第9話「足らざるを求め、諦める」
森の剣人は死にたがっている。自殺とは違う。だが死なせてくれる存在を求めている。なんとなく、ぼくはそれを感じた。
「ふぅ……ふぅ……」
呼吸を制御する。森の剣人がいい手を抜いているのは明らかだ。手の内を全部見せて、対抗手段を考えさせてから、ぼくに斬らせようとしているのだとしか思えない。舐められてるのか?いや、違う。森の剣人は殺す可能性のある存在を探し続けているだけだ。選ばれた最新が、ぼくだったわけだが、参ったな。失望させてしまえば、斬られるのはぼくだ。森の剣人は、斬られるための準備を広げたのに、斬りきれない相手に最後まで慈悲深い刃はないだろう。
斬った。斬られた。でも本気で斬られたわけではない。いつも主導権はスカーバックにあって、先制してもすぐに圧倒される。ただ、それでもどうしてだろうか。この斬りあいはもうじき終わる。スカーバックは斬られる。斬ってしまう。そんな、そんな勘をした。
スカーバックは長剣で弧を描き、上段からの叩き割るような斬るを踏み込む。ぼくはそれに、胴を薙ぐ横からの斬りで答えた。上段から降ろされるよりも、ロボットの身を屈めながらの横の薙ぎのほうが速いはずだと、僅かな中で動いたから。
「……ふっ」
「ッ!」
ぼくの剣が、スカーバックの鎧を斬った。両断ではない。だが、スカーバックの命に届くだけには充分には食い込んだ。スカーバックは口から血を吹きよろよろとさがる。引き抜かれた剣のせいで、腹からも血が湧きあがった。ハラワタをこぼさないのが不思議なほどの深手だ。なのに、なのにスカーバックは虚無的だった瞳に光を取り戻し、苦悶の中でさえもとても満足気2笑う!だろうな!最後の瞬間、わざと手を抜いて、ぼくに斬らせたのだから。スカーバックの思ったとおりに。
漫画のようには、不動のままで、立ったまま果てることなんてなかった。スカーバックの支えの力は抜け斬られ、森の剣人は、森の地の中へと沈んだ。巨人の倒れる衝撃が森を揺らす。心を揺らす。一つの終わりとして、斬られたんだ。終わったんだね。
「お迎えありがと、メルメル」
森の賢人の遺骸は村の人たちに回収された。シュルルの求めどおり、森の賢人は斬った。斬らされた?まあいいや。アメジ先生は忙しそうだ。騎士団はそのまま村入りして、ぼくの代わりになるんだって。お役御免だ。で、森の賢人を斬っちゃったぼくは、なんとなく、なにもしていないわけだ。
「正一さま」
「どしたの、シュルルさん」
「村の外で働きませんか」
「いいですよー」
どこにだとか。なにをしにだとかは。ーーぼくは聞かなかった。村の中だけで小さく完結するつもりはなかった。ただ、メルメルの怪我の心配や、盗賊とか野盗への備えを放り出してまで村から離れる理由がなかっただけだ。だが今は、騎士団が入った。どのみち、異世界なんだ。どこにいても異邦人。逆にどこにいっても変わらないなら、どこにでも行ったほうがいいんじゃないかなぁ。新しい眼鏡が欲しいしね。レンズは高級だから、大きな町じゃないと売ってないんだ。ぼくの眼鏡を買い換えたい。
「身元を帝国が保証するものを準備いたしましょう」
「ありがと、シュルルさん」
「変わらない価値は、変わらない期間の心にあるとシュルルは考えますので」
「ぼく、変わってないてことか」
「逆に凄いですよ」
「逆にか。逆に?そっか」
「騎士級ドォレムはそれだけで価値がありますが、やはり、騎士級ドォレムと正一さまの組み合わせに価値があります」
異世界なんだなぁ。あらためて感じた異世界で、異人だという自覚をだ。ぼくは何か。日本社会から切り離されて残された、ぼくというものだけが、本物の個人であったわけだけど、ぼくはなにになろうかな。スカーバックと斬って斬られて、ちょっと考えてしまう。
ーーで、騎士団の騎士級を斬ってみた。腕試しだ。騎士団側も、同胞を何人も斬ってきた森の賢人を斬ったぼくの力に興味があったらしくてとんとん拍子。シュルルさんには頭があがらないねぇ。
騎士は普通に強かった。速くて、重くて、正確で、なんか、普通に強い。ぶっちゃければ、ぼくよりも強かったんだと思う。強かったけれど、斬れた。強いだけ。
「ま、まいった、降参だ」
ぼくとロボットの前に屈した騎士級ドォレムに手を貸しながら、違和感が泥のようによぎる。強いのに、強いだけで強くない。なにが足りないんだろうか。わからない。ぼくが足りないものは求めてきた。だが強い奴らに何かを求めている自分がいる。騎士たちには、求めているものが、なにか足らないんだ。ろう付けした装甲の破片が内側に飛び散って、肉に食い込んでいる。ぼくはそれを引き抜いた。痛い。血が滲んだ。
「期待しすぎてたのかな」
騎士をたたえたあとで、ぼくは内心をシュルルにこぼしていた。……後悔した。陰口だ。騎士はもっと図々しいというか、高圧的で自意識過剰だと思ってた。だけど、村にきた騎士団の騎士たちは違った。気持ちの良い連中だ。女の子にモテそうだなぁ。そう、男のぼくだって感じるだけの気風の良い男たちだ実力があり、高貴な心をもち、他者をいたわることを忘れない。理想的な人間。だがぼくには、足りない男たちだ。とても良い友人になれるのだろう。だけど……足りないんだ。
「騎士ドリューは素晴らしい槍さばきだ。騎士ナグマは騙しと誘導が逸品。騎士ジョナスは怪力を錯覚させる力加減の妙がある。騎士クアットは足さばきからくる素早さが凄い。騎士ダカーンの盾は鉄壁の城だ。騎士マクタは特になし」
優れた技術をあたりまえに扱える強者。だけど強者なだけでは強くないんだ。それを感じてしまった。
「アメジ先生。ぼくはどこを目指せばいいんだろう」
「知りません」と即答されていたことを思い出した。自分で考えなければならないのだ。考えるとはそういうことだから。考えないのは人間じゃないからね、ちゃんと、自分で考えないと。
どこか遠くへて思ったけれど、今現在がもうその遠くへだった。地球の日本から、まだ名前も知らないような別の星の世界へ。びゅーん、と異世界転移だ。プレインズウォーカーもびっくりだよ。片道の次元渡り。今までは斬るしか考えてこなかった。もしかしたら、それだけが、ぼくの拠り所だったからなのかも。でももっと広げないと。日本でだって、斬るに満たされなくても、生きていけた。根幹だけど、それしかないわけではない。
よし!
そうだ。斬るしかないわけではないんだよ。それじゃ、ぼくは刀でしかない。ぼくは人間だ。考えて、エッチなことも考えるし、やましいことにだって興味が湧く。人間だから。斬る人間だ。斬るではないんだ。これはーーとても大切なことだ。
騎士団の人たちと話し込んだ。別になにかがあるわけではない。ただ、斬る、斬った仲として話してみたかった。いい男たちばかりで、みんな暇を持て余しているのかたくさん話した。お前の技術はこうだ、とか、弱点はこれだけあるとか、ドォレムの話とか、世間話とか。他愛はないけれど、楽しいそんな時間をだ。ドォレム、といえばロボットだ。
お前は、どうしてあそこで朽ちていたんだろうな。初めて異世界にやってきて、出会ったあの土地で、ロボットに乗っていた人間は朽ち果てていた。ロボットに穿たれた大穴はろう付けで誤魔化しているが、大きなウィークポイントだ。今思えば、あれは恐竜に襲われたのではなく、他のドォレムと戦い、そして敗れたのだろう。ロボットも死体も放置されていたのは何故か。思えば不思議な話だ。
ドォレムが並ぶのは壮観だ。森の剣人は天然物の巨人だが、ドォレムは人の手で作られた、一応、人工物だ。ロボットアニメとか漫画に出てきそうな鎧の巨兵は、ぼくが男の子なのだと自覚させる。
あんまり向き合わなかったな。ロボット、お前は森の剣人と斬って、怖かったか?ぼくは問いかけたが、まぁ、あたりまえだけど、ロボットは答えなかった。ぼくが声を聞ける段階に達していないかもだけど、いやいや、ロボットが喋るなんてありえないんだ。でももしかしたら、この世界のどこかには自立したドォレムもいるのかもしれない。世界てのはいつでもどこでも不思議に満ちてるもんなんだ。
ロボットてのは、やっぱり味気ないなぁ。刀剣にも銘柄があるんだし、ロボットにも何か名前がないとねぇ。ロボットは確か、チェコ語とかスロバキア語の労働からきてるし。労働、だけじゃないしねぇ。もっとロボットらしい名前をあげたいし呼びたい。
さて、どうしたものか。シュルルさんに聞いてみた。アメジ先生に聞いてみた。村の人たちに騎士団、ついでに出会ったアントワーグのお屋形さまにもだ。アントワーグのお屋形さまだけは、なにか絶対の自信がある呪文みたいな名前を唱えていたが、途中でヒトツメイドさんに殴られて連行されてしまった。たぶん魔法か何かをかけようとしたんだろう。まあ、名前なんてどうでもいいか。ロボットは斬れる。斬るをぼくに与えてくれる。かけがえがない、それだけでだ。言葉に与する必要はないだろう。……こういう一々でも言葉に残さないのは、女の子に目くじらをたてさせるかもだけど、今回は保留だ。それにロボットは男の子かもしれない、男の子なら男の子の心理もわかってくれるはずだ。たぶんだけどね。
「斬る。斬ればいい。人間として斬る。獣としてではなく、斬るとしてではなく、人間としてーー斬る」
固い決意を胸に秘め、今日の夕飯を胃袋におさめる。めでたいということで、川で釣り上げたメデタイタイの活け造りだ。ときにはドォレムをも丸呑みにするメデタイタイの刺身は迫力だった。寄生虫込みで食べて、強靭な肉体を作ることと味を同時に楽しむらしい。こっそり、寄生虫くだしの飲む油をもらった。異世界だなぁ。




