971:剣の理
書籍版マギカテクニカ13巻、1/19(月)に発売となりました。
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久遠源十郎――俺の祖父にして師。
刀を構えるその姿は非常に見慣れたものであり、同時にひどく懐かしい気分にも駆られる。
直接こうして相対したのは、どれぐらいぶりになるだろうか。
尤も、そんな感傷に浸っている暇など、この男を前にしてはある筈もないのだが。
「さて、それじゃあ……多少は、小手調べもしておくか」
刹那、ジジイは音もなく、然したる挙動すらも無くこちらへと肉薄してくる。
縮地による接近。ジジイの技量でそれを行えば、まるで体を揺らさずに転移してきたかのようにすら見える程だ。
そして、同時に振るわれる刃は、鋭くこちらの肩口を狙ってくる。
斬法――柔の型、流水。
その一閃を、呼吸するように受け流す。
ジジイの言う通り、これは小手調べでしかない。
師範代たちですら反応しきれなかったであろう一閃も、俺たちにとっては挨拶代わりのようなものだ。
こちらも、お返しとばかりに掬い上げる一閃を放てば、ジジイも膂力の差など関係なくするりと受け流してみせた。
(相変わらず――)
受け流された刀の感触が、ひどく自然で滑らかだ。
まるで、俺自身がそのように振るっていたかと錯覚してしまう程に。
とはいえ、俺もそれは慣れたものだ。その程度で怯んでいれば、ジジイと切り結ぶことなどできはしない。
すぐさま一歩後退しつつ刀を引き、反撃に放たれた首を狙う一閃を受け止める。
このジジイは、ステータスそのものは大した数値ではない。攻撃を受け止めること自体は楽なものだ。
「怠ってはいないようだな」
「それなら、ここまで来れちゃいないさ」
互いに刀を弾き、後退。
そして、次いで放たれた横薙ぎの一閃に、再び前進しながら刃を合わせる。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
ジジイの放つ一閃の勢いに乗り、その斜め後ろへと回り込む。
だが、俺とジジイの視線は一瞬たりとて外れることは無く、互いの姿を捉え続けていた。
斬法――剛の型、輪旋。
体を反転、その勢いすらも利用した横薙ぎの一閃。
しかしその勢いすら、ジジイは容易く流水で受け流し、上向きにそのベクトルを変えてしまった。
握りが甘ければ、そのまま刀を弾き飛ばされてしまっていただろう。
構えは互いに上段。互いに踏み出しながら一閃を振り下ろし――同時に横へと受け流して、俺たちは互いの刀を抑え込んだままに至近距離で睨み合うこととなった。
「まずは上々。ここから先が本番だ」
「そうだな、そうじゃなきゃ――こんなところまで来た意味が無い!」
再び、示し合わせたかのように同時に後退。
そして、その刹那――空気が変わった。
「……!」
纏わりつく空気が、世界の全てが変容していくかのような気配。
その感覚に、俺は息を呑むと共に意識を研ぎ澄ませた。
考えるまでも無い。これは間違いなく、ジジイの本質、即ち『唯我』の気配だ。
そう――久遠源十郎の見出した、森羅万象の境地。
「森羅万象・唯我……名前を付けたのは誰だったか?」
「紫藤の野郎だよ。ったく、大仰な名前を付けやがって」
久遠神通流の剣士が目指すべき場所。
古い時代の剣士が見出し、そしてそれ以来、その座に辿り着く者のいなかった境地。
ジジイの見出したそれは、相手に必ず当てるという代物だった。
この剣を回避することはできない。故に、受け流すほかに道はなくなる。
だが、いずれはそれも手が足りなくなり、あの剣は敵を確実に斬り裂くことだろう。
久遠源十郎の剣は、そういった代物だった。
「……稽古は、終わりかよ」
「ああ。俺からお前に教えるものは、もう何もないさ」
ただ、満足そうに笑いながら――ジジイは、我が師はそう告げる。
ならば、無意味な引き延ばしは最早不要だろう。
次の一撃で決着をつける。その決意と共に餓狼丸を正眼に構え、そして静かに意識を集中させた。
「――――」
感覚を広げる。捕らわれることなく、どこまでも。
目の前のジジイだけでなく、この空間全てを捉え、そして己の感覚に繋いでいく。
後方で見守っている連中、その全ての息遣いすらも把握して、己を中心とした世界を構築する。
即ち――俺自身の見出した、森羅万象の理を。
「行くぜ」
飾らぬ小さな一言と共に、ジジイの身が爆発的に加速する。
踏み込んだ足が石畳を砕き、それと共に突き出されるのは、甕星・天穿を能動的に放つ一撃だろう。
反応すら許さぬと言わんばかりの、神速の刺突。
その一閃が、己の領域へと踏み込んだ、その刹那を知覚した。
斬法・奥伝――
「我が、境地――」
天狼丸の切っ先が、胸へと飛び込んでくる。
その刃に餓狼丸の刀身を触れさせて――右足を引くと共に、霞の構えへと移行する。
刹那、俺とジジイの距離は肉を貫く音と共にゼロとなった。
「――柔の型、贄穿」
「それがお前の、理か」
ジジイの放った一閃は、俺の首筋を掠めて僅かに逸れ、それに相対した俺の刃は、ジジイの胸の中心を貫いた。
耳元で響いた声は、どこまでも満足げな色を宿し――俺が刃を引き抜くと共に、ジジイは仰向けにその場に倒れたのだった。
「くはははっ! 随分と消極的な理だが、俺に挑むためなら仕方ねぇか!」
「死にかけのくせに元気だな、おい」
ジジイのステータスは大したものではない。
俺の攻撃力でダメージを受ければ、ただの攻撃でも致命傷に近いだろう。
急所に攻撃を受ければ、それも尚更だ。
このまま放置しておけば、程なくして命を落とすことだろう。
だが、復活すればそのままマレウスの手駒として動いてしまうこととなる。
それならば、このまま死なせる方がジジイのためになるだろうか――そう考えた、ちょうどその時だった。
先ほどまで全力の殺し合いをしていたこの場に、一人の少女が駆けてきたのだ。
「お待ちください、クオン様!」
「……姫さん?」
聖女ローゼミア。幼体となった金龍王を抱えた彼女は、アルトリウスを伴いながら俺たちの元へと駆け寄ってきた。
ジジイからは注意を放さぬようにしながらも、慌ててやって来た彼女の言葉に耳を傾ける。
「その方は、金龍王様とわたくしが治療します!」
「……だが、治してもまたマレウスの傀儡になるんじゃないのか?」
「それについては妾が何とかする。魔剣使いよ、以前お主にやった妾の血があっただろう、あれはまだ残っておるか?」
「あ、ああ。こいつでいいのか?」
以前に金龍王と手合わせをした際、彼女の血をいくらか分けて貰っていた。
そのうちの一つは銀龍王の傷を癒すために使ったが、まだ少しだけ残っている状態だ。
インベントリから取り出した血の結晶を手渡せば、ローゼミアたちは急いでジジイの傍に跪き、聖属性の魔法によってその治療を開始した。
黄金の光に包まれたジジイは、苦笑交じりに手招きして俺を傍へと呼び寄せてくる。
「こいつを持っていけ」
「天狼丸……あんたの刀だろう?」
「俺の代わりに、あの時代錯誤した年増ババアをぶった斬ってこい。そいつなら、お前も扱えるだろう?」
確かに、天狼丸の造りは餓狼丸と何ら変わりはない。
成長武器としての能力は使えないが、莫大なリソースを溜め込んだ天狼丸は強大極まりない武器だ。
マレウスと相対した時にも、その力は有効だろう。
「分かった、借りていく」
「おう。それと、もう一つだけ餞別だ」
小さく笑って目を閉じ、ジジイは僅かな時間黙考する。
そして、その笑みのままに、俺を祝福するかのようにその言葉を告げた。
「何者にも捕らわれぬもの。お前の持つ理は『不羈』だ。新たな、森羅万象の境地を垣間見た剣士よ」
「……っ」
「皆伝だ。最早、教えることは何もねぇ」
一方的に、まくし立てるように。
ジジイは、ただそれだけを告げて口を閉じた。
俺は、受け止めた言葉を反芻し――深く、己がただ一人の師へと向けて頭を下げる。
「――今まで、お世話になりました」
それ以上の言葉は、必要ない。
俺は、天狼丸を手に踵を返し――久遠源十郎が立ち塞がっていた、その先へと向けて歩を進めたのだった。





