952:群れである個
斬り落とした筈のツタや根。それらが再び牙を剥いてきた光景に、俺は顔を顰めながら餓狼丸の刃を走らせた。
相手は植物でありつつも、その形は蛇。どうやら、その生命力も相応のものであったようだ。
思わず舌打ちしつつ、こちらに噛みつこうと迫る切れ端たちを斬り伏せる。
「《奪命剣》」
幸いというべきか、個々の能力はかなり低い。
ほぼ素の状態ですら、一撃で倒し切ることが可能だった。
特に、《奪命剣》による攻撃はよく効いているらしく、一撃でも当てれば枯れ落ちて消滅する。
それは幸いではあったものの、やはりトネリュド本体への攻撃頻度が下がってしまうことは問題だった。
「――視野を制限する! 全員、意識を研ぎ澄ませろ!」
故に俺は、即座にハイリスク・ハイリターンの方針を選択した。
幸いなことに、この場にいるのは全て久遠神通流の高弟だ。
まあアリスは違うのだが、《超直感》を持っているため感知能力は引けを取らないだろう。
他の連中と共に組んだレイドであればこうもいかなかっただろうが、今ならばこの選択も可能なのだ。
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
斬法――剛の型、輪旋。
深く踏み込み、周囲へと向けて刃を大きく旋回させながら振るう。
餓狼丸が纏う闇は大きく押し広げられ、周囲一帯を【咆風呪】の闇で包み込んだ。
範囲内に存在する敵の生命力を吸収し続ける黒い闇。
本来であれば《蒐魂剣》と組み合わせて効果時間を伸ばしたいところではあるのだが、この魔物は生憎と魔法を使ってこない。
通常の効果で使用するほかないだろう。
「……やはり、これなら効くか」
闇に包まれたツタたちは、生命力を奪われて枯れ果てていく。
その代わりとして周囲が闇に閉ざされ、著しく視界が制限されてしまったわけだが――それでも、門下生たちは問題なく動き続け、トネリュドへの攻撃を続けている。
気配を捉える程度であれば、彼らにとっては容易いことだ。
しかし、状況が有利になったかと問われれば、それはまた別の話である。
周囲から迫る蛇の群れを気にする必要がなくなったというだけであり、トネリュドへとの有効打が得られたというわけではない。
しかも【咆風呪】の効果も永続するというわけではないため、早いうちに打開策を見出す必要がある。
(シリウスはまだ抑え込めてはいる。だが、いつまでも続くものでもない……早いところ、弱点を見出さんとな)
胸中で舌打ちしつつ、俺は再びトネリュドへと接近する。
シリウスが強引に抑え込んでいるため、奴は今も無茶苦茶に暴れている状況だ。
いずれは抜け出し、先ほどと同じく襲い掛かってくることだろう。
今は【咆風呪】が効いているため手数も少ないが、いずれは圧倒的な数の暴力で攻めてくるはずだ。
「――『呪命閃』」
斬法――剛の型、白輝。
強く踏み込み、渾身の力で黒く染まりつつある餓狼丸の刃を振り下ろす。
それと共に解き放たれた漆黒の刃は、ツタで構成されたトネリュドの体を深く斬り裂く。
弱点を攻撃しているわけではないため、それ自体のダメージは大きくは無いだろう。
しかし、《奪命剣》の刃はその斬り裂いた傷から、トネリュドを構成するツタの群れを枯れさせることに成功した。
(……やはり、《奪命剣》は効いているか。だが、【咆風呪】程度の吸収量では目に見えての効果は無いと)
とはいえ、枯れて減ったツタも、十秒程度で補修されて元通りになってしまう。
果たして、本当に効いているのかどうか――そんな不安とも呼べる考えが脳裏をよぎったその時、一人の気配がこちらへと駆け寄ってきた。
両手に持った刃が薄く光を放っているため、暗闇の中でもその正体はわかりやすい。
如何にしてかこちらを捉えて駆け寄ってきたのは、他でもない水蓮だった。
俺は暴れるトネリュドから距離を取りつつ、こちらへと走ってくる水蓮へと接近する。
「音声を繋げればよかっただろうに、近くにいたのか?」
「ええ、偶然にも。ところで師範、一つ確認したいことがあります」
「構わんが、何かわかったか?」
「師範は先ほども《奪命剣》のテクニックを使っていましたが、前よりも効果が上がっていませんか?」
そう問われ、僅かに黙考する。
言われてみれば確かに、先ほどテクニックを当てた時よりも明確に枯れている姿が見て取れた。
ああも見た目からわかりやすい効果が生じているのであれば、先ほど攻撃を当てた時に気づいていた筈だ。
だが、どうして今になって効果が上昇したのか――水蓮の口にする確認とは、その検証だろう。
「仮説はあるのか?」
「可能性が高いと思っているのは、師範の使用した【咆風呪】です。常に生命力を吸収され続けているからこそ、再生が間に合わなくなっているのかと」
「ふむ……しかし、【咆風呪】も長続きするわけじゃない。他にも《奪命剣》を覚えている奴はいるから、絶やさないようにすることは可能だろうが――」
「生憎と、師範ほどの攻撃力はありませんからね。ここまでの効果は期待できないかもしれません」
スキル、テクニックの性質はまちまちだが、そのダメージ量は使用者の攻撃力に依存することとなる。
他の門下生たちが【咆風呪】を使ったとしても、俺ほどの効果を発揮することはできないだろう。
無いよりはマシだろうが、それがトネリュドを追い詰めるに足るものであるかは疑問だった。
しかし、水蓮はそこに言葉を付け加える。こいつが考えていたのは、さらにその先であった。
「【咆風呪】を絶やさぬようにするのはその通りですが……他のスリップダメージでも同様の効果は見込めないでしょうか?」
「ほう? と言うと……『炎上』か?」
「そうですね。他にも能力があるならば使っておきたいところですが」
ぱっと思いつくのは、緋真が付与しやすい『炎上』、そしてダメージ量は極小だが効果時間の長い【命喰牙】だ。
後は――シリウスたちのスキルにも同様のタイプはあったか。
また、アリスも対象に『毒』を付与するスキルを持っているが、果たしてこれは通じるのかどうか。
本来、『炎上』を始め状態異常はボスに付与しづらい。だが、今俺たちが持っているのは、相手を強制的に状態異常にする小太刀だ。
この刃ならば、確実に敵を燃やすことができるだろう。
「どこまで効くかは分からんが、試す価値はありそうだな」
「では、『凍結』は使わぬようにして攻撃を続けていくとします」
「頼んだぞ。それなら……全員傾聴! スキルを持っている奴は、全員スリップダメージ系の状態異常、テクニックを優先的に使用しろ! シリウスとベルは《龍王気》だ!」
その言葉が響き渡った直後、周囲に強大な魔力の気配が伝播する。
真龍たちの持つ《龍王気》は、範囲内の敵に対してダメージを与え続ける効果を持っている。
これならば、相手の耐性は関係なくダメージを与えることができるだろう。
そして、早速水蓮が赤龍王の刃で斬りつけたのか、巨大な蛇の体が炎に包まれる。
普通ならば中々付与できないであろう状態異常も、龍王の武器ならばそれが可能だった。
「《奪命剣》――【命喰牙】」
そして俺もまた、左手に黒い短剣を生成する。
今展開している【咆風呪】の効果と比較すれば、あまりにも少ないダメージ量であるだろう。
しかし、微々たるものであろうとも、塵も積もれば山となる。
今この場においては、少しでもダメージを与え続けることが肝要なのだ。
「さて、どこまでコイツが通じるのか――試させて貰うとしようか!」
シリウスによる拘束も、そろそろ抜け出されつつある。
であれば、この新たな状況がどこまで効果を発揮するのか、次なる展開で確かめてみることとしよう。





