942:ヴァルフレアのダンジョン
全員がデスペナルティの状態を脱したことを確認し、俺たちは早速レイドを組んでヴァルフレアのダンジョンへと挑戦することとした。
俺自身も緋真たちとは別パーティとなり、テイムモンスターたちを全て出現させた状態にする。
前回のエリアではベルを外に出してやれなかったため、今回は存分に活躍させてやるとしよう。
「そういえば、ベルのスキルはレイドに対しても効果があるんだったか?」
『ええ、《軍勢の守り手》の効果は味方全体に発揮されます』
洞窟の広さに合わせて半分以下のサイズに縮んだベルは、俺の問いに対してそう答える。
エインセルとの戦いでも大いにその効果を発揮してくれた《軍勢の守り手》は、消耗を抑えたい今回の戦いでは大きな力となってくれるだろう。
とはいえ――
「最初のうちは、そうそう出番は無いだろうがな」
「そうでもなければ、このダンジョンは越えられないでしょうね」
俺の言葉に、隣にいた水蓮が首肯する。
今回は門下生たちも共に戦うことになるわけだが――当然ながら、こいつらにも戦って貰わなければならない。
そして参戦する以上は、戦果を挙げることは必須だと言えるだろう。
まともに戦えないならば、そもそもここに付いて来ることを認めるべきではない。
この最初のエリアは、その試金石であるとも言えるだろう。
「アリスは索敵に、そしてシリウスは前線に出す。だが、今のところ手を出すのはそれだけだ」
「ええ、勿論です。露払い程度務められないのでは、意味がないですからね」
正直なところ俺たちも戦いたくはあるのだが、消耗無く戦えるのは俺とシリウスぐらいであるし、俺が前に出てしまうと馬鹿どもが無駄に張り切ってしまう。
というか他の連中がこぞって前に出たがるようになるため、混乱を抑えるためにも俺は後方で待機せざるを得なかった。
まあ、敵の数が増えてきたらその限りではないのだが、このダンジョンは個々が強い代わりに出現数はそこまで多くはない。
俺たちの出番が来るのはしばらく後になるだろう。
「そらテメェら、師範の前で情けねぇ戦いすんじゃねぇぞ!」
現在、最前線に立っているのは戦刃と巌だ。
大型の敵には戦刃たちが、そして人型の敵には巌たちがいい仕事をしてくれるだろう。
危険になったとしてもシリウスがいるため、すぐに緊急避難をすることは可能だ。
このダンジョンの敵が強力であるとはいえ、そうそう問題が発生することは無い。
「水蓮、ユキ」
「ええ、我々は挟撃や奇襲の警戒を」
「お兄様たちの元へは、一匹たりとも通しはしません」
「別に多少は通してくれてもいいんだがな」
対応力に優れる水蓮たちは奇襲への警戒。
このダンジョンは中々に殺意が高く、油断していると容赦なく囲んで殴ってくるらしい。
まあ、元より大人数での攻略を想定しているエリアのようであるし、そうでもなければ楽な戦いになってしまうだろう。
門下生たちに指示を出しに行った水蓮たちを見送り、改めて前方へと意識を向ける。
「何か、こういう風な戦い方になるのも久しぶりですね?」
「レイドでの挑戦そのものが少なかったからなぁ。特に、俺たちが前に出ないってのも珍しいが」
アルトリウスたちと組んだ場合、俺たちは鉄砲玉になることが多かった。
俺たちが敵陣を斬り開いて、そこをアルトリウスたちが押し広げる戦い方の方が効率が良かったからだ。
その点、こいつらは全員が俺と同じ戦い方であるため、そういった戦略はそこまで効率的ではない。
制圧よりも殲滅――そういう戦い方だ。
「ルミナには悪いが――」
「大丈夫ですよ、お父様。こうして見ていることも勉強になりますから」
「……まあ、そうだな。薙刀の扱いについては特に学べるだろう」
我がクランのメンバーであるが、揃いも揃ってアタッカーの構成であるため、補助ができる人間はあまり多くない。
できなくはないが、回復アイテムの方が効率が良いぐらいだ。
そのため、今回もルミナには回復役としての仕事をしてもらうことになってしまう。
それに関しては少し申し訳なかったのだが、当の本人はそれほど気にしてはいないようだった。
本人の言う通り、ユキの戦い方をよく見て、学んでいるようである。
「それで、出現してる敵ですけど……」
「ふむ。結構面白そうな相手ではあるんだよな」
ダンジョンに足を踏み入れて少ししか経っていないのだが、エネミーは早速その姿を現していた。
出現したのは、グレーの鱗を持つリザードマンたちだ。
ごつごつとした鱗に身を包んだ怪物たちは、その手に剣と盾を装備してこちらへと襲い掛かってきている。
まあ、武器を持つ相手に対する対処など、久遠神通流にとっては朝飯前のシチュエーションだ。
苦戦することなく対処はできているようだが――
「最初に出てきた割には、結構動けてるんだよな」
単体の戦闘能力で言えば、第四のエリアで最初に出てきた敵よりも弱いだろう。
だが、こいつらは集団戦に優れているようだ。
リザードマン系に共通した印象ではあるが、互いの隙を埋めるような形で連携を行っている。
尤も、こちらも相応に数がいるのだ。一対一を心掛けるように分散すれば、対処に困るような相手でもない。
予想通り、戦刃たちは安定してリザードマンたちの対処に成功していた。
「しばらくは問題なさそうだが……確かに、パーティ単位だと骨が折れただろうな」
「レイド規模だと大した数じゃないですけど、パーティだとすぐに対処できる数じゃないですね」
気配を感じて視線を向ければ、早速ユキたちの方にもリザードマンが現れたようだ。
パーティで探索を行っていた場合、前方の敵を片付け切れていないタイミングだろうし、後ろから追加されるのは中々に難しい。
最初からこれなら敵の強さも十分だろうし、予想通り歯ごたえのあるダンジョンのようだ。
「おうおう、何だトカゲ共! 聞いてた話より大したことねぇじゃねぇか!」
まあ、複数が相手でも戦刃の相手にはならないだろうが。
愉快そうに笑いながら大太刀をを振るう戦刃は、その一刀を以って頑強な鱗に包まれたリザードマンの体を両断している。
その手に握られているのは、フィノによって鍛造された龍王の爪による一振りだ。
性能については俺の持っている『焔王』と同じものであり、その所有権も俺のもののままである。
フィノによって製造された龍王の爪シリーズの武器は、レンタル契約によって師範代たちに貸与されている状態なのだ。
「装備の耐久回復アイテムも持ち込んだとはいえ、遠慮なく使うもんだなあいつ」
「試運転にはちょうどいい相手ですし、いいんじゃないですか? 他の皆さんも使ってますし」
大太刀、対小太刀、薙刀、篭手――師範代たちが使うことを想定して準備した、龍王の装備。
準備には時間がかかったが、ようやくこうして日の目を浴びることができたわけだ。
これらはあいつら個人の持ち物ではなく、久遠神通流の資産として保有している。
俺の許可が無ければ使えないし装備もできないが、今回使わなければそれ以降の出番などそうそう無いだろう。
貴重な装備とはいえ、使わなければ意味がない。破損しない程度に使わせておくべきだ。
「テンション上がっちまってまぁ……新しい玩具を買って貰ったガキか」
呆れと共に苦笑を零しつつ、その活躍を眺める。
龍王の装備はかなり強力であり、大公のダンジョンが相手でもその威力に不足などあるはずがない。
もとより、師範代たちの技量は俺も認めるところだ。その業を以って振るわれるなら、あの武器たちも存分に性能を発揮することができるだろう。
師範代たちの活躍もあり、最初に遭遇した魔物たちは容易く対処が完了した。
この調子ならば、とりあえずこの第一層については問題ないだろう。
対処に困ることがあるとすれば――
(……ここのボスぐらいか。その時は、流石に手を出すとするかね)
露払いをさせているとはいえ、いつまでも見ているだけというのもつまらない。
その時になれば、俺たちも存分に戦わせて貰うこととしよう。





