934:剣の刻印
弓使いがいた場所に残されていた、一振りの剣。
明らかに、今の敵が用いていた武器ではない、磨き抜かれた直刀であった。
造りからして刀とは異なるが、非常にバランスは良い。業物と呼んでも過言ではない代物であった。
地面に突き立っていたそれを引き抜き、観察して――ふと、一つの異常が目に入る。
「こいつは……」
「先生? もう勝負がついたんですか」
遅れてやってきた緋真たちが、俺の無事を確認して安堵の吐息を零す。
そして、俺が拾い上げた剣を目にして疑問符を浮かべた。
明らかに、これまでに落ちていた武器とは異なる代物。
黄昏に染まった空と同じく、これまでにはなかった明確な変化であった。
「それ、今の敵が使っていた武器ですか?」
「いや、今のは弓とダガーしか使っていなかった。こんな武器は持っていなかった筈だ」
隠し持つには大きな装備であったし、密かに持っていたとは考えづらい。
つまり、あの弓使いとは別で、何らかの仕掛けによって出現したアイテムであると考えられる。
それに、この武器には他にも、その他の武器たちとは異なる点があった。
「ほら、見てみろ。刀身に文字が刻まれてる」
「ホントね。それに……武器の銘ってわけじゃなさそうだわ」
「明らかに文章ですしね。けど、これって何の意味があるんですか?」
刀身に刻まれていたのは、詩のような文章であった。
曰く――『剣を執れ、是なるは真理の淵源なり』。
全くもって意味が分からない、謎の文章。
書いてあること自体の意味はわかるものの、ここでそのような文章が示されることの意味がわからなかった。
「ええと……淵源って何ですか?」
「物事の始まりとか根源とか、そういう意味だな。『剣を手にしたところから全ては始まる』ぐらいな意味だろう」
「先生が剣を手に取りましたけど、何か変わりました?」
「いや……特に変化はないと思うがな」
周囲を見渡しても変化はないし、ステータスを確認しても異常が見られるわけではない。
そもそもの話、このアイテムは武器として装備することもできないようだ。
《識別》してもイベントアイテムであることしか出てこないし、特に攻撃力のある代物というわけではないのだろう。
まあ、業物ではあるようなので振るうことはできるだろうが、攻撃力がない以上、この場では武器としては使えないだろう。
「ふむ……わからんが、とりあえず持って行くしかないか」
「何か不気味ですね、これ」
調べようにも、手掛かりがないのではどうしようもない。
大人しく、この武器を持って行くしかないだろう。
「まあ、何かしら次のイベントのキーになっているかもしれんからな……とりあえず、先に進むか」
「けど、この後もキーアイテムが出てくるときは達人級のエネミーを相手にしないといけないんですかね?」
「そこそこ楽しいから嫌いではないんだがな」
達人級の相手は、決して退屈はしない。
特に、相対した経験のない武器を用いるエネミーは実に興味深い相手だ。
この後も、何かしら変わった武器を持ち込んできてほしいところである。
「……たぶんだけどその武器、例の大公と関係があるのよね」
「まあ、このエリアのキーアイテムっぽいんだから、そうなんだろうな」
尤も、どんな関係があるのかと問われれば全く不明だが。
文章からして、これがその大公が最初に使っていた武器なのだろうか。
とはいえ、それを持っていたら何か変わるのかはわからないし、とりあえず進んでいくしかない。
「ここまでの流れだと、さっきみたいな強い敵を倒すと進行していくのかしら?」
「そうかもしれんな。他のプレイヤーにはきつい話だろうが」
「実際、先生がいなかったらどうやって攻略するんですかね、これ」
達人級の技量を持つエネミーを、スキルなしで攻略しようとした場合、果たしてどのように攻略すればいいのか。
順当に行くなら数の暴力で対処するか、あるいはシリウスのようなテイムモンスターを用いるのか。
どちらにせよ、まともな手段で攻略することは困難だろう。
そして、それらを用いてなお、勝てるかどうかは微妙なところだ。
俺がそれらに対処できるように、奴らも対処できる可能性があるのだから。
「他のダンジョンもこんな難易度なのかしら?」
「ここだけ難しくする理由もないだろうし、そうなんだろうな」
「結局、全部私たちで攻略するなんてことにはならないで欲しいですね」
まあ、ある程度はいいのだが、流石に四つ全部攻略しろと言われるのは勘弁してほしいところだ。
エインセルと思われるエリアなどは軍曹たちに攻略してもらいたいところである。
他の所の様子を見ていないため何とも言えないのだが、他のプレイヤー基準でこれほどの難易度の場所が続くなら、並大抵のことでは乗り越えられないだろう。
他のエリアに至っては、最悪の場合成長武器を完全開放しなければならなくなるかもしれない。
「……まあ、ここが相性のいい場所だったことは幸運だと思っておこう」
ただ、一つだけ思うのは――ここが相性がいいことなど、マレウスは百も承知であろうという点だ。
その上で、このような場所を用意してきたということは、何かしらの思惑があるのではないか。
奴の想定通りであるなら、厄介な罠に足を踏み入れてしまっている可能性もある。
先ほどの武器のことを含め、まだまだ謎が多い。警戒は絶やさず進むこととしよう。
「クオン、ちょっといい? あっちの方角だけど……かなり遠くだけど、何か見えるわよ?」
「ふむ、あっちか? ……肉眼じゃまだ詳しくはわからん距離だな」
双眼鏡を覗きながら告げられたアリスの言葉に従い、俺はその指先の方角へと目を凝らした。
だが生憎と、うっすらとした影が見える程度で、それが何なのかを判別することはできない。
しかし、方角としては俺たちが向かう方向で間違いではないようだ。
数多散らばる武器の破片と、血の痕跡。果たして、その先に何が待ち受けているのか。
その先の情報を得られるならば、多少はこのダンジョンの仕組みを知ることができるかもしれない。
尤も――
(……第四の大公、お前は――ジジイと、どんな結末を迎えたんだ)
――俺にとって知りたいことは、ただそれだけだったのだが。
* * * * *
「ふむ、これは……」
「廃墟ですねぇ」
アリスが発見した方向へと移動し、俺たちが発見したのは、ほぼ崩れ落ちた小さな小屋であった。
屋根はすでに崩壊し、壁が残っているのも一部のみ。
廃墟というよりは、最早残骸と呼んでも過言ではない。
家具なども壊れてしまっており、人が使用していた痕跡を確認することもできなかった。
だが、ただ一点――その廃墟の傍らには、簡素な木組みの十字が突き立てられていた。
「墓っぽく見えるが……誰の墓とも刻まれてはいないか」
「でも、小屋がこれだけ崩壊してるのに、こっちはまだ形を保ってるわね」
「確かに……このお墓だけ、誰かが管理していたんですかね?」
ほぼ崩壊している小屋と比較し、こちらの墓はまだきちんとした形を保っている。
古ぼけてはいるが、壊れかけである様子はない。
小屋よりも、こちらの墓の方が重要だったということか。
「うーん……先生、さっきの剣を使えそうな場所とか何かないですかね?」
「剣をなぁ……お?」
他にヒントもなさそうであったし、インベントリから剣を取り出してみる。
すると、その刀身が僅かに燐光を帯び――刀身に刻まれていた文字が、唐突に変化した。
「……メッセージを伝えるためのアイテムだったのか、これは?」
「何て書いてあるの? えっと……『死を尊べ、是なるは真理の雲路なり』?」
「詩が更新されただけですか?」
言葉の意味は分からず、それ以外の変化もない。
この墓との関連性も不明な状態だ。
しかし――
「……変化は、これ以外にもあるようだな」
滲み出る気配に、俺はこの直刀を仕舞いながら餓狼丸を抜き放った。
小屋を背にし、その正面。そこに立っていたのは、長大な偃月刀を構える武人の姿であった。





