973:不羈
マレウス・チェンバレンはAIというシステムの原型を創った存在である。
つまりは、この箱庭世界に生きる人間全ての創造主であると言ってもいい。
故にこそ、彼女はその全てを知り尽くしており、だからこそその未来に期待していた。
その精神性、創造性には成長の余地があると。先へ先へと歩んでいくことができれば、自分たちとは異なる未来を見出すことができると。
(……その答えがこれか)
AIを創造した者だからこそ知る、その動作の停止コード。
マレウス・チェンバレンが指を鳴らすと共に、その場に集っていた者たちは一様に動きを止め、微動だにしなくなってしまった。
そもそも、存在している次元が違う。戦いにおいて同じステージに立っていないのだ。
この箱庭に存在する以上、何者であろうともマレウス・チェンバレンに勝ることは無い――
「――子供の癇癪か」
だが、俺は小さくそう吐き捨てて、一歩前へと出た。
その事実に、マレウスはこれまで変わることのなかったすまし顔を驚愕に染める。
「……何故、動けているのですか」
「それが、俺の理だからだ」
即ち、是なるは森羅万象の境地。我が理、『森羅万象・不羈』。
これを見出し、意図して扱えるようになった今だからこそ、俺はマレウス・チェンバレンに対して抗うことができるのだ。
森羅万象の境地とはその名の通り、この世の万象全てを認識し、己との繋がりを理解するということだ。
全ては繋がっているのならば――その繋がりを利用すれば、あらゆる全てを操ることができる。
その繋がりを用いて、ジジイは『必中』という理を、そして俺は『回避』という理を見出したのである。
そんな、与太話としか思えない荒唐無稽な考えを、ジジイは――そして、肉の体を持っていた筈のかつての久遠神通流の剣士は見出していた。
それに比べれば、データという繋がりが分かりやすいこの箱庭は、何と操りやすいことか。
「この世の全ては繋がっている。貴様が俺を見た時点で、俺という存在を認識したうえでの行動しか取れなくなる」
「意味が分かりません……久遠源十郎の刀、そこに何かが仕込まれている? いえ、この箱庭の管理者の干渉?」
マレウスは、俺の言葉を理解できなかった。
無論のこと、その後から付け加えられた状況整理の疑問など、全てが的外れだ。
マレウスの干渉を防いだのはあくまで俺自身であり、ジジイによるものでも女神によるものでもない。
まあ、ともあれ――他の連中も固められてしまっているのは面倒だ。
まずは、あの信号を放っているらしき左手、それを斬り飛ばすこととしよう。
歩法――烈震。
急加速しての接近、そして掬い上げるように放つ天狼丸の一撃。
本来であれば太刀の二刀流などまともに扱えるものではないのだが、久遠神通流に適応するよう造られた重國の刀なら話は別だ。
たとえ片手であろうとも、手に吸い付くような感触が確実な手応えを伝えてくれる。
「っ……!」
俺の一閃に対し、マレウスは大きく後退する。
その瞬間、掲げられていた左腕は逸らされ――放たれていた信号もまた、すぐさま薄れて消え去った。
当然ながら、周囲のメンバーも一斉に動きを再開する。
後ろの連中はアルトリウスに任せておけばいいだろう。そう判断して、俺はインベントリから従魔結晶を取り出し、テイムモンスターたちを呼び出した。
「さあ、最後の大仕事だ! 付いて来い!」
ルミナが、セイランが、シリウスが、ベルが。
光の中から飛び出したテイムモンスターたちは、我先にと言わんばかりにマレウスへと向けてノータイムで攻撃を放つ。
しかしその瞬間、マレウスが纏っていた星雲が星の軌跡を描き、魔法陣となって攻撃を受け止めてしまった。
どうやら、この場に浮いている星々そのものがマレウスの攻撃、防御手段であるということらしい。
歩法――縮地。
故に、俺はすぐさまその中へと飛び込み、二刀の刃を振るった。
「――【絶技・三位一体】」
AIに対する直接干渉などという手段を用いていようが、この場に浮いている星からは魔力を感じる。
この箱庭のルールに則った手段であるならば、こちらもスキルの効果で対応が可能だ。
【三位一体】の効果を両手の刀に発動した俺は、振るう刃で星々を斬り裂き、その魔力を吸収して威力を高める。
「止まりなさい――」
AIの停止は中断されたが、マレウスの攻撃手段が消え去ったわけではない。
奴が腕を振るうと共に煌めいた星々は、俺へと向けて紫に輝く光線を降り注がせた。
空にある星々は数え切れず、当然その攻撃の量も降りしきる雨の如く。
とてもではないが、回避できるようなものではない――だが、マレウスの放った光は、その全てが俺の体ギリギリの場所を通り抜けていった。
「っ、馬鹿な」
再びマレウスへと接近、白く輝く二刀を振るう。
当然のように星の魔法陣が立ち塞がるが、天狼丸の攻撃を――ましてや【三位一体】を発動したそれを受け止めきれるはずもない。
容易くその防御を斬り裂いた俺は、隙間から体をねじ込むようにマレウスへと接近し、上段から餓狼丸の一閃を振り下ろす。
「貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
怨嗟の声と共に、餓狼丸から黒い闇が溢れ出す。
それと同時に繰り出した一閃は、咄嗟に構築された防壁へと衝突し――それを食い破って、下にあったマレウスの腕へと一筋の傷をつけた。
「――ふ、ふふっ、ははははははっ!」
僅かな血が飛び散り――それと共に、マレウスは哄笑を上げる。
同時、星々の光が乱舞して、俺たちをまとめて薙ぎ払おうと荒れ狂った。
テイムモンスターたちは防御しながら後退し――それらを全てやり過ごした俺は、尚もマレウスへと向けて突進する。
「わからない――何だ、何ですかそれは! ははっ、あははははっ!?」
至近距離で放たれる光線を天狼丸で斬り払い、全方位から殺到してくる光線は僅かに逸れる。
マレウスの攻撃が当たることは無い。当たらないように、マレウスに認識させているからだ。
この世の全ては繋がっている。視覚であろうと、聴覚であろうと、或いは他の何かであろうと――何らかの手段を使って、マレウスは俺の姿を認識している。
そうである限り、俺の『不羈』を捉えることはできない。マレウス自身が、俺の位置を正確に認識することができないが故に。
「貴方は、私の法を、この干渉すらも退けるというのですか! それは――それ程までに、貴方は成長していたのですか!」
「戯言だな、マレウス・チェンバレン。貴様は何も見えていない!」
一部、業腹な部分ではあるが――俺の辿り着いた『不羈』の理は、若干ながら誘導されていた節がある。
ジジイの持つ『唯我』に対抗するためには、それを無効化するだけの理が必要だったからだ。
必ず当たる攻撃を避けるための、何らかの手段が。
その果てが今いる場所であるならば――
「貴様は俺に出し抜かれたんじゃない、俺たちに出し抜かれたんだ!」
ジジイは、最初からこれを見越していたのだろう。
そのために俺を見出し、育て上げた。全ては、マレウス・チェンバレンという魔女に対抗するために。
ここまでの道が舗装されていたように感じるのは腹が立つが――この女に対する殺意は、紛れもなくこの旅の中で見出した俺自身の感情だ。
その殺意を込めて、俺は立ち塞がる星雲の壁を斬り開いた。
瞬間――後方より飛来した無数の攻撃が、星雲の先にいたマレウスへと突き刺さる。
「すみません、先生……援護します!」
俺の背中を後押しする、無数の援護。それと共に駆けてきたのは、他でも無い緋真だった。
数多の星雲が道を塞ぎ、進むことも難しい戦場。
それでも――俺の弟子は、この場所にまで辿り着いたのである。
「ああ、よく見ておけ。そして、目に焼き付けろ。お前も、いずれは辿り着くべきこの境地をな」
どこまでも愉快そうに嗤うマレウスへ、集大成たる二刀を向ける。
さあ、最後の戦いを始めるとしよう。





