960:黒竜騎士
戦端を開いたのは、いつも通りセイランの一撃だった。
《一番槍》のスキルによって大幅に強化されているその一撃は、並の魔物ならばそれだけで決着がつくほどの威力を持つ。
放たれたのは、眩く輝く紫電の槍。乾いた音を立てながら軌跡を描き、バオウに突き刺さったその一撃。
しかし、バオウはそれを、無造作に払った拳で打ち砕いてしまった。
(……こいつはヤバいな)
魔法で攻撃力を強化しながら、内心で警戒度を跳ね上げる。
牽制程度の攻撃であるとはいえ、スキルの乗ったセイランの魔法はかなり強力な一撃だった。
にもかかわらず、まるでダメージを与えられた気配が無い。
しかも、あの速度で飛翔した雷の槍を正確に迎撃するその技量。
素のスペックだけではなく、技術面からしても一級品の怪物であった。
歩法――縮地。
ある程度接近したところで、強く地を蹴ってスライドするように距離を詰める。
その瞬間、バオウはその大剣を翻し、足元を薙ぐように横薙ぎに刃を振り払った。
人間が相手であれば流水・浮羽で背後に回るところであるが、この規格外の膂力を相手にそれはリスクが高すぎる。
俺は体勢を低くし、攻撃の下に潜り込んだ。
「『生奪』」
そのまま足元に接近、鎧の継ぎ目から踵を狙う。
しかし、バオウは俺の接近に合わせて足を引き、次いでこちらを蹴り飛ばそうと足に力を込めた。
当然、そんな一撃を喰らえば耐えられるはずもない。
小さく舌打ちしつつ、俺はもう片方の足を陰にするように移動し、その一撃を回避した。
それと共にもう片方の足に一撃を加えるが――
「……硬いか」
鎧の隙間を狙ったものの、攻撃はほぼ通っていなかった。
今の感触からして、どうやら鎧の中にある肉体も頑強な鱗に覆われているらしい。
鎧の強度に加え、肉体そのものの強度も非常に高い。
どうやら、普通に攻めるだけではこいつを倒すことはできなさそうだ。
再び距離を開いて大剣で攻撃してこようとするバオウに、俺は仕切り直しのため一度距離を取ることとした。
そして――
「グルァアアアッ!」
それと入れ替わるように、シリウスが前に進み出た。
強大極まりないその膂力と重量を武器に、シリウスはその強靭な爪をバオウへと向けて叩きつける。
対し――バオウは、その一撃を大剣によって正面から受け止めて見せた。
「……!」
シリウスの重量と攻撃力、それを正面から受け止められるほどのパワー。
正直なところ、今のシリウスのそれを受け止められるのは公爵級悪魔クラスであると考えている。
物理に特化していれば侯爵級でも可能であるとは思うのだが、コイツはそのレベルの怪物であると考えた方がいいだろう。
ならば――
「――貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
様子見をしていれば、その間にこちらが狩られかねない。
一瞬たりとも油断はせず、そのすきを窺うしかないだろう。
唸りを上げる餓狼丸は周囲の生命力を吸い上げ、初めてバオウへとダメージを通すことになった。
当然ながら、バオウの警戒はこちらへと向けられ――しかし、次いで放たれたシリウスの爪を大剣によって迎撃する。
振りかざされる爪や尾を、しかしバオウは正確に迎撃してダメージを抑えていた。
(……余裕をもって迎撃しているとはいえ、シリウスは無視できるレベルではないか)
シリウスがバオウを釘付けにすると共に、他のメンバーもまたバオウへと向けて接近してゆく。
魔法の攻撃は既に集中してきているが、生憎と鎧に命中した攻撃はダメージが通っていない様子であった。
どうやら、物理的に頑丈なだけではなく、魔法に対する耐性も高い鎧であるらしい。
唯一ダメージが通っているのは顔面に命中した魔法であるが、バオウは巧みに立ち位置を調整しながらそのほとんどを回避していた。
「さて、どう攻めるべきか」
防御の硬い相手に対する攻撃は、普段は防御無視の攻撃を使用している。
しかしながら、俺の使える防御無視はあくまでもクリティカルが発生した時だけの効果だ。
鎧を相手に攻撃した場合はクリティカルが発生しないため、俺の防御無視は通じないことになる。
つまり、顔面や鎧の隙間を攻撃してクリティカルを発生させなければならないのだ。
「隙間を狙うか、鎧を剥がすか……その上から、叩き潰すか」
相手が巨大であるがゆえに、鎧の隙間を狙おうとしても足首と膝ぐらいしか狙えない。
まずはそこから崩すというのもアリだが、手っ取り早く行くにはシリウスの《不毀の絶剣》を叩き込むべきだろう。
尤も、今のこの状況ではそれをチャージすることも不可能であろうが。
「――ベル、シリウスと交代だ!」
『了解です!』
両腕から光の刃を伸ばし、ベルは上空からバオウへと向けて襲い掛かる。
対し、バオウは咄嗟に後退してその攻撃を回避し――そこに、ベルが準備していた光の魔法が突き刺さった。
また、上空ではルミナの召喚した精霊たちが、バオウへと向けて次々と魔法を放っている。
しかし、それらの大半を無視しながら、バオウは攻撃してきたベルへと向けて刃を振るう。
その大剣の一閃は、ベルの振るう光の刃に迎撃され――その光に、半ばまで食い込むこととなった。
『……クオン、あの敵の剣と鎧だけど、魔法破壊の効果があるみたいよ』
「ほとんど魔法が通じていないのはそういうことか」
思わず、小さく舌打ちを零す。
周囲から放たれる魔法のほとんどを無視しているのはそういう理由だろう。
しかも、剣にも魔法破壊の効果があるため、ベルの光の剣にもその力を発揮している。
ベルの魔法の威力が高いために完全破壊には至っていないようだが、決して楽観視もできないだろう。
ベルもそれを理解しているのか、光の刃の輝きを増して慎重に立ち回っている様子だった。
「あまり時間はかけられんか。シリウス!」
「グルルルッ!!」
一方で、シリウスも己の仕事は理解している。
ベルと交代したタイミングから尾に魔力を集中させ始めていたシリウスは、《不毀の絶剣》を放つ隙を窺っていた。
それに合わせ、俺もまた餓狼丸の刀身へと生命力を収束させる。
「《オーバーレンジ》、『呪命衝』!」
斬法――剛の型、穿牙。
渾身の刺突、それと共に放たれるは、黄金を纏いながら漆黒に伸びる槍の一撃。
中空を駆けたその一閃は、バオウの顔面へと向けて一瞬のうちに襲い掛かり――バオウは反射的に、それを腕でガードして見せた。
反応が遅れていれば目を穿っていただろう。何とも素早い反応であるが、おかげで一瞬とはいえ時間を稼ぐことはできた。
それに合わせる形でベルが後退し、シリウスは力強く踏み込んで魔力を昂らせる。
「ガアアアアアッ!!」
放たれる、銀の一閃。
空間を断ち割り敵ごと真っ二つにしようとするその一閃に――バオウは、驚くべきことに刃を合わせて見せた。
それは、俺がかつて《不毀の絶剣》を吸収した時と同じように。
不可視の一閃に対して完璧に合わせて見せたバオウは、強大な魔力の炸裂に弾き飛ばされ――けれど、鎧に一筋の傷をつけただけで、見事に《不毀の絶剣》の一撃を耐え切って見せた。
「こいつはまた、規格外の怪物だな」
クリーンヒットしていれば、大きなダメージを与えられただろう。
だが、下手に振るえば仲間を巻き込みかねない一撃だ。
どうしたところで、不意打ちで攻撃を叩き込むことはできないだろう。
つまり――
「地道に削っていくしかないってわけだ……上等だよ」
戦慄と共に笑みを浮かべ、餓狼丸を構え直す。
いかにして、この竜の巨人を斬るか――その道筋を、詰めていくこととしよう。





