第5話「死を乗り越える勇気は必要か」
圧倒された。威圧された。城壁に仁王立ちしてこれを望めた。巨体。まごうことなき巨体は、城壁よりなお高く、鎧を背負い囲い込み、生命の神秘の結晶を感じざるをえないよ。
恐竜だ。
字にすれば、それはただ、ただただ巨大である恐竜だ。城壁に影を落とし込み、睥睨する全ての小物を取るに足らぬ存在と見下す絶対強者。ぼくの中での斬るを揺るがす存在。斬れるのか?斬れないかも、そう強く願わせる恐竜だ。
「ちょっと斬ってくるねぇ」
剣をリングに差し、両の腕に槍を持たせた。剣の斬るがつうじる相手ではないねぇ。弓を引ければ便利だったろうなぁ。ロボットの元の持ち主は絶対にエリートだ。城壁から飛び降り、腕を使わず前回転で衝撃を斬り捨て、大地を蹴って走る。恐竜は背中に砦を載せて、大砲を何列も左右に出している。戦列艦みたいだ。見たところドォレムはいない。砦に槍や銃を持ったのがいるかも。それでもーー斬る。斬れないから逃げるのではないけど斬れるように考える。
「ーーッ!走れ、砲弾より速く!死より速く!」
恐竜の砦が火を吹き、周囲が爆ぜる。破片が散弾みたいだ。それでも爆煙を抜けた。走れ、走れ、走れ、斬るために。斬ることに迷いないのだから、やることに迷いない、斬るのだ。
恐竜の腹の下に潜り込む。見上げる腹に鎧はない。槍を突きあげ、穂先の根元まで飲み込まれそして柄を折られる。恐竜の筋肉に挟まれ身をよじられたのだ。斬られながら何という気迫。恐竜が足踏みするから、ぼくは転がるように外へ逃げるしかなかった。
「斬れるか、本当に」
空いた片手に剣を抜く。じゃらじゃら。恐竜とは正面から対峙だ。首と頭に手綱のような鎖が伸びて砦の中へと続いている。盗賊が操っているにしては、惜しいなぁ。欲しくなる。鋭い闘志は研ぎ澄まされた剣。存在が暴風として斬り込んでくる。背中の砦さえなければ、あるいは操作するものがいるからこその純粋な剣であれるのかはわからないけど。強く、美しく存在する恐竜だ。盗賊のものにするには、惜しすぎる。
だが元より、斬る以外にはないんだ。ぼくはもう一度走る。肉迫し、虚を狙った方向転換。左と見せかけ、左足に蹴らせ右へ飛ぶ。左にいたぼくの幻は踏み潰された。正確に見られているねぇ。
四本の足にも首にも頭も尻尾も、前後左右から斬るには難しい。完全武装、全身鎧。重装恐竜てところかなぁ。足を止めて、槍の突きに渾身を込めれば貫通するだろう感触だけど、余裕はないね。
「やっぱり、いるか」
背中の砦から騎士級ドォレムが二本。手に長槍を持ち、首から大盾をぶらさげて突き下してきた。重装恐竜の足四本に尻尾と頭、盗賊ドォレムの長槍二本、おまけに砲列……無理だねぇ。槍を砦に投げ、ぼくは全力で間合いを広げた。いや、一人じゃ無理だから。
「戻ってきたのですか?」
「意地悪はやめて〜」
「はい。無謀でしたね」
ヒトツメイドさんはずばずば斬ってきた。お恥ずかしい限りだよ。
「しかし準備の時間ありがとうございます」
城壁が火を吹いた。いやこれはモノの例え。城壁に据えられていたバリスタが放たれたのだ。直撃すれば騎士級ドォレムが一撃なのは身をもって知っている。重装恐竜の砦にいた盗賊ドォレムの一本は上下に千切れとんだ。半分砦から落ちる。しかし重装恐竜は倒れない。トレビュシットの巨弾が、重装恐竜に重い一撃で殴る。それでもやはり、止まらない。いっそ哀れなまでの愚直だねぇ。ならばやはり、斬ってやらねば。斬るのが惜しいなんて考えていた自分は愚か者だなぁ。
「もう一回行ってくるよ。城壁が崩されたら大変だし」
「はい。やれますか?」
「びみょー」
バリスタに針ねずみされた重装恐竜へもう一度挑戦だ。重装恐竜は最初の頃の速さと変わりない。砦の盗賊ドォレムや大砲からの横槍はなくなった。狙うのは、鎧のない首下や腹、尻尾の裏だ。斬れずの数閃。頭と長い尻尾で挟み込むような打ち込みがいやらしくも素晴らしい。あれ、重装恐竜が口を開けてる。思った先に、重装恐竜の口から紫電が走る。感電はなかったが、ロボットの装甲が溶けるのを感じた。あぁ、なるほど。異世界なのだから魔法もありえるのか。気が高ぶり、高ぶり続け、集中がいたる。
「……」
ぼくは、興奮が冷めたように澄み渡るのを感じてしまった。重装恐竜の尻尾がきて、下から斬り払う。肉と骨を断ち斬り、鎧の隙間を潜り抜け斬った。皮一枚でふらつく重装恐竜の尻尾。怯んで下がるのを追う。バリスタの矢が幾つも刺さっているのを足場に背中へと乗り移り、中にいた盗賊ドォレムの槍を握り外へと放り出した。重量に耐えられない槍は半ばで折れちゃった。かまわない、折れた槍で、砦の大砲をそこにいた人間諸共撫で斬った。乗り手の交代だ。鎖の手綱を握り、力尽くに静かにさせる。尻尾が斬られ興奮してるところに悪いけど、すぐに治療を受けるか、斬られるか、選ぶの重装恐竜だねぇ。脊髄に沿って即死させる装置が並んでいる。像騎兵と同じだね。重装恐竜は生きることを選んだ。
ぼくは、体を怒りで震えさせる。ぼく自身への、超集中状態にはいりやがったことへの怒りだ。異常でなければ斬れないのか。違う、そんなことはない、異常でなければ斬れないのではまったく意味がない。それは斬るではない!斬らされているだ!
「お疲れ様です、正一さま」
ヒトツメイドさんが、砦から放り出した盗賊ドォレムの乗り手の頭を撃ち抜いていた。盗賊に人権はないらしい。
「申し訳ないのだけれどーー」
「ーーはい。竜の手当てをいたしましょう。高級資源です」
ドォレムたちが総出で、重装恐竜の背負う砦と鎧が降ろされ、尻尾の治療が始まった。
「おや?お屋形さまではありませんか」
砦の中を検分していたヒトツメイドさんが、蜘蛛の体に人間のような上半身をもつアラクネのような人を連れ出していた。お屋形さまだそうだ。そうなんだぁ、以上には何も湧かなかった。ヒトツメイドさんが盗賊の首をもってきたときに、お屋形さまが捕虜られてるとかいっていた気がする。まぁ、ぼくには関係のない話だなぁ。ちゃんと生きてるなら何の問題もないだろうしね。
ロボットを操り、剣を振るった、ぼくの手を見る。皮は分厚いけど、お世辞にもよく日焼けしてはいない白い手。
斬るーー今だにやはり遠いなぁ。しみじみ思うよ。斬るとは奥深い。実際に斬ってみて、斬って感じて、修正がもっと必要だねぇ。現実にそくしていなかったよ。学ばないと。学ぶためにはやっぱり斬らないと。斬るは恐ろしくなってきたけど、目を逸らしちゃうのは駄目だ。
「カッコよかった?」
「はい。カッコよかったですね」
「例えば?」
「はい。最初、無様な姿でも躊躇いなく逃げ帰れた心がです」
「そっかぁ」
ロボットには悪いことをした。斬られ削られ電撃の魔法で焼かれた。だがこれからもついてくる、でなきゃ困るなぁ。ぼくが斬れるのは、ロボットがいるからこそなんだから。村の後始末や、ヒトツメイドさんたちがやる内政には興味なかった。忙しそうだ。流れた破片で流れた血が乾いたものを揺すり落としながら、ロボットの中から見下ろす。ヒトツメイドさんたちに、角っ子たち、それに解放されたらしいアラクネのお屋形さまがたぶんいろーんな指示を矢継ぎ早にだしているのだろう。
ーーただ。
ーーそれはだ。
ーーぼくじゃない。
ーーぼくたちには必要ない。
にゃーんか脱力でございますですよ。斬る。これをもてば異世界でもなんのその。わかっていることを、やるだけなのだから別にと思いすごしている。時間がはてよう、場所を移ろう、相手が変わろう。別に、何も、ただ変わったそれだけのこと。斬るは、斬る相手だけが揺るがせられる。時も地も本来、斬るの障害ではないねぇ。
日本ではできなかった。ここでは可能である、斬るということ。斬れるのだ。だがそのためにはやはり、ぼく自身が未熟であることが露呈している。もっと知らなければ斬れない。地球とは違う、日本とは違う。違うのだから、学ばなければならない。本当、どっかに就職しておきたいよ。ヒトツメイドさんにその旨を訊いてみた。ヘッヘッヘってね。就職の顔ききをお願いしますねぇ。
「ヒトツメイドさん、ヒトツメイドさん。そろそろ、ぼくを雇ってくれないと旅の路銀というものがあるんだ。雇ってくれるか、次の仕事に顔を繋げてくれたらなと、お願いしますよ」
「はい。では、当家での日雇いということですね」
「あっさり」
「一緒に戦えれば戦友です。傭兵より信用できます。傭兵は逃げずに戦うフリでも半分の確率ですから、正一さまは傭兵半分以上の価値を認めます。お得ですね」
「お得だよー」
そういえば、お屋形さまはどこに行ったんだろー?あのアラクネのお人は。雇われる身としては挨拶をしておきたいのだけれど。まあいいや。斬れる、それを教えてくれさえすれば、特には何も必要ないのかも。その気持ちは、ぼくにもわかる。察する力というやつだ。
「少しは身を固めないと。適度に硬いと斬りやすいからねぇ」
歯応えが違う、歯応えが。斬りごたえもね。噛むと斬るは似ている。噛み斬る。恐竜の牙歯は立派な剣だと思うんだぁ。ちょっと本調子が戻ってきた。なかなかない連続での斬りは、緊張しちゃったよ。手を閉じて開いて。緊張から硬くなっていたのが、少しは柔らかくなってきた。戦いは、斬り終わったんだねぇ。
「ん!先はわかんないけど、上手くいきそうだねぇ」
お気楽に考える。先のことなんてわかるわけがない。やることははっきりしているなら、迷い悩む必要もないだろう。楽観的にいこうよ。異世界なんて場所にいるんだから、なんにもわからん。わからないけど、まあ、上手くやっていこう。ぼくは恵まれた。斬れれば上等、ゆるりと身を任せますかねぇ。




