947:邪眼の蛇
キングバジリスクと呼ばれた、その魔物。
全体的なバランスとして見ると、胴が短く太い印象を受ける蛇だ。
だがそれでも、人間に巻き付き締め上げるには十分すぎるサイズがあるだろう。
しかし、最も注意するべきは、額についている第三の目だろう。
いつか戦ったヴェルンリードと同じ性質であるとするなら、あそこから放たれる光線に当たると状態異常にかかってしまう。
ルミナやベルがいるため対応できないわけではないのだが、それでも注意は必要だろう。
「全員、あの目からの光線には当たるなよ! 散開!」
俺の号令と共に、門下生たちはキングバジリスクを取り囲むように動き始める。
そして同時に、シリウスがその巨体を抑えるために正面から突進した。
対するキングバジリスクはその巨大な口を開き――牙の辺りから、赤茶色の液体を噴出させた。
それを浴びたシリウスの鱗からは白い煙が上がり、しかしそれも即座に修復させる。
(毒か、酸か……どっちにしろ面倒臭い攻撃をしやがって)
だがどちらにせよ、シリウスは状態異常に対する耐性も高い。
いかに強大な魔物といえども、その程度でシリウスの動きを止めることは不可能だ。
攻撃を物ともせずに接近したシリウスは、その両腕でキングバジリスクの体を捕えようとする。
しかし、寸胴な見た目とは裏腹の機敏な動きで、キングバジリスクはシリウスの攻撃を回避して見せた。
「――《練命剣》、【命輝一陣】」
その動きには若干驚きつつ、逃げた先へと生命力の刃を飛ばす。
木々を斬り裂きながら飛翔した黄金の刃は、狙い違わずキングバジリスクの胴へと命中し――しかし、表面の鱗を割る程度に留まった。
どうやら、今の俺の攻撃力でも、【命輝一陣】だけでダメージを与えられるほどではないらしい。
(攻撃力は最大限高めてはいるんだが……それでも素の防御力だけで受けきるか)
スキル、魔法を使って攻撃力を高めてはいるのだが、それでもこの程度にダメージを抑えられてしまっている。
ボスモンスターでないとはいえ、やはりこのダンジョンに出現する敵は容易い相手ではないようだ。
軽く嘆息を零しつつ、餓狼丸の切っ先をキングバジリスクへと向ける。
「――『呪命衝』」
斬法――剛の型、穿牙。
刀身に黒い闇が纏わりつき、その刺突と共に長大な槍へと変貌する。
黄金を纏いながら伸長した一閃は、先ほど付けた鱗の傷を正確に射抜き、肉体の内部にまで刃を侵入させた。
生命力を吸い上げる《奪命剣》のテクニックであるが、そのメリットは攻撃力とリーチの両立だ。
俺の一撃はキングバジリスクの身に穴を穿ち――その傷口から溢れた血は、地面に飛び散って毒々しい赤い煙を上げた。
「やはり、コイツの血は毒だ。浴びないように注意しろ!」
「また難しい注文だなぁ、師範!」
そうは言いながらも楽しげな様子の戦刃は、長大な刃に生命力の輝きを宿らせている。
確かに、【煌命閃】などのテクニックであれば多少は距離を放して攻撃することも可能だろう。
とはいえ、それでも返り血には注意しなければならないだろうが。
「ジャアアアッ!」
しかし、キングバジリスクはその場でとぐろを巻くかのように勢いよく回転した。
円を描くその動きは、周囲に集まった門下生たちを弾き飛ばす。
あのでかい図体で、中々に機敏な動きもできるようだ。
とはいえ――
「セイラン、動きを止めろ!」
「ケェエッ!」
他のメンバーが弾かれた瞬間、上空からセイランが攻撃を仕掛けた。
降り注ぐ雷の魔法は、味方が傍にいると使い辛かったが、このタイミングなら問題はあるまい。
乾いた音を立てて降り注いだ雷は次々とその体に突き刺さり――キングバジリスクの体を痺れさせ、動きを鈍らせた。
どうやら、『麻痺』の状態異常を発生させたようだ。
「――《練命剣》、【煌命閃】!」
斬法――剛の型、輪旋。
輝く生命力の刃が、大きく押し広げられてキングバジリスクの体へと突き刺さる。
その一閃は、鱗ごとキングバジリスクの身を斬り裂き、赤黒い血を溢れさせた。
飛び散った血は地面に広がり、刺激臭と共に煙を上げる。
これは――
「あまり傷つけすぎてもこちらが不利になるか」
煙を吸わないように息を止め、その場から距離を取る。
このまま傷をつけ続けていれば、周囲は血液から発生した毒ガスに充満されてしまうだろう。
それを意図した能力であるとすると、より厄介である。
それに加え――
「……チッ!」
感じた悪寒に、俺は咄嗟にその場から跳び離れた。
瞬間――鎌首をもたげたキングバジリスクが、こちらへと視線を向けてきた。
その刹那、額にある瞳が輝き、強大な魔力を収束させる。
放たれるのは、灰色に輝く光線。それは、俺が一瞬前までいた場所を正確に貫いた。
その瞬間、光が突き刺さった場所が灰色の石へと姿を変える。
石化の魔眼――命中すれば、こちらもただでは済まないだろう。
(俺の耐性で受けきれるか? 分からんが――まあ、受けないに越したことは無いな)
《再生者》のスキルのおかげで、状態異常にはそれなりに耐性がある。
しかし、これほど強力な状態異常効果に耐えられる自信はあまりなかった。
あの攻撃は受けないに越したことは無いだろう。
まあ、《蒐魂剣》で防げば何も問題は無いだろうが。
(今のでテンポは掴めたし、迎撃はできる)
魔力の収束から、光線を放つまでのタイミング。
今の一瞬でタイミングは掴めたし、対処することは可能だろう。
餓狼丸を構え直し、痺れから脱したキングバジリスクの巨体を見上げる。
傷をつけただけ、こちらが不利になっていくその性質。
しかし――
「――フン、破ぁッ!」
地を揺らす衝撃が、鈍い音となって響き渡る。
それは、力強く踏み込んだ巌による一撃。
叩きつけられた拳は、キングバジリスクの体内にまでその衝撃を浸透させた。
そしてそれだけでなく、赤龍王の爪によって作られたその篭手は、相手を強制的に『炎上』状態にする。
その打撃のダメージと共に、唐突に炎に巻かれたキングバジリスクは、混乱した様子で身をよじらせた。
「お前の攻撃なら、血は撒き散らさないな」
「であれば、こちらに任せてもらうとしようか!」
キングバジリスクに接近したままの巌は、不敵な笑みと共に拳の連打を叩き込む。
左の篭手と右の篭手、二つの属性の性質を持つ対の篭手は、相手の状態を『炎上』と『凍結』で交互に変更していく。
そのありえない状況に、キングバジリスクは混乱した様子で体を振るい、巌を押しのけようとする。
だが、受け流しの技術という点では水蓮にも引けを取らない巌は、その衝撃を華麗に受け流しながら拳を叩き込み続けた。
そして、巌の門下生たちもそれに続き、次々に重い打撃をキングバジリスクの胴へと打ち込んでゆく。
まるで、太鼓でも鳴らしているかのような踏み込みの音。鈍い打撃音が、キングバジリスクの体力を少しずつ削っていく。
「ジャアッ!」
「――《練命剣》、【命輝一陣】!」
魔力の収束、そして額の瞳が見開かれる気配。
その気配と同時、俺は生命力の刃をその第三の瞳へと叩きこんだ。
大したダメージにはなり得ないだろう。だが、それでも邪眼を止めることができれば問題はない。
顔面にダメージを受けた怪物は大きく仰け反るように動きを止め――
「その臓腑ごと、打ち砕かれよッ!」
――巌が放った渾身の一撃が、キングバジリスクの命脈を確実に断ち切ったのだった。





