940:次なる目標へ
思いがけず未来の話を耳にして、色々と考えさせられることになった。
正直なところ、俺はあまりそういったことは考えていない。
考慮していないというわけではないのだが、なるようになるだろうし、その場に応じて考えればいいと思っているからだ。
だからこそ、野心とはいえああやって未来へ向けて歩いている人間がいると、少しだけ胸がすくような思いがする。
あれは、俺にはできないことだ。
「……相変わらずね、彼」
「そういえば、知り合いだったのか」
「知り合いというか、顔見知りというか……まあ、たまに彼から仕事の依頼を受けることがあった程度よ」
俺の問いに、アリスは軽く肩を竦めてそう返す。
アリスは俺たちのパーティに加わるよりも前、個人でPKKとして活動していた。
その頃に、依頼として暗殺を行っていたことがあったということだろう。
そう聞くとゲームの中とは思えないような経歴であるが、実際彼女はそのように活動していたのだから他に言いようもない。
まあ、アリスとしてもそういうスタイルを楽しんでいたのだから、それはそれで良いのだろう。
「要するに、名を上げたいってことですよね。ダンジョン一個でそこまで言えるかどうかは微妙ですけど」
「分からんぞ? 今は尻込みして攻略から遠ざかっている連中も少なくはないからな」
箱庭計画の一般周知を経て、プレイヤーの間にも少なくない混乱が生じている。
それ自体は仕方のない話だ。起こってしかるべき混乱であると言えるだろう。
だが逆に、それを好機であると捉えている者もいる。皐月森はその筆頭だろう。
「ある程度の人間が逃げた中、それでも立ち向かったって事実は、ただそれだけでも実績になりうる。それだけなら酒の席で自慢する程度の話だが……明確な実績を残し、尚且つ頂点に立つ人間にもその実績を認められたのなら――彼も、間違いなく英雄になれるだろうさ」
「格落ちはするかもしれないけど……でも、関わらなかった連中を黙らせられる程度の実績ではあるわよね」
「そう考えれば、動いているだけでも比較にならない程マシだ。マレウスとの戦いの戦線に加わってくれているんだからな」
別段、戦いから離れた人間を罵るつもりはない。
元より、彼らは戦う人間ではなかったということだからだ。
戦いたくないのならばそれでいい。それらは守られるべき人間だからだ。
戦うことは、戦う人間に任せておけばいい――そして、戦うことを選んだ人間を、俺は決して否定はしない。
「そう考えると……『剣聖連合』は、最終的にどこを目指しているんでしょうね?」
「さてな。明確なビジョンがあるのかどうかは知らないが、あるのであれば大したもんだ」
果たして、彼の野心がどの程度のものであるのかどうか。
もしそれが、自分の国を作り上げるほどのものであるなら大したものだが――その先で、こちら側と衝突しないことを祈るばかりだ。
まあ、実際にそのようなことが起こるとしても遥か未来の話だろう。
果たして、俺たちの代だけで成し遂げられるようなことであるかも分からないところだ。
それほどまでに未来の話を語れるのなら、むしろ良いことであるかもしれない。
「まあ、『剣聖連合』の実力はそこまで詳しく知っているわけではないから、上手く行くかどうかもわからんけどな。だが、別に期待しても損はしないだろうさ」
「成功は歓迎するし、失敗してもカバーできる、って感じですか」
「今のところはな。予断は許さないが、逼迫している程ではない。多少の余裕はあるうちに、任せておけばいいのさ」
皐月森の戦いについては期待しておくとして――思いがけず行き先が決定したことだし、方針を考えておくべきだろう。
俺たちがこれから向かうべき先はヴァルフレアのダンジョンだ。
一応、概要程度は話を聞いているが、果たしてどのような場所なのか。
出発はまだだが、確認しておくべきだろう。
「さて緋真、ヴァルフレアのダンジョンの情報は増えて来てるか?」
「まあ、はい。割とわかりやすいダンジョンアタックなので、挑戦者はそれなりに増えてるみたいですよ。とはいえ、あんまり進めてもいないみたいですけど」
ヴァルフレアのダンジョンは、正統派のダンジョンアタックであると言える。
洞窟風の見た目であり、どんどんと下に潜っていくような形となるらしい。
問題となるのは、純粋に出現する敵が強力であるという点だ。
他には何か制限やギミックがあるわけではなく、ただ純粋に敵が強く、ただ単純に進むことが難しい。
ヴァルフレアについては最後に少しだけ言葉を聞いた程度であるが、何となく性格とも合致しているように思える。
ただひたすらに強い、人類の脅威と呼ぶべきモノ。その在り方を体現したかのような存在だった。
「各層にボスがいて、ボスを倒すと先に進めるようになる仕組みですね。挑み方にも特に制限はなく、別にパーティだろうがレイドだろうが何でもいいみたいです」
「それは……珍しいわね。普通は何かしらの制限かペナルティがかかるのに」
通常、一度にボスに挑めるプレイヤーの数には制限がかかるものだ。
だというのに、レイドにすら制限もかからないのか。
ヴァルフレアのダンジョンは、それほどの難易度ということなのだろう。
「ふむ……逆に言うと、大人数での攻略を前提にしているってことか?」
「敵のサイズも基本的に大きいですし、あり得ると思いますよ」
「挑戦的というか何というか……まあ、それならあいつらを待ってもいいだろうな」
レイド前提での戦いとなると、実際にかなりの難易度となるだろう。
それにパーティだけで戦うのはかなりリスクが高い挑戦となるはずだ。
別段、それで進めなくなるということはないだろうが――あまり余裕があるわけでもない。
できることがあるなら、しっかりと対策をしていくべきだろう。
「門下生の皆さんと一緒に挑むんですか?」
「人数の制限がかかってないなら、それも悪くないだろう。あいつらなら戦力としても申し分ない」
「私が言うのもなんですけど、スタイルがかなり偏りませんかね?」
まあ、どいつもこいつもアタッカーであることは否定できない。
サポーターとして動ける人間がほとんどいないことは問題かもしれないが、戦えないということはないだろう。
とりあえず、回復アイテムは豊富に準備していくべきか。
ダンジョンの外で露店を開いている『エレノア商会』に顔を出しておくかと考えたちょうどその時、愉快な笑い声がこちらへと響いてきた。
「いやぁ、負けた負けた! 何だよありゃ! ハハハハッ!」
「戦刃、戻ってきたか」
「応よ! いやぁ、まさか先代と戦えるとはなぁ!」
どうやら、戦刃はあのジジイの偽物に敗れて戻ってきたらしい。
あそこまで行けたことを驚くべきか、感心するべきか。
まあ、『唯我』を使えないとはいえ、流石にジジイを相手にするのはまだ早かったか。
「他の連中はどうした?」
「情報は伝えておいたから、全員あの先代と戦ってみてるんじゃねぇか? で、師範は勝ったのか?」
「流石に勝ったさ。『唯我』を使えないジジイに後れを取るわけにはいかんだろ」
こちとら、完全な状態のジジイに勝っているし、これから勝たなければならないのだから。
流石に、あの状態のジジイに負けるわけにはいかないのだ。
「ああ……あの先代、『唯我』は使ってないのか。それであの強さかよ……」
「本物はあんなレベルじゃないからな。それより、まだあのエリアに挑むつもりか?」
「クリアしちまったんだっけか? けどなぁ、あんなのに挑む機会はそうそう無いからよ」
「そうか。次に挑むところがどうもレイドを推奨しているみたいでな、どうせだから総出で挑もうかと思ったんだが」
そんな俺の言葉に、戦刃はぴたりと動きを止める。
信じがたいというように目を見開き、こちらを見つめ――冗談を言っているわけではないことを察したのか、その表情を喜悦の色へと変えた。
「おいおい、そいつは話が別だ! 師範と肩を並べて挑むなら全員来るに決まってるだろ!」
「……ジジイとやりあうのも別に悪くはないと思うんだがな」
見取り稽古になることを否定はしないが、そこまで興奮するほどだろうか。
思わず苦笑を零しつつ、他の門下生たちへと伝えに行く戦刃の背中を見送ったのだった。





