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第11話 改めて、惚気話

「私たち三人は、もっとお互いのことをよく知るべきだと思うの」


 いつも通りの拠点、喫茶【骨休み】にて。

 俺が、薄暗くなっていく店外を窓からぼんやりと眺めていると、ふと、楓さんが真面目ぶった顔つきで宣言したのだった。


「何が?」


 まず、俺よりも先に倉森さんが楓さんの発言を拾う。

 倉森さんは、飽和限界まで砂糖をぶち込んだコーヒーをじゃりじゃりと舐め飲みつつ、怪訝そうな視線を楓さんへと向けた。


「まさか、今更になってお行儀よく、自己紹介でもするのか? 面接みたいに、かしこまった口調で自己PRでも言えばいいのか? ああ?」


 ここ最近、機嫌が悪いので楓さんに対しては遠慮なく苛立ちをぶつけていく倉森さんである。

 しかし、そこは俺が知らない絆を育んだ恋人同士だ。楓さんは倉森さんのぼさぼさの頭を撫でつつ、「そうねぇ」と柔らかに微笑んでから言葉を続けた。


「私たちはまず、重大な秘密を共有しているじゃない?」

「お前が唐突に発情した所為でな?」

「本来であれば、もっと親密な仲じゃないと教えたくない秘密なわけじゃない?」

「私は基本的に、誰にも言いたくない」

「だから、私たちの事情を伊織君に説明して、その分だけ、伊織君も私たちに色々と教えてくれればいいと思うの。だってほら、なんだかんだ言って、私たちと伊織君、今まで全然話したこと無かったから、結構謎の人物なのだし」

「………………それは、まぁ」


 おっと、拗ねていた倉森さんがいつの間にか、楓さんの言葉に頷いている。

 どうやら、このどこにでも居るような平凡な男子高校生代表こと、この俺に対して、何かしらの疑問をずっと持っていたらしい。

 うむ、確かに俺はこの二人にとって馬の骨扱いされても仕方ない部外者であり、契約で縛られているとは言え、元は友達でもなんでもない関係だ。これから二か月間、ビジネスライクにやっていくとしても、ある程度、互いの素性について知っていた方が良いかもしれない。


「俺は別に構わない。仕事を円滑にこなすためには、ある程度の交流は推奨されているからな」

「ふふ、じゃあ決まりね!」


 ぱん、と両手を軽く合わせて楓さんは微笑みを、ふにゃり、と緩ませる。その瞬間、倉森さんは不機嫌そうに唇をへの字に結んだ。

 流石に、倉森さんほど楓さんの機微に聡くはないのだが、これは俺にでもわかる。毎度の如く、楓さんの感情が理性を凌駕し始めている前兆だ。


「それじゃあ、私と鈴音の出会いから、交際までについてどんな経緯があったのか。簡単に説明してあげるわね?」


 結論から言おう。

 楓さんがその話を終えるまで、おおよそ三時間ほどかかった。


「私と鈴音が最初に出会ったのは、何処だと思う? ふふふ、残念、違うわ。中学校の頃、街の図書館で出会ったの。あの頃の鈴音はね? 今よりももっと髪が短くて、男子っぽかったんだけど、体のラインは女の子っぽくって。知ってる? 鈴音は胸とかあまり大きく無いのだけれど、体のラインが綺麗なの。足からふともも、背中までのラインがとても綺麗で……ああ、そんなに顔を赤くして怒らなくてもいいのよ、鈴音。はいはい、可愛い、可愛い。続きね? 続きを話して欲しいのね? もう、欲しがり屋さんなんだから。夕日がカーテンの隙間から差し込む、日常の中の幻想風景の中で、私たちは……あ、そういえば、伊織君に私たちのキスが見られたのも夕方だったわね? 私たち、夕方に何か縁があるのかしら? あの時、傍から見ていた伊織君から、私たちはどう見えたのかしら? え? 話を戻せ? ふふふ、そんなに焦らなくても時間はたっぷりあるわ」


 普通に惚気話を語ってくれるのならばまだしも、感情的になった楓さんはもう、話の軸がぶれるわ、脱線するわ、よくわからない豆知識を入れるわ、いつの間にか、こちらに感想を言うことを強いてくるわで、とでも大変だった。

 どれだけ大変かと言えば、早々に当事者である倉森さんが恥ずかしさのあまり顔を隠すように俯いて脱落。

 俺に至っては、後半からは硬派なハードボイルドロールがあまりにもはかどらないので、半分ほど脊髄反射で会話していたレベルである。


「それでね、その時思ったの。鈴音のこういうところも可愛いんだな、って」

「なるほどー」

「あ、ちゃんと聞いている?」

「聞いているよー」

「嘘。なんか、美味しいご飯を食べている時みたいに、ふわふわし始めたもの。なんか受け答えが適当になっているもの」

「素直じゃない倉森さんを、素直な楓さんが口説き落とした話のことだろう?」

「疑ってごめんなさい。そう、そのお話なの!」

「当事者じゃないけど、同意できることが幾つかあると思うぜ」

「でしょう?」


 適当に返事をしていると、時折、楓さんが質の悪い酔っ払いみたいに絡んでくるので、その時だけ、話の筋を理解しているということをアピールすればいい。

 というか、大体の話は俺が言った通り、『素直になれない倉森さんを、ちょっと強情な楓さんが口説き落とすまでの話』なのだが、そこに脱線やら、いろんな感情表現が入るから話が長くなるのだ。話の本筋だけならば、排他的な少女である倉森鈴音という少女と関わって、己の根幹を揺さぶられて、好奇心と恋愛感情をごちゃまぜにした感情を持て余す、美少女の七尾楓という、それなりに心が動かされる物があったというのに。


「わかる? 鈴音の可愛らしさ! この、ここの角度、ここの角度から見る鈴音の横顔が可愛いの。わかる? この軽蔑と羞恥と、ほんのひと匙の愛情が籠った目線の気持ちよさ!」

「…………ふんっ!」

「みぎゃん!?」


 しかも、話の終わりは、恥ずかしさが限界に達した倉森さんのボディーブローによる、強制シャットアウトなのだから、本当に感情的になった楓さんは駄目だと思う。


「楓。もう外が暗くなってる。お店の人にも迷惑かかるし、帰るよ」

「ふふふ、分かったわ。もう、照れ屋さんなんだから、鈴音は」

「後半からは恥ずかしさよりも怒りが上回った」

「そういうところも可愛らしいと思うわ、鈴音。あ、伊織君への質問は、また次の機会にしましょう? これだけ話したのだから、たくさん質問しても大丈夫よね?」

「えぇ……」


 何だろうか? この釈然としない気持ちは。

 物凄くたくさん、使いもしないポケットティッシュを受け取らされて、その値段分、食事を御馳走しないといけないような虚脱感を覚えてしまう。


「…………天野」

「ん、どうした? 倉森さん」


 などと軽く打ちひしがれていると、いつの間にか倉森さんがこちらに視線を向けている。いつもの殺意の籠った物ではなくて、こちらを対等に見て、挑みかかるような視線だ。


「今日、暗くなったから送っていって。お前、なんか弱そうだけど、男だろ?」

「みょん!?」

「ああ、そうだな。これでも男だから、女子からエスコトートを頼まれれば、断れないな」

「みぎゃん!?」


 何を考えているのか分からないが、ここで引いては男が廃る。

 俺たちの間で、楓さんが情けない表情を晒しているのだが、それは無視。ちょっと今日は調子に乗りすぎている感じがするので、俺と倉森さんが示し合わせることも無く、楓さんへそっけなく対応して次回までの反省を促す。


「うぅ…………私が、私が鈴音を送り狼するまで、一体、どれだけの時間を……」


 送り狼はしねぇよ。

 もっとも、逆はあるかもしれないけどな。俺の命の危険的な意味で。



●●●



「なんだ。天野の家、意外と私の家と近いじゃん」

「確認すると、そのようだな。隣同士の地区だが、意外と距離は近いらしい」

「嫌がらせにならなくて残念」

「おっと、楓さんが消えて、そういうのを隠さなくなって来たな?」

「…………まぁ、そのためにわざと誘ったし。天野も、分かっていて、乗ったんでしょう?」

「ああ、いい加減、背後から殺気を受け続ける日々にピリオドを打ちたくてな」


 薄暗い田舎町の路地を、女子と二人で歩く。

 街灯を頼りに、喧しく鳴く、虫と蛙の合唱を聞きながら。

 女子――倉森さんとの距離は、遠くも無く、近くも無い。人ひとりがすり抜けられる程度の間をあけて、俺たちは隣り合うようにして歩いている。

 これが、互いに好意を持つ男女ならば実に絵になる青春風景なのだろうが、生憎、俺と倉森さんの間に流れる空気はソーダのように甘い物ではない。

 もっと強炭酸で、舌が痺れるようなスパイスをぶち込まれた、戦いの前の空気だ。


「天野」

「なんだ?」


 人気が少ない路地の、さらに周囲の死角となるような場所。

 そこへ差し掛かった時、倉森さんはこちらに寄りかかるようにして倒れ込み、俺はそれを反射的に支える。

 ――――倉森さんの手の中に、銀色に輝く刃が握られているのを確認しながら。


「ねぇ、答えてよ」


 俺に支えられた倉森さんは、そのまま俺の腕の中に潜り込むように密着して、その切っ先を俺の脇腹へと突きつける。


「お前は、一体、何者なんだ?」


 倉森さんの問いかけに対して、俺は「やれやれ」とお決まりの台詞を吐いて笑みを作った。

 やはり、『どこにでも居るような男子高校生』というのは、無理がある設定だったらしい。

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