第6話「己の道を記し書きあげて」
ぽけー、とした日々。斬らない日常はそんなもの。男・佐藤正一は斬らなければ休暇だ。最近は貴族お抱えの日雇い異世界労働だが、働きは命がけ、それ以外の日々はのんびりとしたものだねぇ。要塞村に入り浸り。盗賊対策の常駐だけど斬るはあんまりない。斬るよりあくびの多い、のんびりした時間だねぇ。
「正一さま!」
「いてっ」
頭に当たった干し魚をキャッチ。角っ子のアメジちゃんがアーモンド型の目を釣りあげている。アメジちゃんは一応教育係だ、ぼくの。見た目小学生でも大先生さまである。
「アルカ族とムカ族の問題は!?」
「帝国の分断統治のせいで、お互いを敵視した民族紛争。アルカ族は農耕民族で、ムカ族は半遊牧民族。ムカ族の聖地奪還の侵入が摩擦です」
「いよーしっ、賢い!」
アルカ族はアメジちゃんと同じ角っ子部族。ムカ族は角のない盗賊で覚えた。ムカ族の盗賊は斬った。ぼくは別に斬るしかないわけではないから、斬らない日は勉学に励む。異世界の勉学は楽しい。わくわくだ。例えば、帝国は世界の半分以上を支配しているし、北方の陸橋から先には巨大な虫たちが跋扈する地獄らしい。たまに虫が南下してきて、帝国発令の大防衛戦があるとかないとか。竜が闊歩して虫が跋扈する。わくわくだねぇ。とはいえ不満がないわけではない。等身大のぼくにあった刀剣がないのだ。でもまぁ、これはこれで、ロボットくんがいれば問題はないかな。
「正一さま?」
ぼくの先生は少々口うるさいけど尊敬できる角っ子だ。色々知っている。物知りは尊敬できる。斬るとは知ることだ。斬るためには学ばなければいけない。人生学びに終わりはないのだ。
「んー、アメジちゃん先生に質問だよ」
「なんでしょうか」
「斬るて悪いことなのかな」
「たばね悪です」
村での生活は特筆もなく必要なことを必要な瞬間に働いている。村は生産地としての役割が求められるだって。あんまり人が集まってないのが村なんじゃなくて、たくさんの農耕地を利用するために土地の広いところで暮らしている人の住むところが村なのだって。そりゃ、結果的に田舎みたいな場所になるよねぇ。アメジちゃん先生みたいな角っ子ーーアルカ族は農耕地で食べ物をたくさん育てて暮らしているんだ。ヒトツキイモは、満月がもう一回満月になる期間で収穫できるんだ。毎月忙しいね。ロボットくん大活躍。
建物はわりとぼろぼろで、村を囲う防御施設もゆっくりとしか建設が進まないが、こと食料に関してはいついかなるものよりも優先されるべきこと。食べ物ってとっても大切なんだ。だからぼくとドォレムはとても遊んではいられない。食料が豊富だと生き物が栄える。みんな生きているのだ。生きていると食う。作物を表す害獣が襲撃してくる。しかもデカイ。戦争も同じだ。大袈裟ではない。
「モグラだー!モグラがでたぞー!」
村の警笛が甲高く吹かれ、それを聞いた村中のいたるところから警笛が吹かれる。モグラだそうだ。ぼくはロボットへと乗り込み、武器をもった。モグラがでたのだ。ぼくの仕事がきた。斬る、剣の重みはそれで充分だ。
モグラがでたのは、村から離れた耕作地だ。まだ開墾を始めたばかりで、充分な備えがないところを付け狙う狡猾さがモグラにはある。村から離れているといっても、大旗振りですぐに情報は伝わるんだ。だけどそれよりも、モグラが土地ごと食うほうが早い。ロボットの足でもなければだけど。土が津波のように盛り上がり、それは畑に襲いかかっていた。ぼくはそれに長剣をもって挑みかかる。土の上からでは斬れない。モグラの背後、奴が掘りあげた穴へと飛び込むんだ。モグラの作った穴の天井を破壊してみれば、穴を掘り進む肉塊の背中がある。斬る。迷いもなく、その必要もなく、ぼくはそれを背後から斬った。斬るに意味がある。どう斬ったかは重要ではないんだ。斬れば悲鳴が耳を破壊するほどに穴の中を木霊するが無視、長剣を捻りながら抜く。内臓を斬られ割られたモグラはのたうつが、すぐに静かになった。穴の中の血の水位があがってくるが特に問題もなく害獣退治を終えた。
「うん?」
斬った、斬った、と穴の外へと脱出しようとして、ふと気がついたんだ。ぼくはモグラを一撃で斬った。だけどこのモグラの背中には、いくつもの斬り傷があったんだ。傷はまだ半分ほどしか固まっていない。新しい傷だ。サイズはドォレムが振るう武器くらいで、生身の等身大人間の武器とは考えられない。巨人かドォレムか、少なくとも、なんらかの刀傷に見えた。誰かが斬ったらしい。ぼくはそれしか感じることはなく、村の人たちに、仕留めたモグラのついでに穴の外へと出してもらった。
「モグラですね」
「モグラだねぇ」
発掘されたモグラはとても大きい。20mくらい。でも臓器はほとんど1m以内で収まってて、残りは長い腸が何重にもうねってるとか。後ろからなら重要器官の全てを斬れる。勉強したのだ。
「アメジ先生。モグラを襲うてどんな生き物がいるの?」
「モグラより大きい肉食動物は全部です」
「そっかー」
「ですがこの傷を見る限りは、巨人の可能性が高いですね」
「巨人」
「はい、巨人です。完全武装の巨人です」
「完全武装の」
ぼくの頭の中に、神さまに喧嘩を売ったり、何百本もの腕で山を次々投げたり、世界を焼き払う巨人たちの姿がよぎった。怖いねぇ、恐ろしいねぇ。
村でのぼくの役割は斬る力だ。斬るが求められるとは素晴らしい。だが胡座を組んでいては何もなせずに、何も見えずにはてるだけだとも知ってるよ。ぼくはモグラの傷を見なかったことにはしなかった。モグラを斬った何かが遠くない場所にいるんだ。いるのなら、考えないとね。
ぼくはあらためて、ロボットと武器の確認をした。胸の穴は、一つ目の種族のメイドさんが用意してくれて道具でロウ付けしたので一応、塞がっている。ただ見ためで塞がっているだけで、弱点であることは変わりないから気をつけてねー、とは忠告された。ドォレム用の装備は一式揃えられた。刀剣に弓に充分な数の矢、槍に機械弓だ。機械弓はありがたい。歯車で巻き上げて、引き鉄で自由に撃てる弓は便利だ。弓を使いこなしきれない時にも、一矢だけだが強力な飛び道具だ。
「アメジ先生。巨人は何を使って戦うんだろうか」
「ドォレムが使える武器は何でも使えるはずです。弓も槍も全てです」
ぼくがまだ見ぬ斬るに悩んでいると、後ろから小突かれてしまった。小突いたのは重装恐竜の前足だ。かつては盗賊の移動砦だったこの重装恐竜は、生きた重機として村の大切な労働力だ。重装恐竜は「遊んでるなら手伝え」と言っている。働きものだ。確かに備えるのも大切だが、今はそれよりも村の力のほうが優先だね。備えつつ、だよ。斬ることを考えていても、斬るだけで生きているのは、それはもう人間ではないんだ。ぼくは人間のままで斬りたい。
「アメジ先生、重装恐竜が木材を運べていってる」
「正一さま、それは重装恐竜という名前ではなく、メルメルです。メルメル。わたしがつけた名前なのですから、ちゃんと呼んであげないと、メルメルが混乱してしまいます。メルメルが、混乱するのです。あとメルメルは、丸太を運んでといっているのではなく、治水路を作るのを手伝ってくれといっているはずです」
重装恐竜ことメルメルが、悲しそうな顔でぼくを見つめていた。諦めろ恐竜、諦めろメルメル、諦めろアメジ先生の言葉は真理なのである。黒いカラスは白いのだ。メルメル諦めろ。
斬るとは何か。それすなわち断つことであるが、たぶん断つとは違うはずだ。斬るなんだから。断つで良いなら、斬るとは呼ばない。
「メルメル、さぁ、大地を斬ってみろ!」
メルメルに喝をいれるが、とうのメルメルは複雑な、感じた表情としては、悲しみのようなものを滲ませる顔をしていた。いや、そんな顔をしないでよ。村の子供たちが、メルメルが働くのを期待しているのだ。大きな優しい生き物は人気者だと相場が決まっているからねぇ。メルメルは、のそのそと歩いて、道具を引いていく。川の水を引き込む治水路を作るためだ。メルメルはとても大切な労働力だと、村から大人気だ。子供の遊び場にもなる。恐竜は人気者だな。ロボットはなぜか不人気だけど。
「正一さまのドォレムが不人気なのは人斬りだからですね」
「アメジ先生、人斬りだからと殺しているわけじゃないんだよ?斬った結果で死ぬことはあるかもだけど、殺すために斬るわけじゃないんだから」
「わたしにはその違いがわかりません」
じゃらじゃら。腰に差す両手剣が音を立てた。両手剣というのだそうだ。村の男の人に教えてもらった。斬るて、剣も色々あるらしいよ。やっぱり斬るも違うのかなぁ。
じゃらじゃら。妙に騒ぐじゃないか、両手剣あるいは名無しのただの剣。ロボットの腰の剣がちょっと騒がしい。何だろう?地震の前に肌で感じるような、そんな、よくわからないけど感じるものを感じた。ひりひりとした、何かだ。小首を傾げるほどに曖昧ではない、寝ているときに、目の前に手をかざされているような、そんな違和感だ。
ぼくは見えない場所を探った。開けた場所は大きい。だが少し外れれば、あらゆる生命を何十万年と飲み込み続けてきたであろう森が根を張っているんだ。獣か?肉食獣がいるのなら、斬らなければいけない。村の人たちが食べられてしまう。メルメルの手綱を他のドォレムに任せて、ぼくはメルメルの背中の砦から飛び降りた。長剣を抜き、腹で木の幹を叩く。数度。大きな音が木を揺らし、森に響いた。これで帰ってくれればいいんだけどーー
「なるほど」
ーー甘かった。飛んできた石飛礫を長剣を持たない左手で掴んだ。本気で投げられたわけではないが、ドォレム級が投げる石飛礫は投石機の破壊力と大差はない。ドォレムがいたのか?獣だと思ったんだけど。獣の匂いが風に流されていた。まるで位置的に風上に立ち、存在を伝えているような感じだ。
現れたのは、ドォレムではなかった。だが小さな獣などではない、恐竜ではない。直立し、黒い体毛を鈍く輝かせる巨人。簡素な胸甲を首からさげ、背中には波打つ刃の長剣が背負われて、牙の覗く頭にを兜と帽子が合わさったようなものを被っている。ぼくはそれを知っている。……ゴリラだ。完全武装のゴリラだ。ぼくは固唾を飲み込まずにはいられなかった。異世界、まだかこんなものもいるなんて、想像していなかった。
斬る、を感じる。
ゴリラからだ。何を、あたりまえだ。ゴリラは斬るを持っているんだから。ゴリラが、背中の長剣を抜く。抜ききる前に、踏み込んでくるーー速い。ゴリラが長剣を抜ききるのと、ぼくとロボットに向かって振り下ろすのはまったく同じ動作の中にあった。ゴリラの美しさに、見惚れた、それほどのあたりまえの自然さだ。
だから自然に答えられた。剣先を地へと下げ、テコで長剣を跳ねあげる。ゴリラの斬るは上段からしか一閃をだせない、下から斬るほうが速い。速いのに、防がれた。
「マジかーー!」
背中から正面に長剣を回すのと、長剣を跳ねあげるのでは二倍の距離の差がある。なのに格差で長剣を届かされた。ゴリラは単純に、ぼくよりも二倍速い。しかも防いだゴリラの長剣とその腕と体の肉は、まるで城壁を相手にしたような不動だ。
「……」
剣士ゴリラが、ロボット越しにぼくを見ている。それ以上、斬り結ぶことはなく、ゴリラは森の中へと消えていった。ぼくは、この剣士ゴリラを追うつもりはなかった。追ったところで、斬られる。
「果てに、至ったのか」
村の人たちが騒ぎとともに、援軍として駆けつけてくるまで、ぼくはずっと考えごとをしていた。




