966:到達点
書籍版マギカテクニカ13巻、1/19(月)に発売となります。
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上へ上へと昇っていたエレベーターが、ゆっくりと停止する。
時間を置かずして、正面に設置されていた扉がゆっくりと開き――目の前には、遮るもののない広大な風景が広がっていた。
遠景には黄昏に染まる空、そして目線の高さを流れてゆく雲。
足元は地面ではなく、輝く魔法陣によって形成された床。
ただひたすらに広いその景色の中央に、黒い男が空を見上げて立ち尽くしていた。
「……!」
その姿には、見覚えがある。
地面に倒れ伏した姿だけだったが、それを見間違えるはずもない。
大公級悪魔ヴァルフレア――直接戦うことのなかった怪物が、あの時の姿のままにこの場に存在していたのだ。
「――――」
ヴァルフレアは、ゆっくりとこちらへ振り返る。
だが、その瞳はどこか茫洋としていて、こちらに対する敵意どころか、大きな意志を感じ取ることはできなかった。
あの、肌を刺すほどの強大な気配が、このヴァルフレアからは感じ取れない。
力が無いというわけではないだろう。宿している魔力の強大さは、ドラグハルトと戦っていた時のそれよりは大きく劣るものの、それでも十分な量であると言える。
だが、それでも――目の前にいる相手は、間違いなくヴァルフレア当人ではないと、確信を持って言えた。
「先生、アイツは……」
「ヴァルフレアではある、が……本体ではないだろうな」
本物の大公と同じレベルの存在をあっさりと配置できるのであれば、アイツらも出現するのにあそこまで苦労していないだろう。
あのヴァルフレアは完全なる再現体ではなく、その能力の一部だけを再現した存在であると考えるべきだろう。
無論のこと、ほんの一部であったとしても、ヴァルフレアという存在そのものが危険であると言えるのだが。
「全員、黒い炎に気を付けろ。呪いの炎には触れるなよ」
ヴァルフレアの肉体から漏れ出るように吹き上がる、あの黒い炎。
ドラグハルトすら完全には防げなかったそれは、俺たちには到底耐えられない力を持っているだろう。
消すことも難しいだろうし、触れぬように注意しなくてはなるまい。
俺たちが刀の柄に手を掛けた瞬間、ヴァルフレアはゆっくりと腕を持ち上げる。
ただそれだけで、相手を押し潰さんとするほどの殺意がこちらへと叩きつけられた。
「――加減は要らん、全力で当たれ!」
その殺気に反応し、全員が武器を抜いて散開した。
まず走り出したのはセイラン。嵐の魔力を滾らせて、形成した雷の槍をヴァルフレアへと向けて放つ。
初撃を強化する《一番槍》の効果。しかし、ヴァルフレアはその一撃をまるで意に介した様子もなく、無防備に受け止めて見せた。
「……無視できるほどの耐久力か」
セイランの攻撃力は十分に高い。
にもかかわらず、まともにダメージは通らなかった。
どうやら本当に、全てを出し尽くさなければならない相手であるようだ。
「貪り喰らえ――『餓狼丸』ッ!」
歩法――烈震。
成長武器を解放、溢れ出た黒い靄を纏いながら、ヴァルフレアへと向けて一気に駆ける。
その俺の姿を捉え、ヴァルフレアはまっすぐと右手の手刀を振り下ろした。
刹那――溢れ出した黒い魔力が、炎となってこちらに襲い掛かってくる。
「ッ……!」
咄嗟に、横へと回避。
駆け抜けていく黒い炎は、幸い仲間たちには命中しなかったようだ。
だが、あの力はシリウスでも危険だろう。《不毀》で防げるものでもないだろうし、鈍重なため回避も難しい。
相手が人間形態でいるならば、シリウスは前に出さずに《不毀の絶剣》を狙うべきか。
「ベルっ!」
『――《軍勢の守り手》!』
味方全体の防御力を向上させる、ベルのスキル。
レイド全体に対しても影響を及ぼす規格外のスキルであるのだが、果たしてこのヴァルフレアの火力相手にどこまで意味があるか。
あまり過信はせずに、ヴァルフレアの攻撃には確実に対処していくべきだろう。
「【絶技・三位一体】!」
魔法による強化に加え、【三位一体】を発動する。
セイランの初撃を無視できるほどの耐久力であるならば、並大抵の攻撃では通じまい。
このまま、限界まで攻撃力を引き上げていかなければ。
攻撃を回避した俺に対し、ヴァルフレアは視線で追いながらその左手を向けてくる。
咄嗟に鎖を発現し、俺はすぐさまその射線上から逃れた。
(まともに攻撃を当てられた試しがない、が――)
散開したことで、包囲するような形でヴァルフレアへと距離を詰められている。
真っ先に近づいた俺へと注意が向いているが――そのおかげで、他のメンバーは接近できたようだ。
「――っ」
まず一つ、姿を隠して接近したアリスの一撃がヴァルフレアの首筋へと突き刺さる。
防御力を無視して相手に届く短剣の一撃。
しかし、ヴァルフレアはまともにダメージを受けた様子もなく、アリスを無造作に振り払った。
まともに殴り合える相手ではないと判断し、アリスも即座に身を引く。
きっちりと赤い刻印は首筋に残していったが――ますますもって、まともに攻撃が通じる相手ではなさそうだ。
「――『紅蓮舞姫・灼花繚乱』!」
発動時間に制限のない緋真は、躊躇うことなく紅蓮舞姫を完全解放する。
燃え上がる紅蓮の炎が緋真の身を包み、炎の羽織を纏いながらヴァルフレアへと向けて突撃する。
掬い上げるように放つは、篝神楽の竜爪。龍王のそれに等しき炎の爪は、脇腹からヴァルフレアへと襲い掛かり――黒い炎を纏う腕が、その一撃を振り払った。
どうやら、ヴァルフレアも今の一撃は無視できるものではなかったらしい。
そして同時に、炎を喰らった篝神楽の一閃すら、ヴァルフレアにとっては容易く払える程度のものでしか無いようだ。
「しッ!」
その火の粉の中を潜り抜けると共に、俺はヴァルフレアの太腿へと餓狼丸の刃を振り下ろした。
膨大な生命力を持つヴァルフレアのHPを啜り、餓狼丸は急速に黒く染まってゆく。
そして、【三位一体】によってそれ自体の威力を底上げした一閃は、ヴァルフレアの体へとわずかに傷をつけた。
少しずつであろうとダメージを与えたことにより、【三位一体】の威力は上昇していく。
可能であればヴァルフレアに張り付き、攻撃を繰り返して威力を上げていくべきだろう。
尤も――
「これではな……!」
収束する魔力。その気配を察知して、俺は咄嗟に距離を取る。
次の瞬間、ヴァルフレアの周囲には爆ぜるように黒い炎が燃え上がった。
その効果範囲から退避して餓狼丸を構え直し、俺は静かにその姿を観察する。
ここに至るまで、ヴァルフレアのことを一歩たりとも動かすことができていない。
これで弱体化しているというのだから、信じがたい強さであった。
(だが、切り札を全て切るにはまだ早い)
餓狼丸を完全解放し、その上で攻撃を届かせる。
その際に、最大限の火力を叩き込まなければならない。
同時に、それを成せるチャンスはそうそう多くはない。
そして、失敗すれば後も無くなる。乾坤一擲、その一撃をヴァルフレアの首へと叩き込まなければならない。
「シリウス!」
黒い炎で囲われていては、近寄ることもできない。
ならば、接近する必要が無い攻撃を使えば済む話だ。
幸い、接近していない状況ではシリウスにも十分に時間がある。
その間にチャージされていた《不毀の絶剣》は、黒い炎を薙ぎ払ってヴァルフレアの体へと到達する。
空間ごと相手を斬断するその一閃。鋭いその一撃は黒い炎を消し飛ばし――しかし、その中にいたヴァルフレアは体に傷をつけただけで健在であった。
果たして、直接攻撃が届いても殺し切れるものであるかどうか。
「だが、流石に無視しきれるもんじゃないか」
一筋の傷を受けたヴァルフレアの視線は、奥のシリウスへと向けられている。
だが、その攻撃を許すつもりはない。
コイツの相手は、あくまでも俺たちであるべきなのだから。
「そろそろ次の段階だ。一瞬たりとも気を抜くなよ」
餓狼丸の刀身は五割程度が黒く染まっている。
そのすべてが黒く染まるまで、ヴァルフレアの猛攻を凌ぎ切って見せるとしよう。





