948:深き森
キングバジリスクを倒し、その先へと歩を進める。
正直、キングバジリスクについてはかなり面倒臭い相手である印象だった。
他に出現する蛇たちもそこそこ面倒ではあるのだが、状態異常に特化したキングバジリスクは、長期戦を余儀なくされるこのダンジョンにおいては面倒なことこの上ない。
下手に戦うと、直接攻撃を受けなくても大いに回復リソースを削られてしまうことになるだろう。
まあ、うちはルミナとベルがいるので状態異常の回復そのものは何とかなっているのだが。
だが、それ以外にも――
「……またか」
頭上から降ってきた影へと、俺はため息交じりに餓狼丸の刃を走らせる。
その一閃は、こちらの首を狙ってきた蛇の首を正確に捉え、斬り飛ばす。
何というか、このエリアはこちらを確実に削ることに注力しているように思える。
ダメージを受けながらもこちらに被害を及ぼしてくるキングバジリスクを筆頭に、木々の合間から遠距離攻撃を仕掛けてくる類や、こうして樹上や足元から奇襲を仕掛けてくる奴もいる。
鬱蒼としていて視界が悪い中でそのような攻撃を続けられるのは、中々に面倒が多いと言えるだろう。
「こうなると、巌たちの相性が良かったのは助かるな。キングバジリスクの被害は減らせるし」
「お兄様、私でも同じように被害を抑えてて戦えますよ?」
「分かってるよ、十分役に立ってくれているさ」
妙にアピールしてくるユキであるが、その言葉も決して偽りではない。
氷の魔法を併用する戦闘スタイルのユキは、飛び散ったバジリスクの血も凍てつかせて毒ガスを発生させずに戦うことができるのだ。
尤も、彼女の門下生も全員同じ属性を選んでいるというわけではないので、揃って相性がいいというわけではないのだが。
さらに言うと、ユキが戦っている間は火属性を扱う緋真や戦刃は戦闘が制限されてしまう。
そのため、どちらかというと巌の方が対応優先度は高く、二体以上出現したときにユキが担当するという状況となっていた。
「敵の出現頻度は結構多く、少しでもこちらを削り取ろうとしてくる構成か……」
「ヴァルフレアだと、もっと分かりやすく力押しって感じになるかと思ってました」
横から顔を出した緋真は、得意げな表情であったユキをじとりと見つめつつそう声を上げる。
その言葉には苦笑しつつ軽く小突き、頭を押さえる緋真へと告げた。
「あの僅かな会話からの印象でしかないが……ヴァルフレアは手段は問わないんだろう。どんな手を使ったとしても、最終的に勝者となったものが正義。それが、あの大公の考え方だ」
「それは……確かに、そうでしたね」
ヴァルフレアは、ドラグハルトとの戦いでそのように告げていた。
奴の奉じる弱肉強食とは、ただ強ければいいというものではない。
勝者となることに意味がある――それが、奴の考え方なのだろう。
であれば、このエリアの在り方にも納得はできる。どのような手を使ったとしても、勝てばいいのだ。
勝った者が全てを支配する。勝てば官軍負ければ賊軍――成程確かに、わかりやすい性質だと言えるだろう。
尤も、その原理に挑まなければならないこちらとしては、面倒なことこの上ないのだが。
「とにかく、消耗を押さえて戦うことを意識していればいいだけだ。奇襲に気を付けておけば、被害はかなり抑えられる」
「全員それができるのって、私たちだからこそって気がしますけどね」
「……そういえば、前に行った連中はどうなったんだかな?」
門下生たちは全員が気配の察知を習熟している。アリスは例外だが、そもそも《超直感》があるため気配察知には事欠かない。
だからこそ、この奇襲だらけのエリアでも問題なく歩むことができているのだ。
木々が疎らとなっている通行路は、前のエリアと同様にあまり分岐などは存在しない。
まあ、道自体が見づらいため、もしかしたら見逃しなどもあったかもしれないのだが、それでも今のところ道に迷うようなことは無い状況だ。
だがだからこそか、今のところ先に進んだレイドと遭遇するような様子はない。
果たして、彼らは順調に進んでいるのか。或いは、既に敗退してしまったのか。
――そんなことを話していたから、だろうか。
『クオン。噂をすれば何とやら、みたいよ』
「……あまり人の噂をするもんじゃないな」
軽く嘆息し、意識を広く拡散させる。
どうやらアリスの言葉通り、ここから先のエリアで結構な人数のプレイヤーが立ち止まっているらしい。
戦闘の気配は感じないし、恐らくは休憩中なのだろうが――このままいくと、接触することになりそうだ。
(あまり接触したいもんではないが……流石に、迂回も難しいからな)
草木の深いエリアに入って迂回すれば、スルーすることも不可能ではないだろう。
しかし、木々の密度が高く足元も覚束ないエリアでは、歩くこと自体のリスクが高すぎる。
ついでに、木々の密度が高すぎて武器も振るいづらくなってしまうだろう。
他のエリアならまだしも、大公ヴァルフレアのダンジョンでそのような行為はリスクが高い。
ここは大人しく、正面から接触するしかないだろう。
(レイドを組んできたのは、こういう意味でも幸いだったな)
もしパーティ単位で足を踏み入れていれば、もっと面倒な事態になっていたことだろう。
俺たちを自分たちのレイドに組み込もうとする可能性もあったかもしれない。
ここまで進むことができている、その実力と野心を甘く見るべきではないのだ。
ならばどうするべきか――逡巡し、取るべき行動を決める。
「戦刃、俺と共に来い」
「お? 了解だ」
俺の言葉に深く考えずに頷いた戦刃は、俺に並ぶようにしながら先頭を歩きだす。
俺がやろうとしていることを理解しているのかどうなのか……どちらにせよ、まあ、それはどちらでもいい話だ。
こいつはただ、こうして立っているだけでも役に立ってくれるのだから。
「なあ師範、前にいる連中のこと、どうするつもりだ?」
「相手の出方次第だな。だが、こちらが消耗する真似はしない」
「ま、そりゃそうだわな」
納得して頷いた戦刃を伴い、先へと進んでゆく。
程なくして目に入ったのは、少しだけ開けたエリアで、各々が散開しながら休んでいるレイドの姿であった。
別段、安全圏というわけでもなさそうなのだが、多少は視界も通っていて警戒も行いやすいのだろう。
尤も、それであれば一ヶ所に固まっていた方がいいだろうが。
「ちと数が減ってるか?」
「恐らくはな。全員がここまで無事に到達、とは行かなかったんだろうよ」
ざっと見た印象ではあるが、最初に見かけたときよりも人数は減っているように思える。
蘇生が間に合わずに死に戻ってしまったメンバーが存在するのだろう。
ダンジョンの構成上、犠牲者なしで進むことが困難であることは間違いないが――第二層の途中でこれでは、最深部に辿り着くことは困難だと言わざるを得ない。
この段階で脱落者が出ているのであれば、撤退すべき状況だろう。
尤も、こちらからそれを口出しするような義理はないのだが。
そんな彼らもこちらの姿に気づいたのか、地面に座り込んでいた者たちも立ち上がって視線を向けてきた。
「休憩中のところ悪いが、通らせて貰うぞ」
そんな彼らへと一声かけつつ、この広場へと足を踏み入れる。
彼らも俺たちが後ろにいたことは気づいていたし、いずれ追いつかれる可能性は考慮していただろう。
だが――流石に、俺たちを素通りさせることはできなかったようだ。
「すみません、あの……! か、回復アイテムを売っていただいてもいいでしょうか!?」
「分かっているだろうが、回復アイテムは貴重なんだ。売ることはできん」
このレイドに所属するプレイヤーの一人が、腰が引けた様子ながらもそう声をかけてくる。
俺と戦刃が威圧しているにもかかわらず、こうして声をかけられた根性は評価できるだろう。
だが生憎と、物品の取引を行うことはできない。それは、消耗を伴う支援となってしまうからだ。
しかし、先ほど声をかけてきたのとは別のプレイヤーが、苛立ち交じりに声を上げた。
「何でだよ、譲ってくれって言ってるんじゃない! 適正な……いや、割高でもいいから売ってくれてもいいだろ!?」
「あのな、こっちだって持ち込めているアイテムの数は限られているんだ。それを減らせば、その分だけこっちが不利になる。わかってるだろう?」
ヴァルフレアのダンジョンでなければそれもあったかもしれないが、流石にそうもいかない。
だが同時に、こいつらも切羽詰まっている状況であることは事実だろう。
ならば――消耗しない範囲で、やるしかないだろう。
「多少は手助けしてやるが、それ以上を求めてくるんじゃない……ベル、回復してやれ」
『……まあ良いでしょう』
ベルもあまり手助けをするつもりはなかったようだが、俺の指示には従ってくれた。
広げられた白い翼から放たれた光は周囲一帯へと伝播して、そこにいたプレイヤーたちのHPをことごとく回復する。
「これで多少は戦えるだろう。その間にとっとと撤退するんだな」
それだけ一方的に告げて、俺はさっさとこの先へと歩を進めたのだった。





