというのに。
いや、でも、あれだろうか? 高校生でハードボイルドは難しいのではないかと思う昨今。これで俺の容姿が年相応よりも少し老けていたり、体格が良ければ、渋い二枚目路線もいけたかもしれないが、俺の容姿なんてギャルゲーの背景モブみたいな物だ。これといって特徴のない優男なので、いくら俺が気取っても格好良くならないのが辛い。
なんでいくら筋トレしても体が太くならないのだろうね? とても不思議。
さて、そんなどうでもいいことは置いておいて、本日は俺の『極めて個人的な一日』をご紹介しよう。
七尾楓に、倉森鈴音。
現在、俺と契約関係にある二人であるが、当然、いつも一緒というわけではない。偽装工作のために、楓さんとは放課後や休日、どこかへと共に出かけるようにはなったけれども、たまには、俺が個人で動く一日も存在するわけで。
それが、天野伊織にとっての休日なのである。
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俺、天野伊織にとっての休日とは、依頼が入っていない週末を意味する。
平日は依頼が無くとも、学生としての責務を果たす。
依頼が入っているのであれば、仕事人としての責務を果たす。
そして、依頼が入っていない場合でも、平日の放課後は叔父の手伝いで呼び出されることが多いので、臨時のバイトとして割と働いているのだが、それはまた別のお話。
「…………ん、朝か」
俺は休日の朝でも、平日と変わらない時間に起きる。
生活リズムを乱したくないのもそうだが、我が家に住まう二人の家族たちは、たまに休日でも仕事がある場合が多いので、午前六時半には起床するようにしているのだ。
「昨日の残りは……あー、叔父さんか、草本さん、深夜に飲んだ時の肴にしたな、まったく。まぁ、流しに洗い物を置いておくようになっただけ成長したか」
手早く身支度を整えて、俺は台所に立つ。
この家の炊事は俺担当であり、洗濯等が草本さん担当。叔父さんは掃除の担当だ。叔父さんと草本さんは生活が不規則なので、日時で当番を分けるのではなく、役割で分割しなければ、どうしても予定がずれ込んでしまうことが多々あるのだ。
そのため、俺たち三人はそれぞれの領分には口を出さず、きっちりと為すべき仕事をこなしているのである。
…………まぁ、草本さんや叔父さんが長期で家を離れる時は。自然と俺が全てをやらなければならなくなるので、俺の家事スキルは上達してしまっているのだが。
「よし、朝食完成」
昨日の晩飯の余りが無くなっていたというトラブルにもめげず、俺はベーコンエッグと西洋風味噌汁、キャベツの浅漬けなどを用意して、それなりのメニューの朝食を完成させた。
後は、寝室で寝入っている二人を起こすだけなのだが。
「…………むぅーりぃー。ねぇーむぅーいぃいいいい……」
「ラップ、して、くれ。後で、食べ、る……ぐぅ」
案の定、大人二人は呼びに行っても起きやしない。
深夜に酒盛りをした時は大抵、二人とも朝は起きてこない。ただし、前述の通り、稀に酒盛りした翌日でも仕事がある場合があるので、その時に起こさないと拗ねるのだ、二人とも。ついでに、二人の分の朝食を用意しておかないと、後でさりげなく嫌味を言われたりする。
俺が理想とするハードボイルドとはかけ離れた大人二人であるが、それでも、俺の大切な家族だ。よほどのことが無い限りは見限らないでおいてやろう。それはそれとしても、食器を水で浸してなかったのは許さないが。何故、洗い物を流し台に置いたその後、たった数秒の行動が出来ないんだか、まったくもう。
「いただきます」
忘れずに、食事の前の言葉を呟いて、自分で作った朝食にありつく。
ベーコンエッグは贅沢に、ベーコンを厚切りにしてみたが、これは成功だった。塩コショウのシンプルな味付けと、たっぷりの肉汁が絡んで中々美味い。卵の黄身のまろやかな旨味と、肉の旨味、そこに思いっきり白米を掻き込んで食べる。その後に、トマトの酸味とバターと味噌の香りが混ざった西洋風味噌汁で口の中をリフレッシュ。キャベツの浅漬けは、ぱりぱりと気持ちの良い歯ごたえで、如何にも野菜を食べているという満足感を俺に与えてくれる。
「ごちそうさまでした」
食事を終えたら、手早く食器の洗浄。
洗い場に貯めておいても、誰かがやってくれるということは無いので、さっさとやる。
一人分の食器を洗うなんて、慣れていれば十分もかからない。
「さて、と」
後片付けを終えたら、外出の準備。
箪笥にしまい込んである私服を適当に見繕って、着替える。どうせ、元の存在がゴミ同然なのだ。清潔感に気を付けて、不快感が無く、奇抜な服装でなければどうでもいい。
「行ってきます」
誰に言うでもなく、儀式的な意味合いとして小さく呟き、俺は玄関を出ていく。
無論、寝坊助どものために扉の施錠も忘れずに。
さぁ、まずは面倒な用事をさっさと片付けよう。
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「人は何か欠けている分だけ、別の物が与えられる。そういう考えが、昔から存在するんだ」
俺の眼前には、白衣姿の青年が居る。
人の好い、爽やかな笑顔を浮かべ、如何にも『優しいお医者さん』みたいな顔をした奴だ。
「例えば、生まれながらにして五感の一つが欠損している人間は、他の感覚が鋭くなりやすい。常識や倫理観が欠けた人間は、芸術家として素晴らしいセンスを持つことがある。また、一般的な人間よりも遥かに計算能力に秀でた存在が、小さな段差一つも登れないという事例も存在している」
事実、俺が居る場所は個人病院の診察室だ。
鈴木内科という、何処にでもありそうな個人病院の名前。腕の良い先生が居るおかげか、平日は結構混むことが多い。特に冬場などは近くの老人たちで待合室は大抵埋まっていることが多い。
だが、俺は別に内科的な疾患を抱えているわけではない。
加えて――――鈴木内科は本来、今日は休診である。事実、俺以外の患者の姿を見ることは無い。さらに言えば、看護師や医者の姿も見えない。
「つまり、自分自身すら失った君が、『覚醒』したのは、ある意味、当然のことだと思わないかい? 君は、大きすぎる物を失ったが故に、生まれ変わり、覚醒した。全世界でも類を見ないタイプの、後天的覚醒例だ。この僕が、こんな田舎に来てしまうほどには、ね?」
「…………無駄話は嫌いなのですが?」
「えぇ? 草本の奴とはよく会話してくれるって話じゃあないか? もっと僕とも楽しいお話をしようよ!」
「…………例えば?」
「人間って慣れる動物でね? 少量の毒ならば、少しずつ接種していけば耐性を獲得するんだ。だから、こつこつ毒を摂取していけば、君の性能ならやがて致死量の毒物にも――」
「死ね」
「ふふふ、冗談だよ! 君みたいな貴重な被験体に、そんな低レベルの実験をするわけがないだろう? やるとすれば、もっと世界が覆るような凄い奴をやるよ!」
「その時は、真っ先にお前を殺してやるよ」
そして、当然ながら、爽やかな笑みを浮かべながら人体実験を妄想するこの男は、医者ではない。一応、医師免許は持っているらしいのだが、それでも、こいつは人を救った数よりも遥かに人を殺した数の方が多いクソ野郎なので、決して心を許すべきではない外道なのである。
これで無能であれば、協会から即座に抹消されていただろうに、世界有数の頭脳とゴミ屑倫理観を併せ持ったマッドサイエンティストなのだから質が悪い。
「素晴らしい! 君のような覚醒者に殺されるのならば、研究者冥利に尽きるね!」
「本当に最後の瞬間まで笑ってそうだから質が悪い」
「ん? 素晴らしい存在の糧になれるのだから、喜んで当然だろう? 僕の目標としては、君を新しい人類の祖にすることだから、本当に殺すつもりなら、もうちょっと待って欲しいんだけど?」
「協会の人に、いつも通りに苦情を入れておくから、さっさと僻地に飛ばされろ」
「残念。この田舎町が既に僻地だよ?」
「くそがよ」
倫理観ゴミ屑野郎が、俺に対してにこやかな微笑みを向ける。
恐らく、こいつは次の瞬間、俺に頭部を殴り砕かれても、抵抗することなくそれを受け入れるだろう。そういう屑だ、こいつは。
「まぁまぁ、そう邪険にせずに。君を保護して、一般人としての生活を送らせるという実験。それを実現させているのは、上層部への、僕の口添えがあってこそなんだよ?」
「事実だからなおさらむかつく」
「あっはっは、君は素直で分かりやすいなぁ!」
隣人に対する親愛と、実験動物に対する興味を同時に向けながら、人畜無害の顔で嗤う屑野郎。
明確に死ぬべき人間が、眼前で生きているのは非常に精神に悪いのだが、こいつの言っていることも事実。加えて、俺が何を言ってもこいつは平然と受け入れるだろうから、相手にするだけ損だ。さっさと定例の検査を終わらせて帰ろう。
「もういい。さっさと検査を始めろ」
「あいあい。あ、そうそう、今日は血液検査の他にも身体能力検査があるから、計測器具をぶち壊すつもりで頑張ってくれると嬉しいな」
「生憎、俺は無機物にも優しい男を目指しているのでね」
「ありゃりゃ、それは残念」
けらけらと、愉快に笑う屑野郎の姿を見て、俺は露骨に大きくため息を吐いた。
将来、ハードボイルドな男を目指すのであれば、まず、こいつとの縁を早々に切る方法を探さなければならないだろう。
何故ならば、こいつの庇護下にある限り、俺はどこまで行っても『とても珍しい被験体』に過ぎないのだから。