961:歴戦の勇士
ここまでの戦闘で、バオウについてはある程度の傾向は見えてきている。
際立って厄介な点は防御力の高さ。頑強な鎧と、その下にある肉体。どちらを取っても、生半可な攻撃ではダメージを通すことができない。
それに加え、バオウ自身の技量もかなり高い。シリウスの《不毀の絶剣》を初見で見切るなど、俺ですら不可能だと言わざるを得ないだろう。
防御という面において、コイツ以上の魔物と戦った経験は恐らく存在しない。
能力、装備、技術――どれを取っても、一級品と呼ぶべき怪物だった。
(……せめてもの救いは、攻撃能力は際立っていないことぐらいか)
防御に秀でている一方で、攻撃能力自体は普通だ。
技術力は確かに高いし、攻撃力自体も高い。だが、特殊な点は魔法を破壊できる大剣ぐらいで、厄介な特殊能力を持っているわけではない。
公爵級相当の戦力と評価しつつも、今のところこちらは誰も脱落していないのはそれが理由だった。
今は再び、シリウスが正面を受け持っている。シリウスとバオウの戦いは、互いに防御に秀でているため千日手になるような相性だ。
時間を稼ぐという点に於いては、最適な割り当てであった。
「さて、どうしたもんかね」
ちまちまと攻撃を当てているので、少しずつではあるが削れてはいる。
しかしながら、それは本当に僅かずつのダメージだ。
このままでは、何時間にもわたって戦い続けることになってしまうだろう。
流石にそこまでは集中力が持たないし、どこかで脱落するメンバーが出てしまう。
前衛を担うシリウスにも負担が大きいだろう。
「ふぅ……やるしかないか」
深く息を吐きだして、餓狼丸を構えて集中する。
普通に相手をしていても、バオウを倒し切ることは困難だろう。
ダメージを通すために何よりも邪魔となっているのはこの鎧だ。
まずは、これを破壊しないことには勝負を決めることは難しい。
「――【絶技・三位一体】」
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
切り札を切り、地を蹴る。
シリウスとバオウが殴り合うその戦場は、ただそれだけでかなりの危険地帯だ。
その攻撃に巻き込まれれば一瞬で消し飛ぶことになるだろう。
そんな致死の嵐の中へ、俺は意識を研ぎ澄ませながら足を踏み入れる。
「――――ッ」
歩法――間碧。
シリウスとバオウ、二体の攻撃を読み取りながら、その攻撃が及ばない隙間へと身を潜り込ませる。
それと共に振るう刃はバオウの鎧の足首を捉え、その隙間から内部へと一撃を届かせた。
伝わる感触は実に硬いもの。しかし、生命力を吸収して染まり切った餓狼丸の攻撃力、そして三魔剣の奥義たるテクニックの力ならば、その刃を届かせることが可能だった。
強固な鱗に覆われた、頑強極まりない肉体であろうとも、今の餓狼丸ならば肉へと刃を届かせることができる。
「……!」
僅かにダメージを受けたことを察したのだろう、バオウの意識がこちらへと向けられる。
しかしその瞬間、大きく振るわれたシリウスの爪が襲い掛かり、バオウは咄嗟に大剣でガードして後方へと弾き飛ばされた。
シリウスが全力で戦う限り、バオウがこちらへと攻撃を向ける余裕は無いだろう。
尤も、その全力がいつまでも続けられるものであるとは考えない方がいいだろうが。
(シリウスも少なからず攻撃は受けている。ダメージがほとんどないのは《不毀》の効果を使っているからだ)
当然、《不毀》が発動すればMPは削られてしまう。
シリウスが戦い続けられるのは、このMPを全て削り取られるまでであると考えていいだろう。
ついでに言えば、攻撃系のスキルを使えばそれだけMPも消費してしまう。
シリウスの戦闘可能時間は、今こうしている間にもどんどんと削られて行ってしまうのだ。
それが残っている間に、こちらも攻撃の糸口を掴まなければ。
歩法――烈震。
シリウスと並ぶように、バオウへと向けて駆ける。
距離を空けたことで数多に飛来する強力な魔法、それらの集中砲火に晒されながら、しかしバオウは揺るぎもしない。
やはり、魔法を遮断するあの鎧がある限り、魔法でダメージを与えることは難しいのだろう。
その余波に隠れながら接近した俺は、再びバオウの足首へと向けて刃を走らせた。
「――《獄卒変生:黒縄熱鎖》」
それと共に種族スキルを発動、腕に黒い鎖を出現させる。
三魔剣の奥義である【三位一体】は、奪った相手の生命力、破壊した魔法の魔力を武器の攻撃力へと変換していく。
相手にダメージを与えれば与えるほど、餓狼丸の攻撃力は上昇していくのだ。
たとえ僅かずつであろうとも、傷は深くバオウの身へと刻み込まれてゆく。
「っと!」
シリウスの攻撃を受け止めがてらに足を動かし、こちらを蹴り飛ばそうとしてきたバオウ。
鎖の操作によってその攻撃を回避しつつ、距離を保って再び足首を斬りつける。
与えられるダメージが大きくないため、上昇する攻撃力もそれほど大きくはない。
だが、このテクニックの効果は発動を維持する限り続く。
塵も積もれば山となる。いずれは、馬鹿にならない威力にまで上昇することだろう。
『あなたも無茶をするものですね……!』
再び後方支援に戻っていたベルであるが、上空からはその魔法がバオウへと向けて降り注いでいる。
魔法の扱いは実に巧みで、バオウの防御の隙間を縫うようにして顔面にその攻撃を届かせていた。
現状、最も高いダメージを与えているのは彼女だろう。
バオウも上空のベルに苛立ちを覚えている様子ではあったが、しかしシリウスを無視できるわけでもない。
バオウにとっては厄介な相手であるだろう。
(……だが、上空に対する対抗手段が少なすぎる。まだ、何かしら隠してそうだな)
しかしまずは、その手札を晒させるまで追い詰めなくては始まらない。
少しずつ削るのも良いが、そこに至るまでにこちらが消耗しきってしまっては問題だ。
ならば、一気に詰めなければこちらが不利なままだろう。
「もう、一度!」
バオウが地を踏み締めるタイミングに合わせて、再び鎖を使って足首に接近。
振るう刃は、鎧の隙間から肉へと届き、先ほどよりもさらに深く刃を潜り込ませる。
噴き出た血は、鎧の隙間から飛沫となって赤い色を上塗りした。
結果、バオウの踏み込みは僅かに揺らぎ――シリウスの振るった腕が、バオウの大剣を大きく弾く。
そして、代わりに突き出された左の拳が、バオウの顔面へと突き刺さった。
衝撃に地が爆ぜ、五メートルほどもあるバオウの巨体が吹き飛ばされる。
巨人とも呼べるような体格を持つその怪物は、後方にある塔の壁面へと叩きつけられ――その膝を、地へと付けることとなった。
「畳みかけろ!」
いい一撃が入ったとはいえ、致命傷には程遠い。
スタンしている今、一気に攻撃を叩き込んでダメージを稼いでおかなければ。
上空で舞うルミナたち、そして地を駆ける我がクランの面々。
殺到した魔法はバオウの顔面を狙って叩きつけられ、そのHPを確かに削って見せた。
次いで、接近した前線メンバーが鎧の隙間を狙って攻撃を叩き込み――最後に突っ込んだ緋真が、炎の尾を引きながら鎧の内部へと刃を差し込み、叫んだ。
「――《臨界融点》ッ!」
それは、自らをも燃やす極大の熱量。
魔法を遮断する性質を持った鎧とて、その内部に直接叩き込まれれば防げるはずもない。
ましてや、その一撃は緋真にとっても最大限の火力。
極大の熱量が逃げ場のない鎧の中で爆ぜ、隙間から噴出した炎によって緋真自身が吹き飛ばされた。
尤も、その炎自体は篝神楽によって防いでいた様子であるが。
そして、鎧の内側から攻撃を受けたバオウは――
「オオオオオオオッ!!」
そのダメージに怯むことも無く再び立ち上がり、大剣を地へと叩きつける。
その刹那、広いこのエリアの地面全体に、奇妙な気配が伝播した。
それは――
「……そう、来るかよ」
地面の下から這い出してきたのは、無数の骨。
竜の姿をしたスケルトンたちは、その姿を現すなり即座にこちらへと向けて襲い掛かってきたのだった。





