949:森の最奥
「なあ師範よぉ……アレ、放っておいていいのか?」
「……少し、悩みどころではあるんだよなぁ」
眉根を寄せた戦刃の言葉に、俺は嘆息交じりにそう答えた。
疲弊したプレイヤーの集団をやり過ごし、先へと進んでしばし。
先を進むこと自体は、問題なく行うことができている。
特に真新しい魔物が出現しているわけでもないため、対処に失敗するようなことも無い。
問題は――
「寄生虫……とすら呼べないですね。何をしたいのかよくわかりません」
冷たい視線で吐き捨てるユキは、その目を俺たちの後方へと向けている。
並んでいる門下生たちの陰に隠れて見えないが、その向こう側には先ほどのレイドのプレイヤーが存在していたのだ。
だが、彼らが全員そこにいるわけではない。俺たちに付いて来たのは、彼らのうちの一部であった。
「少しでも前に進んだ実績と……あとは情報が欲しい、といったところでしょうね。あわよくば、我々のメンバーに欠員が出た際に、隙間に潜り込もうとしているか」
「率直に言えば、無意味だな」
水蓮の推察を、俺は失笑と共に切り捨てた。
今のところ、出現する敵のパターンは変わっていないため、俺たちに付いて来たところで得られる情報はあまり多くはない。
まあ、ボスに関しての情報は別だろうが――結局のところ、このエリアで苦戦しているようではボスを倒すことも不可能だろう。
さらに言えば、欠員が出たところであの連中をうちのレイドに加えることはあり得ない。
足並みを揃えられないような連中を入れたところで、穴埋めどころか余計に穴が開くだけなのだから。
「ま、あの人数だけできてもボスは越えられんからな。勝手にすればいいさ」
「舐められねぇか?」
「自分で歩くこともできない連中がか? そいつはお笑い草だな」
プレイヤー全体からの俺たちの評価は、既に定まっているようなものだ。
今更少数の勢力が舐めてかかってきたところで、然したる意味はない。
むしろ、現実が見えていないことを喧伝するだけの結果に終わるだろう。
「そちらを気にかけていても仕方ない。俺たちは、先に進むことに集中するべきだ」
「ふむ……承知した」
俺の言葉に頷き、巌は再び前方の警戒に戻る。
キングバジリスクの相手は主に巌と打法の門下生たちの仕事だ。
前衛で戦ってくれるのはありがたい限りである。
「それで、緋真。ここのエリアのボスの情報は結局無いのか?」
「えっと……あ、見た目だけは共有されてますね。意外ですけど、蛇系じゃなくてトレント系みたいです」
「ここまで蛇ばっかりだったのに、急に木になるのか?」
流石に意外な事実に、思わず眼を瞬かせる。
最初の階層を含め、ドラゴンやら蛇やら、とにかく爬虫類に寄った出現パターンだったのだ。
それがまさか、ボスになった途端にトレントへと変わるとは。
「何か特殊な類なのか?」
「分からないです。戦闘の情報についてはほとんど出回ってないので。見た目の情報を出してきたプレイヤーも、開幕でほぼ全滅したみたいですね」
「それはつまり、初手で何かしら広範囲の奇襲を行ってくるということですかね?」
「そう、みたいですね。地面からの攻撃で後衛が全滅したとかなんとか」
「……いきなり後ろから狙ってくるのか。それはまた殺意が高いな」
前衛が前を押さえようとした瞬間に後ろから狙われるのだ。堪ったものではないだろう。
それは果たして、タンクのプレイヤーがヘイト集中のスキルを使う前に発生した攻撃なのかどうか。
ともあれ、防御の薄い後衛のプレイヤーであれば一撃で下せるレベルの攻撃が急に飛んでくることを、あらかじめ考慮に入れておいた方がいいだろう。
「今のところ、それぐらいしか情報が無いですね。でも、定期的にやってくるとは思っておいた方がいいと思います」
「だろうな。どのぐらいの頻度かはわからんが、一度きりとは思わない方がいいだろう」
「その情報があっただけでもありがたいですね。知らずとも対処はできるとは思いますが、心構えがあった方が楽ですし」
水蓮の言う通り、この話を知ってさえいれば、うちの連中なら対処を失敗することは無いだろう。
まあ、知らずに回避に失敗したとしてもこのレイドのメンバーは全員が前衛なので、普通に耐えることはできただろうが。
それでも、その回復の手間と消費を考えれば、それを回避できるというだけでもかなりの利点だった。
(……しかし、トレントか)
胸中でその情報を反芻し、目を細める。
ここまでずっと爬虫類の魔物で統一してきたというのに、ここにきて突然の別種。
まあ、完全に統一されていたかと言われれば、一部はそれに外れるタイプも存在してはいたのだが。
しかし、それでもボスモンスターがそのパターンから外れるという状況には少々違和感を覚える。
まだまだ隠されている情報は多いのだろうが――果たして、どのようなものが飛び出してくるのやら。
「覚悟は、しておいた方がいいだろうな」
誰にも聞こえぬように小さくそう呟き、俺は森の奥へと目を凝らす。
木々の合間からかすかに見える、巨大な樹木。
俺たちが向かうべき先は、恐らくその根元となるのだろう。
* * * * *
相変わらずこちらを削り取ろうと襲ってくる蛇系モンスターに対処しつつ、その先へと進む。
その最奥へと到達した俺たちが目にしたのは、木々の少ない開けた土地の中央に聳える、天を衝くような大木であった。
こうして離れた位置から見る限りでは、大きさこそ巨大であるものの、単なる植物にしか見えない。
こちらに対する意思も感じ取れないし、実に奇妙な存在であった。
「前のエリアだと中に入らないと出てこなかったのに、こいつはこの時点で姿が見えてるんだな」
「それは……そうですね。何ででしょう?」
緋真も特に思いつかなかったのか、言葉を詰まらせて首を傾げる。
単なる演出上の問題なのか、あるいは何かしらの仕掛けがあるのか。
わからないが、情報が無い以上は戦ってみるしかないだろう。
ちなみにであるが、ここまで付いて来た例のプレイヤーたちは、後方からの奇襲によってかなり数を減らしている。
むしろ俺たちに対する奇襲の受け皿となっていたため、逆にありがたいことになっていた。
それでも生き残っている辺り、多少は実力のある連中だったのだろう。
まあ、それだけ仕事をしてくれたのなら、ボスとの戦闘を見せるぐらいのサービスはしてもいいだろう。
「さてと……全員、準備はいいな?」
俺の問いに、その場に集う全員が武器を抜いて高く掲げる。
問いかけることすらも不要だった。この場に到達した時点で、俺たちはもう戦いの準備を終えている。
立ち塞がる怪物がいかなる存在であろうとも、俺たちはその先へと進むだけだ。
「ここは通過点だ。脱落していいような場所じゃない。全員、誰一人として欠けることなく、先へと進むぞ」
そして、俺もまた餓狼丸を掲げ、ゆっくりと前へ進み出る。
やがて、レイドのメンバー全てが広場の中へと足を踏み入れ――その領域は、障壁によって閉ざされた。
瞬間、中央に聳える巨木は、ざわざわと葉擦れの音を響かせながら鳴動を開始する。
そして、それとほぼ同時――足元から、蠢く気配を感じ取った。
「……ッ!」
咄嗟に跳躍、その場から跳び離れる。
その刹那、俺たちの足場からは鋭く尖った木の根が飛び出し、一瞬前までいた場所を正確に刺し貫いていった。
シリウスについては避けずにそのまま受けていたが、まあ問題は無いだろう。
「余すことなく全員か。大したもんだが――それだけじゃ、俺たちを仕留めるには不十分だ」
誰一人として攻撃を受けることなく捌き切り、ようやく本格的な戦闘を開始する。
さて、この蠢く巨木が果たしてどのようなボスなのか。
自分たちの手で確かめることとしよう。





