970:始まりの立ち合い
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日を跨いで、翌日。
ログインした俺の目に飛び込んできたのは、人でごった返した門前広場の様相であった。
あらかじめ情報は仕入れていたため把握しているが、未だ何者もジジイを倒すことはできていない。
まあ、それについては別に驚くことも何もないため、当然の事実として受け入れていたのだが――この場には、どうにも停滞した空気が漂っていた。
「ふむ……今も挑んでいるかと思ったが、そうでもなさそうだな」
「結構な数のプレイヤーが、装備ごと叩き斬られたみたいですからね。そりゃあ戦うのも控えますよ」
「……まあ、それには同情しないでもないがな」
思わず、苦笑を零す。
確かに、あの天狼丸は極大の攻撃力を有している。
普通の装備でその攻撃を受ければ、基本的には一発で破損することになるだろう。
完璧な形で受け流せるならまだしも、ジジイを相手にそれは高望みが過ぎるというものだ。
故にこそ、ジジイと相対することができるのは成長武器の使い手だけであるとも言える。
普通のプレイヤーたちにとっては、あまりにも厄介すぎる相手だろう。
「アルトリウスは……最前線かね」
軽く見渡した範囲には、アルトリウスの姿は無い。
まずは、アイツに状況を確認するべきだろう。
今日を最後の戦いにする、そのつもりで来たのだ。アルトリウスが顔を出さないはずもない。
その確信と共に、人だかりを分けながら先へと進む。
幸いというべきか、俺のことに気づいたプレイヤーたちは勝手に道を空けてくれるため、それほど歩きづらいということも無かった。
まあ、こうも狭いのでは従魔結晶からテイムモンスターたちを外に出すこともできないのだが。
「前もありましたけど、何か変な気分ですね、これ」
「歩きやすいんだから構わんだろう。さて、アルトリウスは――あそこか」
門の内側にいるかと思っていたが、アルトリウスは門の前でクランのメンバーと話をしていた。
意外なのは、その傍らに黄金の小龍を抱えた聖女ローゼミアを伴っていたことだ。
彼女の傍には護衛としてか、パルジファルが盾を片手に立っている。
どうやってここまで連れてきたのかはわからないが、アルトリウスがわざわざそうしたということは、それなりに意味があるのだろう。
困惑しつつも、俺はそんなアルトリウスへと声をかけた。
「よう、どんな調子だ?」
「お疲れ様です、クオンさん。予想されているかと思いますが、あの方は健在ですよ」
「まあ、それは言われるまでも無いがな。ところで、何故姫さんを連れてきたんだ?」
その言葉と共に、ローゼミアの方へと視線を向ける。
こちらへと会釈を返した彼女であるが、抱えられている黄金のドラゴンは偉そうにふんぞり返っている様子だ。
まあ、事実として上位存在ではあるのだが、それならもう少し威厳のある運ばれ方をするべきではないだろうか。
「妾が連れてくるように伝えただけだ。ここに来る必要があったからの」
「おい、仮にも真龍の長が、こんな最前線に出てくるなよ。辛うじて拾った命だろうが」
「ドラグハルトはともかく、魔王は妾を消そうとは思わんさ。仕事が増えることになるからの」
だからといって、直接その意志を確認したわけではないだろうに。
まあ、自分の面倒を見られないドラゴンではないだろうから、あまり気にする必要も無いのだろうが。
「金龍王のことはともかくとして……お前さんなら、ジジイを倒す算段もあるかと思ったんだが」
「買い被りすぎですよ。それに……あの方は、クオンさんが戦うべきです。そうでしょう?」
「ははっ、良くわかってることだな」
実際、他の奴にジジイを倒されていては、不完全燃焼もいいところだった。
俺も、ジジイと相対せねばならない理由があるのだ。
アルトリウスの手で攻略されてしまっていては、どうしたものかと思っていた。
何にせよ、その懸念も解消された。ならば、後は俺の仕事だろう。
「それじゃあ、行ってくるとしよう。うちの連中は……」
「言われなくても、続々と集まってきてますよ」
ちらりと後方に視線を向ければ、確かに門下生たちがどんどんと集合してきているところであった。
どうやら、俺とジジイの戦いを見届ける気は満々らしい。
さて、こいつらの望むような立ち合いになるかは微妙なところだが――まあ、それでも多少は勉強になるだろう。
小さく苦笑を零してから、俺はゆっくりと開かれた門の方へと歩を進める。
巨大な門の先に広がっていたのは、宮殿の中庭のような庭園だった。
「……似合わねぇな」
「言うなよ、自覚はあるさ」
ぽつりと、口を突いて出た独り言。
その言葉に反応したのは、静寂に包まれた庭園の中央に立つ一人の男だった。
もっと多くのプレイヤーがこの場に集っているかと思っていたのだが――最早、このジジイに挑もうという気概を持つ者すらいないらしい。
まあ、アルトリウスの奴が遠慮していたという点も大きいだろうが。
「しかしまぁ、うちの連中をぞろぞろと連れてきやがって……この老いぼれを囲んで叩くか?」
「言ってろ、そういう戦いの方が得意なくせに。言うまでも無いだろう、クソジジイ……戦うのは俺だけだ」
餓狼丸の鯉口を切りながら、そう告げる。
対するジジイもまた、小さな笑みと共に天狼丸の柄に手を掛けた。
「それじゃあ、改めて言っておこう。単純な話だ――ここから先に進みたければ、この俺を下してみせろ」
「無論、そのために来た」
その言葉と共に、俺はゆっくりと餓狼丸を抜き放つ。
そしてジジイもまた、天狼丸の美しい刃を露わにした。
互いに、構は正眼。一分の隙も無く、僅かにすら揺らぐことのないその切っ先は、ただ静かに相手の姿を捉えている。
まるで、凍てつき固められたかのような空気。息をすることも億劫になるほどの緊迫感の中、俺とジジイは少しずつ互いの距離を詰めていく。
「……」
「――」
誰も、何も、一言すら発しないどころか、身じろぎ一つすることは無い。
この領域で、動くものは俺とジジイのみ。
少しずつ、少しずつ。僅かにすら重心を揺らがせることなく距離を詰め、互いの刃があと一歩で届き得る近さにまで接近し――
「――ああ、やはりか」
――俺とジジイは、同時に刀の切っ先を降ろした。
ジジイの顔に浮かべられているのは、喜びとも諦観ともつかぬ感情。
その表情のままに、ジジイは一歩、脇へと逸れた。
「お前の勝ちだ、先に行きな」
その一言に、周囲には困惑の声が湧き上がる。
その真意を理解できているのは、どうやら緋真と師範代たちだけであるようだ。
未熟を叱るべきか、このジジイの説明不足に呆れるべきか――だが、それに対する返答をするよりも早く、周囲に響き渡る声があった。
『――何をしているのですか、久遠源十郎』
「あん? 何だよ年増。言われた通り、門番だが?」
『ならば何故、戦ってもいないのに道を開けようとしているのです』
「約束した通りだろうがよ、『敗北するまでここで立ち塞がれ』ってな。負けたら道を開ける、テメェに言われた通りだ」
その声に、思わず顔を顰める。
聞き間違える筈もない。それは、他でもないマレウス・チェンバレンの声であった。
この場を観察していたらしい奴にとって、この展開はどうやら納得できないものであったらしい。
やれやれと言わんばかりに大仰に肩を竦めたジジイは、心底馬鹿にした声音で声を上げる。
「これだから素人は困る。自分で言ったことにも責任持てねぇのかよ?」
『無駄口は不要です。貴方が為すべきことを為しなさい。それとも、強引に戦いたいですか?』
「ったく、話の通じねぇババアだな」
深々と嘆息したジジイは、再び広場の中央へと戻ってくる。
どうやら、そう簡単には通してもらえないという状況のようだ。
「悪ぃな。お前も色々と言いたいことはあるだろうが」
「いや、いいさ。マレウスに言いたいことは直接言う。それに……直接剣を交えて、確認しておきたいこともあるからな」
「へぇ、そうかい。なら――最後の稽古だ、我が弟子よ」
天狼丸を再び掲げ、ジジイはそう宣言する。
肌を叩く、斬り裂かれるほどの鋭い剣気。
それを真っ向から浴びながら、俺は静かに餓狼丸の刃を構え直したのだった。





