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第7話「剣を振るう賢人、道に至り、参る」

クワが大地を斬り裂く。ざっくざっくざっく。人力と変わらない動きだけど、ロボットやドォレムがやれば何十倍も効率的なのだ。ざっくざっくざっく。剣ではなくクワを振って振りまくっている。今日は畑を耕す仕事だ。農作業だけど、大地を斬るのだと考えることにした。そのほうがずっと楽しい。アメジ先生も隣でドォレムで働いている。子供も貴重な労働力なのだ。


「賢人が言葉ではなく剣を振るうのかぁ」

「森の賢人も戦いますよ」

「ゴリラは賢いなぁ」


ゴリラ、とぼくが話したところでアメジ先生には通じなかった。異世界にゴリラはいないのだ。ゴリラのようなものであって、ゴリラじゃないんだ。森の賢人かぁ。賢人というよりも、剣人だなぁ。あれは化け物だ。正真正銘の怪物が剣にのっている。それがあの剣人だろう。斬るものとして、超えたい存在ができたのは素直に喜ばしい。同じ斬るがあった。いや、同じだなどとはいえない。剣人は、道にいたっていた。ただの、直感だけどね。


ゴリラの記憶て、腕を灰皿にされるとか、紛争で苦しむ人間よりもゴリラ絶滅のほうが世界的に大切なことだった程度の記憶だ。あとは映画で、戦闘用遺伝子改造ゴリラとか、手話ができるとか、近代兵器よりも強くて巨大なゴリラがいることくらいか。


農作業の片手間に頭の中にはゴリラ剣士が斬り込んできていた。彼は強烈な印象だ。ぼくにはない、本物の剣士を感じた。初めて会った気がする。ゴリラだからとか関係ない。憧れる剣士の気配があの剣士にはあった。もう一度会えば斬られる。斬られるというのに、ぼくはまた会いたがっていた。せめて失望はされたくない。


より速く斬る。速いとは流れだ。ゆっくり、スムーズ。ゆっくりは速い。最短を最速に突き詰めればそれは速いんだ。流れを意識して、クワを振り下ろした。クワの刃は土に抵抗なく滑り込み掘り起こす。


でも不思議なことに、斬りたいとは考えていても、強くなりたいとは考えていないねぇ。不思議な話だよ。斬りたいなら強くあるべきだ。強くあるということを、絶えず自分自身を痛めつけつつ、成長させるということだと思うんだけど、全然、まったく、これっぽっちも、ぼくがぼくを傷つけたいとは思えない。斬られたいのかな?それこそまさかだねぇ。


ぼくは考えて、考えたけど答えなんてなくて、今日の農作業を終えていた。時期に夜がくるんだ。夜は暗いから働けない。見えないからだ。それはとても危ない。見えないと斬れないしね。恐ろしい時間だよ。夕方の斜陽で森から影が伸びてくる。とても長い影だ。それはぼくの足元にまで伸びていた。ちょっと、森に捕まっているみたいだ。森は境界。森の賢人で剣人は森の中にいる。住む世界が違う。だが出会った。偶然ではない。望まれた出会いだ。望んだのは森の剣人で間違いない。斬るつもりならば斬られてたはず。……斬るとは真逆のことをしようとしているわけなのかなぁ。


「正一さま?」


同じ農作業仲間の村人に急かされて、帰りを急いだ。斬る。だけどそれは、わざわざ斬る相手の土俵に乗り込んでまで確かめる必要があるわけではない。斬る、が斬る将来の可能性の斬るのが重いのは当然だよね。村人さんに聞いてみた。


「森の先には何があるんだろ。ここからじゃ何も見えないよね」

「はぁ。森はおっかない場所です。獣も竜も、ずっとどこからか狙っていて、狩人たちも毎年のように傷を失う危険な場所です」

「でも道があるよ」

「正一さま。道があるからと安全なわけではありません。道とは進み易いものではありますが、襲いくるものを防いでくれる壁とは違うのですから」

「そうだね。道は、進んできた跡でしかない」


道とは進んだ跡であるだけだ。ならば、あの森の剣人の道は。


「先に村へ行って援軍を呼んできて」


森からの一撃をクワで叩き落とす。クワが斬ったのは、乱雑に千切られた木だ。石に続いて木か。森の剣人の合図なのだと勘そた。クワを捨て、長剣を引き抜く。森の影から現れたのは、すでに抜剣を終えた森の剣人だ。油断はなかった、おごりもなかった、ただ警戒し備えていたのに、森の剣人は目の前にいた。


「ーー!」


瞬きの瞬間を悟られたのか?死角を使ったのか。とにかく、森の剣人は一切の予備動作もなく、足先の力だけで間合いを潰した。間に合うか?ロボットが剣を振るよりも、森の剣人の剣を振らせないことを選んだ。森の剣人の構えは下向き、剣先が地を向いている。ぼくはその剣先をあげさせないように剣を滑り込ませ、ロボットの体で森の剣人を正面から受け止めようとした。だが、吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


響く呻き声はぼくばかり。森の剣人は口を開けて息もしていない。ずっと閉じたままに見える。鼻呼吸ができる類人猿は、人間だけだと思ってたんだけどね。背中から転かされ、そのままの勢いで一回転しつつ間合いを取り直して立ち上がった。森の剣人からの追撃はない。試されているんだ。


怖いな。絶対強者だ。だが、背中を見せて逃げれば斬られる。斬られないためには、失望させないことだ。失望させないとは、戦いを続けるということで、斬るだ。


腰が引けていてはかえって斬られる。臆したものを斬るのは簡単だ。臆した演技はしても、決して心の底から臆してはいけない。ぼくは、ぼく自身の不安に喝をいれた。今、不安に飲み込まれたら斬られる。ぼくは斬らなければいけないんだ。斬るんだ。剣を構え直せ。よく見ろ。次は見逃すな。動きがないのに動けるなんてことはありえない。


森の剣人の足先に、僅かに力がこもるのを見た。次の瞬間には、先程と同じで森の剣人は目の前だ。だが、見たぞ。森の剣人はフェイントなしの直線移動、ならばそれをそのまま突きで返す。確実に胸を斬る突きだった。だが、森の剣人はあっさりと体を沈め、剣先に肩を乗せてきた。突きだ、力は正面を向いていて、またしてもあっさりと、今度は剣を跳ねあげさせられた。


「剣にこだわるか!」


ロボットの踏み潰すような直線の蹴りで、森の剣人の膝を狙う。当たれば、足裏が膝を破壊するだろう一撃だが、逆に森の剣人の膝蹴りを胴体に食らった。マジか、衝撃で揺さぶられる中で痛みよりも驚きのほうが大きい。またしても仰向けに転かされた。


「……」


剣をロボットに合わせて乗せる。胴体の弱点は剣で隠した。無防備な姿勢だ。森の剣人が近づく。殺しにかかってきた。逆手で剣をもち、そのまま胴体へと剣先を落とす。だがぼくだって、生きることを諦めたわけじゃない。剣というものは、けっこう滑る。森の剣人の剣は、僅かにしかし意図的にロボットの剣の刃の上を滑らされ、地に深々食い込んだ。


「うおりゃ!」


ロボットの上半身を跳ね起こし、森の剣人の近い頭に頭突きを叩き込む。体毛のせいで骨が砕けたとか、血が流れたとかはわからない。だが、森の剣人は僅かばかりでも目を封した。三歩後ろへ下がった森の剣人の首を狙って、剣先を突く。


予想外だよ。森の剣人の平手、でいいのか?横合いから張られたそれは、ロボットの剣をへし折った。折られた刃が宙を浮く時間、何があったのかは信じられなかったが、だからどうした。折れとも剣だ。折れた刃で、短くなった剣でさらに斬ろうとしたときには、森の剣人はすでに長剣を構え直していた。折れた剣、不完全な環境で万全に斬り結べるはずがない。その筈で、森の剣人の勝利が実質決まったが、森の剣人は満足したのか、そのまま森の中へと帰っていった。生き残りに、また合格したらしいとわかったのは、村の人たちの援軍が来てくれたときだった。


斬るとは何か。剣を振るうとは何か。斬るとは剣を振るうことなのか。ぼくは思考を続けていた。


「正一さま。シュルルさまがお待ちです」


シュルル、ヒトツメイドさんの一人だが、お屋敷から村まで来るのは珍しい。一応、定期視察はあるが、それを減らすためにもぼくが村に常駐している。まだまだ信頼を詰めていないか。なぁにこれから、これから。


「森の賢人と戦ったとか」

「うん、化け物だね」


シュルルさんの一つ目が、ジッとぼくを見据えていた。綺麗な瞳だ。曇りを振り払い、迷いなく歩く決意を透かしているようだ。そのあり方は、どことなく剣であり、斬るに通じている、そんな気がするからこそ尊敬する一人だ。


「あれは、スカーバックと呼ぶ個体です。森の賢人の中での逸れです」

「賢人といえども村八分があるわけだ」

「森の賢人は賢いですね。正しい決断だと思います」

「狂っているからか」


森の剣人、スカーバックはやはり常軌を逸しているんだ。賢さよりも熾烈さの印象が強い。そしてその通り、スカーバックの斬るは恐ろしさを纏っている。正確で、速く、破壊的。至った存在なのだから不思議はない。


「道に至っているんだろう」

「果てに行き着いています」


スカーバックを追放するのは、危険だからか。剣への執着、そして疲れた目、物定めのために命も賭ける。森の賢人には、スカーバックを許容できるものではなかった。ただそれだけだ。地球の日本でも同じだった。斬るを追求することは、大罪なのだ。斬ると殺しは違う。しかしその中身は表裏一体。斬るの果てには絶えず死の影が伸びる。死とは殺しであり、奪うということ。森の賢人はやはり、賢いのだろう。そしてスカーバックは疲れ果てたのか。


「帝国としての指令書をお持ちしました」


シュルルが巻物をだす。文字は覚えたので読める。中身はスカーバックを斬れというもの。無茶をいってくれる。子供にティラノサウルスを殴る倒せと命令するのち同じ意味だ。


「逸れの森の賢人スカーバックは帝国の脅威と判断されました。騎士団を使っての討伐が予定されています」

「騎士団が戦うよりも前に、斬れと」

「スカーバックはすでに、騎士級ドォレムを幾つも葬っています。いずれも上級騎士の実力者を従者諸共です。貴重なドォレムを失う事態はできるだけ避けたいところです」

「ぼく個人の理由は?」

「確率の問題です。スカーバックが好む気質を、正一さまはもっている。それはスカーバックを本気にさせず、スカーバックを斬らせるものです」


確かに、ぼくはスカーバックに教育されている。殺しにはかかられていない。斬られているだけだ。この違いはあまりにも大きい。騎士団というくらいだから、ロボットと同じ騎士級ドォレムか。スカーバックに斬られたということは、スカーバックにとって何かが違ったのだろう。騎士団の騎士級ドォレムと、ぼくにあるものの違い。だから、シュルルさんの持ってきた指令書を受理させてもらった。殺せ、ではなく、斬れ、と書かれていたのが気に入ったから、偶然かもだけど、ぼくを見ている人には、その期待に応えたいというとてもあたりまえの感情があるんだ。


「ありがとうございます」


頭を下げるシュルルさんにかける言葉を持ってはいない。スカーバックを斬らなければならなくなった。理想を超えるには少々早すぎるけど、乗り越えられることを祈ろう。斬る。それしかないのだから。

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