939:真実を知った者たち
クラン、『剣聖連合』――そのクランマスターである皐月森。
元々、『剣聖連合』はかなり優秀なクランだ。構成されているメンバーは実力者が揃っており、これまでのワールドクエストにおいても優秀な成績を残している。
だが一方で、あまり目立ってはいない。それは偏に、『キャメロット』の存在があるからだろう。
アルトリウスが並外れて優秀であるがゆえに、一般人基準で優秀なレベルに収まっている彼らが目立ちづらくなっているのだ。
とはいえ、役に立っていないわけではないし、その実力は十分に評価に値する。
縁の下の力持ち――『剣聖連合』の印象は、そんな状態であった。
「珍しいな。あまり、直接話したことはなかったと思うが」
「こっちも、ちょっと反発心があってな……とはいえ、今はそうも言ってられないだろう?」
「まあ、状況が変わってきているってのはその通りだな」
皐月森の言葉に、軽く肩を竦めてそう返す。
世界は大きく変わりつつある。その変化は不可逆であり、かつ大規模なものだ。
その状況下では、あまり個人的な感情にこだわってもいられないということだろう。
「それで、どういう話だ?」
「ああ、別に直接的に攻略の話を聞こうってわけじゃない。流石に、それは聞けないからな」
どうやら、完全にプライドを捨てるというわけでもないようだが。
さて、それであれば何を聞こうというのか。
聞く姿勢を取った俺に、皐月森は軽く頭を下げつつ言葉を続けた。
「俺が聞きたいのは、これから先の話さ」
「先って言うと? また抽象的な話だな」
「ああ、悪い。先というか未来というか……例の移住の後の話さ」
その質問は流石に予想しておらず、思わず目を見開く。
確かに、戦いは最終局面に入ってきているとはいえ、まさかそれに関する質問をされるとは思わなかったのだ。
「おいおい、皮算用どころの話じゃないぞ?」
「分かってるさ。だけど、そう遠い未来の話ってわけでもないだろう?」
「それは……まあ、その通りではあるが」
実際のところ、最終決戦は目前まで迫ってきている。
それを乗り越えることができれば、あとは移住を阻むものは存在しないだろう。
マレウスが再び手出しをしてくるならば話は別だが――そのような無粋な真似はしないと考えられる。
「とにかく、戦いに勝ったなら、近いうちにここへ移住してくることになるわけだよな?」
「ああ、それはそうだな。それが目的なんだから」
「だよな。俺が話したいのは、その後にどうなるのかってことさ」
皐月森の言葉に、思わず首を傾げる。
確かに、多少考えることはあったが、具体的なことは何もしていない。
マレウスを倒した、その先の話――俺にとってはマレウスを倒すことが最重要課題であって、その先のことはあまり考えていなかったのだ。
「その後というと?」
「単純に言えば、最も影響力を持つのは『キャメロット』だよな」
「……それは、そうだろうな」
アルトリウスは、立場からしても実績からしても、この箱庭において非常に高い影響力を持つことだろう。
まあ、実際はエレノアがいるのでトップであるかと聞かれると微妙なのだが。
だが、表立っての代表という意味では、間違いなくアルトリウスが頂点だろう。
「だけどさ、あいつらはあの聖女様の居場所を拠点にするよな?」
「ふむ……そうだな」
この箱庭に移住した際、異邦人たちがどこを拠点にするのかという問題はある。
その点に於いて、アルトリウスは間違いなくアドミス聖王国を拠点とすることだろう。
あの姫さんもまんざらではないだろうし、エレノアもそれを前提として影響力を伸ばしている。
完成しつつある聖都はほぼ大半が『エレノア商会』の作であるし、あの地を拠点にすることはまず間違いないだろう。
「だけど、全ての移住者が聖王国に入れるわけじゃない。それなら、残りはどうなる?」
「順当に考えれば、北の地を開拓することになるだろうな」
「ああ、俺もそう思ってたんだ」
他の国に住むという選択肢も無くはないのだが、生憎と他の国はそこまで壊滅的な被害を受けたわけではない。
移住者を受け入れる余地も無くはないだろうが、そこまで大きくはないのだ。
であれば、悪魔によってほぼ滅ぼされている北の地に、人々が住める場所を作り上げるのが順当な流れだろう。
そこまでは俺も想像できるし、流れとして一度は考えたことのある話だ。
しかし、皐月森はそれを持ち出して何を言いたいのか。
その疑問は、次の言葉で氷解することになった。
「なら、それを先導できる人間は誰がいる?」
「……そういうことか」
北の地の開拓は必須になるだろう。しかし、それを旗振りできる人間は今のところ存在していないように思える。
流石のアルトリウスも聖王国での対応が忙しくなるだろうし、エレノアとて直接手出しできる余裕があるとは思えない。
戦が終われば俺は暇かもしれんが、流石にそんな仕事は向いていないにも程があるだろう。
「つまり、お前さんはその役目をやりたいってことか?」
「率直に言えばそうだな。だけどそのためには、相応の影響力が必要だろう?」
野心と言えば、その通りだろう。
だが、アルトリウスたちの立場を脅かそうとしているものではないため、こちらも特に文句はない――というか、支援しても損はない話だ。
実際、人が増えすぎて混乱が生じるよりは、最初からそちらを進められる人間を準備していた方が効率はいいだろう。
「影響力ねぇ。つまり、この戦いで活躍したいって?」
「魔王との戦いを制した奴は、つまり人類を救った存在ってことだ。英雄と呼んでも過言じゃないだろ?」
「……そうかもしれんな」
実際にそう呼ばれている身からすると微妙な感覚ではあったが。
だが皐月森の言う通り、マレウスを倒し移住を完遂させた者は、俺たちの世界の人類を救った存在となるだろう。
英雄と呼ぶことも、大袈裟であるとは言い難い。
「とはいえ、流石にあんたを出し抜けるとも思ってない。けど、最後に至るまでに実績を積み上げることぐらいはできる」
「野心があるのか謙虚なのか……まあ要するに、そっちもマレウスに至るまでに活躍したいってことだろう?」
「まあ、言ってしまえばその通りなんだけどな」
別に、俺を出し抜いてジジイやマレウスを倒したいと言っても文句を言うつもりはないのだが。
尤も、皐月森が実力者であると言っても、それが現実的に可能であるとは思えなかったが。
流石に、ジジイは理解の外にいるような怪物だろう。
「俺としても、別に『剣聖連合』が活躍することを否定するつもりはないさ。むしろ、歓迎したいところでもある」
先ほど皐月森が語った野望は、俺たちからしてもメリットのある内容だった。
望むなら協力体制を敷くこともできるだろう。
尤も、それを望むかどうかはまた別の話であったが。
「だが、直接的な協力をするって話じゃないんだろう。俺と何を取引したいんだ?」
「単純だよ。あんたが次に向かうダンジョンはどこか、って質問さ」
「……それが本題か」
俺が向かう先を避け、別のダンジョンを攻略する。
まあ、こちらとしても悪くはない話だ。『剣聖連合』は十分に実力があるし、大公のダンジョンでも十分に通用するだろう。
最奥を攻略できるレベルであるかどうかは――正直、難しいところではあるが。
(そうだな――)
次に向かう先は、悩んでいたところではある。
アルトリウスがエインセルのダンジョンを攻略しているなら、俺たちが向かうべきはアルフィニールかヴァルフレアのダンジョンだ。
どちらも相応に難易度は高く、容易く潜り抜けられるような場所ではない。
だが、その上であえて選ぶならば――
「……俺たちは、ヴァルフレアのダンジョンに向かおうかと考えている」
「へぇ……流石だな」
純粋に敵が強力で、難易度が高いヴァルフレアのダンジョン。
アルフィニールも難しくはあるが、単純な敵の強さではこちらの方が上だろう。
その分、アルフィニールの方には厄介な状態異常などが含まれていそうなところではあるが――まあ、難易度を比較すればどちらも同じようなものだ。
ならば、強敵と戦えるヴァルフレアの方がこちらとしても都合が良いだろう。
「答えてくれて感謝するよ。俺たちは、アルフィニールのダンジョンの攻略に乗り出すとしよう」
「ああ、そっちの戦果も期待してるぞ」
俺たちがヴァルフレアのダンジョンを攻略した時、他の二つも攻略済みであったら大変ありがたい。
そうすれば、俺たちはすぐにでもジジイに挑むことができるのだから。
礼を言って去っていく皐月森の背中に期待の視線を向けながら、俺は胸中でジジイとの戦いに思いを馳せていたのだった。





