978:エピローグ
遠く、声が響いている。
雑踏と喧騒、そして時折、それらを遮る気合の入った叫び声。
それらを耳にしながら空を見上げ――俺は、嘆息と共に視線を降ろした。
目の前にいるのは、地面に仰向けに寝転がった少年。
荒い息を吐き、そのプラチナブロンドの髪を乱して、その貴公子然とした姿はすっかり薄汚れていた。
「何度も言ってると思うが……基礎はともかく、本格的なものはウチじゃなくて自分のところで学ぶべきだぞ」
「はぁ、はぁっ……それだと、ダメなんです……!」
まだ年若い少年だ。確か、年齢は十に届いたかどうかといったところ。
本来であれば、彼はこんな場所で木刀を握っているような立場ではないのである。
それが何だってこんな所にいるというのか――まあ、その理由の一端は俺にもあるため、あまり強くは言えないのだが。
もう一度深く嘆息し、俺は木刀で軽く肩を叩きながら少年へと告げる。
「なあ、王子よ。お前さんはアルトリウスの聖剣を受け継ぐんだろうが。刀の扱いを覚えたって邪魔にしかならんぞ?」
――アドミス聖王国、聖都シャンドラ。
再建された王都の一角にある、広い建物。ここは、久遠神通流の道場であった。
土地だけではなく、建物も設備までもお膳立てされてしまっては断ることも忍びなく、こうして俺たちは今も道場という形で久遠神通流の剣を伝えている。
まあ、それは別に構わないのだが――アルトリウスの後を継ぐ王子が、彼の息子が何だってこんな所に来ているのか。
「お前さんの剣術指南役はデューラックだろう? 長剣の扱いを学ぶなら、ウチよりもアイツの方が遥かにマシだろうに」
「っ……僕は、貴方のようになりたいんです!」
「アルトリウス……いや姫さん、もとい女王陛下か? 寝物語に何を伝えたんだか」
予想通りというべきか何と言うべきか、アルトリウスはローゼミアと婚姻を結ぶことになった。
まあ、反対意見だの面倒なやり取りだのがあれこれあったことは事実なのだが、エレノアを味方に付けている以上は確定路線だっただろう。
アルトリウス自身、満更でもないという面であったし、二人がこの国の頂点に立つことは喜ばしいことであった。
流石に、王はローゼミア自身となったわけだが――実質的に、国の運営をしているのはアルトリウスの方だろう。
そんな二人は、果たしてどのように子供たちへの教育を行っているのか……今度会った時に問い質してみるべきか。
「あまり下世話な話はしたくないんだがな……」
未だ立ち上がれない王子の傍に屈みこんで、その顔を見下ろす。
複雑そうな表情でこちらを見上げる少年の顔には、僅かに羞恥の色が滲んでいるのが見えた。
まあ――理由はある程度分かっているのだ。
「うちのバカ娘のことか?」
「――っ」
小さく発した俺の問いに、王子の整った顔面はかっと紅潮する。
言葉は無くとも、彼の表情だけで答えは雄弁に語られていた。
その事実に、思わず頭を抱えてしまう。我が子ながら何と言うべきか――緋真との間に生まれた娘は、正しくその性質を受け継いでいたのである。
「お前さんの両親のことがあった手前、立場がどうこうを言うつもりは無いんだがな……うちの娘はちょっとどうかと思うぞ?」
自分で言うのもなんだが、娘の容姿は確かに整っている。
ただ性格面が変な方向に拗らせているというか――俺への憧れが妙に強いのだ。
幼い頃から俺の話を色々と聞いてきたことが原因なのか、俺のようになりたいと言って聞かないのである。
贔屓目を抜きにしても才能はあるし、積み重ねれば境地に至る可能性もゼロではないだろう。
俺との比較から鬱屈しなかったことは幸いなのだが、剣の道ばかりに傾倒しすぎるのもどうかと言いたいところだ。
「そっち方面でアイツの気を惹こうとするのは止めた方がいいと思うんだがな」
「な、何を言ってるのか! 今日のところは失礼しますッ!」
疲労困憊であったはずの王子は、慌てた様子で立ち上がり、そそくさと道場を去っていった。
付き人連中も慌ててそれを追いかけていく中、立ち上がった俺は彼が帰っていったであろう白亜の城を見上げた。
(あっという間に十年だったな)
MALICEという外敵を取り除き、平和を手にしたMTの世界。
俺たちは、予定通りこの箱庭へと移住してきていた。
世界観が気に入らない者は他の箱庭を選ぶ場合もあったが――そちらも、特に問題なく手続きは行われ、移住は無事に完了した。
あの戦いの後からMALICEが急激に活動を弱めたことが原因でもあるのだろうが――
「……やってくれやがるな、クソジジイ」
マレウスの本体を討てていないことは懸念の一つだった。
にもかかわらずMALICEの動きが非活性化したのは、間違いなくジジイの手によるものだろう。
聖女によって癒されたジジイも、天狼丸も、誰にも気づかれない内に姿を消して、それ以来一度も目にしていない。
結局はあのジジイの一人勝ちかと、思わず悪態を吐いたものだ。
――おかげで平和になったことは、感謝せざるを得ないのだが。
何はともあれ、移住は無事に完了した。
俺たちは第二の人生を歩み始め――そのために発生した数々の問題を解決するために、これまで奔走してきたのだ。
その結果として得られたのがこの平和であるならば、それを享受するべきなのだろう。
しかしながら、退屈であること自体はどうしても否定はできなかった。
「北の方でも見に行ってみるかね」
「……クオンさん、また言ってるんですか?」
後ろからかかった声に振り返れば、そこには前からそれ程変わりはない――けれど、確かに成長した緋真の姿があった。
緋真は呆れを交えた表情で、たしなめるように声を上げる。
「立場があるんだから、あんまり勝手に動き回るのは止めて下さいよ。それとも、また浮気ですか?」
「いや、浮気って何だよ……ロムぺリアの挑戦を受けてきたことか?」
悪魔から人間となったロムぺリアは、今や帝国の闘技場で頂点に君臨していた。
技量はかつてよりも確実に成長しており、俺も本気で戦わざるを得なくなるほど。
まあ、流石に『不羈』を使ってしまうと確実にこちらが上回ってしまうため、まだ対等な実力とまでは言えないのだが。
また、ロムぺリアから聞いたことでもあるのだが、悪魔の残党たち――公爵級悪魔ローフィカルムを筆頭とする勢力は、エルダードラゴンの領域に送られたそうだ。
穏健派であるローフィカルムは、積極的に人を害するつもりはない。
勿論、MALICEの性質として、成長のために人間と敵対するという性質そのものは変わらない。
しかし、ローフィカルムは『自分で歩めている以上は余計なお世話だ』と、配下の悪魔たちにこれ以上の干渉を禁じたのである。
こちらとしても、残党狩りなど面倒この上なかったため、統括してくれる分にはありがたいのだが――潜在的な敵対種族であることは事実。注意は必要だろう。
「言ってるでしょ、浮気を許すのはアリスさんだけですよって」
「いや、それもどうなんだお前」
アリスについては、この十年あまり変わらぬ関係が続いていた。
まあ、彼女の視線的に、確かに心当たりが無いわけではないのだが。
ただ、アリス自身が口に出してこない以上はこちらから何かを言えるわけでもなく。
どうしたものかと嘆息を零し、改めて北の空へと視線を向けて声を上げる。
「開拓地の様子が気になっただけだよ。後は、ベルのこともな」
北の大地は、予定通り開拓が進められることとなった。
主導しているのは元『剣聖連合』の面々で、かつての野望の通り、皐月森がその旗印となっている。
また、強力なモンスターたちの守護役として、俺との契約を解除したベルがそれに付き添っていた。
ちなみに、彼女は今、アルトリウスの真龍を伴っている。どうやら、次なる白龍王の候補として、あの真龍を鍛え上げるつもりのようだ。
強力な魔物との戦いには事欠かないだろうし、龍王の穴埋めのためには悪くない選択だろう。
「そういえば、シリウスもベルさんのことは気にしてましたね」
「だろう?」
テイムモンスターたちは――ルミナとセイランについては、変わらず俺に付き従っている。
ほぼ人間と変わらないルミナは、この道場で魔法剣術の指導員を行うほどにまで成長した。ちなみにだが、その師範代は緋真である。
セイランについては、いつも通り気ままな生活だが、相変わらず俺たち以外の命令を聞くつもりは無いようだ。
「シリウスに会いに行って、ベルさんの様子を見に行く……いいですけど、ちょっと外出のレベルじゃないですよ?」
「まあ、それはな」
そしてシリウスは、ついに龍王の位に到達した。
女神の試練を乗り越え、剣龍王の称号を手にしたのである。
とはいえ、真龍としての群れを成すにはまだまだ時間が足りず、他の龍王たちのようになるには永い時間が必要となるだろうが。
しかし、シリウスは俺との契約を解除してはいなかった。どうやら、俺が生きている限りは続けるつもりらしい。
人の言葉を得たときの第一声が『我が師よ』だったのは、流石に面食らったものだが。
「様子を見に行くことは反対しませんけど――ふらっと出て行かないで、きちんと計画を立ててから、ですよ」
「……だから立場なんて不要だって言ったんだがな。仕方ないか」
アルトリウスも、エレノアも、そして俺もそれぞれが、面倒な立場を手に入れてしまった。
だが、それも平和を得られたということなのだろう。
であれば、そこで生きることもまた、それを手に入れた俺たちの仕事でもある。
「――先を急ぐ必要はない、か」
ただ、目的のために生きてきた。
ジジイに勝利するため、そして復讐のため。
それらを全てを果たして、それでもなお俺の人生は続いていく。
苦笑と共に、俺は踵を返して道場の方へと体を向けた。
「クオンさん?」
「しっかり、計画を立ててからだろう? なら、ゆっくりとそれを練るとしようか」
俺の言葉に、緋真はきょとんとしたのち、柔らかく笑みを浮かべる。
為すべきことは、果たしつつある。ならば後は、為したいことを己自身で見出すだけだ。
――それが、未来へと向かって生きるということなのだから。
長らくのご愛顧、ありがとうございました。
本編はこれにて終了となります。
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