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プロローグ 女難の相が出ていたらしい

新作始めました。

学園ラブコメに隠し味を混ぜた何かです。

 忘れ物を取りに教室に戻ると、二人の『女子』が寄り添うように唇を重ねていた。

 片方は椅子にお行儀良く座ったまま。

 もう片方が、そんな彼女へもたれかかるようにして、腰を屈めている。

 放課後の教室。

 クリーム色のカーテンの隙間から零れる夕日が、彼女たちから少し離れた場所を照らしていて。光から隠れるようにして、二人で唇を重ねている様子は、さながら一枚の絵のようだった。

 …………いや、それは良いのだが、この状況、どうしたらいい物か。今からそっと戻って教室の扉を閉めても、開けた時点で、二人の女子がびくりと肩を震わせて固まってしまったのだから、もはや見ていなかったことには出来ないだろう。しかし、口を開いて何かを言えば、確実に面倒なことになるのは必須。

 ああ、そういえば、昨日の下校中に、辻占いの婆さんに『ひっひっひ、お主、女難の相が出とるぞぉ。今なら、この女難よけミサンガが何と、千円から――』などと胡散臭いセールスをされたが、今から思えば、千円でこの困難を避けられたのならば、喜んで金を出すべきだった。

 だが、後悔先に立たず、今更嘆いてもどうしようもない。


「…………」


 どうしようもないので、俺はそのまま何事も無かったかのように、自分の席まで歩いていき、忘れていたノートを取り出して、何食わぬ顔で教室から出ようとする。

 そうとも、このまま出て行けば、先ほどの出来事は幻覚だったとして、さっさと忘れることが出来るはずだ。


「ちょっと待ってくれるかしら?」


 けれど、現実は非常である。

 そうは問屋が卸さないとばかりに、背後から冷たく聞き覚えのある声が。


「貴方、確か――――」


 俺はその声を振り切るように、急加速して、一気に駆け出した。

 まともに会話を重ねれば、確実に面倒なことになってしまう。それも、特級の面倒ごとだ。日々の学業とバイトを慎ましくこなし、健気に毎日を生きているこの俺にとって、その厄介ごとに進んで首を突っ込むほどの好奇心は存在しない。

 俺は、『廊下は走らない』などという校則を嘲笑うかのように全力で駆け抜け、一息で階段を飛ぶように下って、教室から一分も経たずに玄関口まで。


「面倒ごとは嫌いなんだ…………それが、天才美少女様の厄介ごとなら、尚更な」


 ため息交じりに呟いて、追手が来ないうちにさっさと下校する。

 さぁ、面倒なことは忘れて、今日もバイトに勤しむとしよう。

 美味しい飯を食べるために、腹を空かせに行こう。



●●●



「天野君。話したいことがあるから、放課後、理科準備室で待っているわ」


 翌日。

 当然の如く、逃げ切れるわけが無かった。何せ、同じ学校、同じ学年の生徒同士だ。もしかして、放っておいてくれるかとも考えたのだが、どうやら俺を放置するリスクを存外に警戒しているらしい。

 加えて、態々、二限と三限の間の貴重な休み時間に、しかも、隣のクラスからやって来てのお誘いである。例の天才美少女様からのお誘いなので、学年カースト的に、中々断れる雰囲気ではないのが厄介だ。


「え? 天野君って、あの七尾さんとどういう関係なの!?」

「なんで呼び出されたの!?」

「何をやらかした!?」

「あ、ひょっとしてまた『依頼』の件だったりして!」


 退屈な休憩時間に起きた、美少女の来訪に色めき立つ周囲のクラスメイト達。

 だが、それも無理はない反応だろう。

 何せ、あの天才美少女様――――七尾ななお かえでという少女は、それだけこの学校に於いて特別な存在なのだ。

 まず、容姿が病的に美しい。腰まで伸びた長い銀髪は、曇りが一点も見られず、透き通った美しさを毎日保っている。宝石を連想させる碧眼が埋め込まれた顔立ちは、西洋人形か、はたまた天使の具現化か。神が起こした奇跡の産物化と思うほどに容姿が整えられていて。なおかつ、すらりと伸びた手足と女性の仲でも高身長の体型からは、力強い生命の躍動を感じる。実際、彼女はバスケ部に所属しており、彼女一人だけだったのならば、全国レベルの技量を持っているんじゃないかと噂されるエースなのだ。

 それでいて、頭脳明晰。

 入学してから一年とちょっと経っている現在、彼女があらゆる教科のテストで九十五点以下を取った姿を見たことが無い。大体百点満点か、ケアレスミスで満点を逃しているぐらいだ。

 更に付け加えるのであれば、芸術の才能とやらもあるらしく。

 彼女が幼少から続けている油絵の趣味で、県内で開催されている結構大きなコンクールで金賞を取ったという噂もあるほど。

 神に愛され過ぎているというか、新人類なのではないかという疑いがかかるレベルの超人こそが、七尾楓という人物なのである。

 ぶっちゃけ、スペックが凄すぎて逆に、周囲から遠巻きに崇められ、浮いている感じすらある。そんな彼女から、何故か、同じ学年という共通点しかない俺が呼び出しを受けた。

 すると当然、刺激に飢えている我がクラスメイト達は騒ぐわけだ。


「果たし合い!?」

「過去の因縁!?」

「すげぇ、さっきみたいなシーン、ラノベにあったぜ!」

「この後、天野君が異能者に覚醒して血みどろの戦いが始まるんですね、分かります」


 勝手に、人を異能バトルの主人公みたいな扱いにするんじゃねぇよ。

 俺は「まぁまぁ」と周囲を落ち着かせつつ、キリっと気持ち凛々しい表情を作って、クラスメイト達の好奇心に応えてやった。


「この流れは愛の告白に決まっているだろ? ラブコメ漫画で予習済みだ」

『いや、ねぇよ!!』

「あるぇー?」


 お道化て、惚けて、周囲の奴らに背中を叩かれて、騒ぎは終了。

 各自、順当に各々の想像の範疇に好奇心を沈めて、次の授業の準備を始めるだろう。


「…………天野」

「ん?」


 俺も同じく、授業の準備を始めようというところで、後ろの席の女子から、小さく折りたたまれた紙片を渡される。

 俺は手早く紙片の中身を確認すると、そのまま制服のポケットに突っ込み、紙片を渡して来た女子に、「オッケー」と軽く答えを返す。


「…………絶対に来いよ」

「はいはい」


 殺意の籠った視線を背後の女子から受けるが、別に逃げようなんて思っていない。


『場所変更。放課後。午後五時。駅前の喫茶店【骨休み】で。来なかったら、酷いぞ』


 流石に、常に背後を晒している相手からのこんな脅しを、無視できるほど俺は神経が図太くないからな。



●●●



 かくして、駅前の喫茶店に役者は揃った。

 一人はこの俺。天才美少女様と比べれば、存在感がゴミカスである男子高校生の俺だ。


「天野君、来てくれたのね。ありがとう、嬉しいわ」


 そして、喫茶店のテーブルを挟んだ対面の席に座っているのが、天才美少女様である、七尾楓。ぞっとするほど綺麗な笑みを浮かべているが、その内心が穏やかでないことは薄々察している。


「…………こんなことになるなんて」


 更に、加えて一人。

 七尾さんの隣の席に座っている、当事者の少女一人。

 小柄な背丈に、ざっくばらんに切りそろえられた黒髪のショートヘア。黒縁メガネでも隠し切れない目つきの悪さを、俺に対して遺憾なく発揮しているクラスメイト。

 彼女の名前は、倉森くらもり 鈴音すずね

 教室では、俺の後ろの席で、常に不機嫌そうな顔でブックカバーをかけた文庫本とにらめっこしている少女である。

 二人が並べば、月とスッポンなどと称するのはあまりにも失礼であるが、それでも、お嬢様と野良猫という風情なのは本人たちも否定できないだろう。

 …………正直、この二人が何かしらの繋がりを持っているということに違和感を覚えざるを得ない。そう、考えていただろうな、昨日よりも前の俺ならば。

 だが、今の俺は違う。

 既に知ってしまっていたのだ。


「さぁ、交渉を始めましょう? 天野君。貴方の口が、どれだけの重みで閉じてくれるのか、教えてくれる?」


 夕暮れの教室で、二人が寄り添うように唇を重ねていたことを。

 ちなみに、行儀よく座っていた方が倉森さんであり、寄りかかっていた方が七尾さんである。意外と肉食系らしい。

初回なので、この後、1時にも更新あります。

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弱み握られてんのに凄いな
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