930:戦の記録
ある程度戻って敵の数が増えたあたりで進む方向を調整し、再度進む。
如何せん、明確な指標があるわけでもないために、この辺りは感覚頼りな部分が多い。
とりあえずは二回連続で減少というパターンを引いた時には元の場所に戻るようにして、少しずつ少しずつ方角を確かめながら進んでいく。
「そろそろ十体か……ここまで来ると、それなりの戦力になってくるな」
今のところ、変化は単純に数が増えるばかり。
基本的には単純に数が増えるだけではあるのだが、個々の戦力がそれなりであるだけに退屈はしていない。
一人で二体を相手にしている時には、それなりの緊張感があるものだ。
「でも、まだまだ余裕そうじゃない?」
「集団戦は得意な方だからな。だが、出てきている連中も雑な連携じゃないぞ?」
ここで出現する敵は、こちらと同じように発動系のスキルは使ってこない。
遠距離攻撃をしてくるのはたまに出現する弓持ちぐらいなものなのだが、何だかんだで連携は巧みなのである。
互いの隙を埋めるような戦い方で迫ってくる奴らは、多数を相手にする場合はそれなりに本気で戦う必要がある。
だが、同時に奇妙ではあった。殺気を剥き出しにしながら、同時に意志らしいものはまるで見せずに襲い掛かってくるエネミーたち。
こいつらは、果たしてどのように連携しているのか。
「結局、この敵って何なんですかね?」
「四体目の大公に関連するものなんだろうが、そもそも背景を全く知らんからな」
四体目の大公と接触しているのはジジイだけだ。
そいつがどのような背景で大公に――というかマレウスに選ばれたのか、その辺りは全く不明である。
故に、今表れているこいつらについても、全く経緯を知ることはできない。
このダンジョンを用意したのがマレウスであるならば、何かしら情報を用意していないものだろうか。
まあ、そんなところに期待するものでもないだろうが――
(余分な迷いだな)
この思いは、エインセルの背景を知ったが故だろう。
大公といえど、マレウスに従わざるを得ない背景がある場合もあった。
それに同情するわけではないが、これに関しては背景を知った上で戦ったことは正解であったと感じている。
あの男は、悪魔というよりも人間であったが故に。
――果たして、この四体目の大公はどうだったのか。
「……知っているのはジジイのみか。無駄に自慢してきそうだな、あの野郎」
思わず舌打ちしつつ、さらに先へと進んでいく。
俺の呟きに緋真が苦笑していたようではあるが、そこはスルーだ。
こいつの場合、ジジイの人となりをそれなりに知っているから、否定もできなかったのだろう。
「そういえば、改めて聞いたことはなかったのだけど……何か変な関係よね、貴方とお爺さんって」
「……まあ、歪な関係であることは否定せんがな」
アリスについては、ジジイとの直接的な面識は先日の件しかない。
故に彼女は、先代当主であるジジイのことは、俺や師範代たちからの伝聞情報しか知らないのだ。
そのうえで、俺たちがどのようにジジイのことを伝えているかと言えば――
「とにかく強いことと性格が悪いことぐらいしか伝わってこなかったのだけど。あとは、貴方のことを気に入っていたことぐらいかしら」
「おおよそその通りだから、他に言えることもないんですよねぇ……」
「チッ、あのクソジジイめ」
基本的に、久遠神通流の面々から見たジジイの印象はそこに収束するだろう。
とにかく強い、そして性格が悪い。というか何かにつけて相手を煽ってくる。
その実力が本物であるが故に始末に悪い――そんな男だ。
これが、軍曹の部隊のメンバーやアルトリウスからすればまた印象も違ってくるのだろうが、あのジジイの存在が日常に近かった俺たちからすれば、そういう印象なのだ。
「実力についてはこれまでも何度か話したと思うが、性格は本当に悪いからな。あのクソジジイは、基本的に自信満々で上から目線だから」
「そ、そう……それでも、ずっと追いかけてきたのよね」
「負けたままじゃいられなかったからな。それだけが、俺の望みだった」
思えば、ジジイも俺が諦めないことを分かった上で煽っていたのだろう。
奮起させる目的があったのか――いや、あれは単純に性格が悪いだけだな。
俺ならば諦めないだろうという確信こそあっただろうが、煽っていたのは間違いなくクソジジイの趣味である。
「まあ、いずれ対面することになるんだ。どういう野郎であるかはその時に知ればいいさ。碌なもんじゃないがな」
「何というか……貴方がそこまで言うのも珍しいわよね。MALICEはともかくとして」
「身内だからこそ言えることもあるもんだからな」
言いたいことは散々言ってきたし、言われてきた。
俺とジジイの関係性が今更変わることはない。あの戦いで、それまでの全てを清算したのだから。
義憤でもなければ大義でもない。ただ、ムカつくから全力で挑む――
(――俺とジジイの関係なんぞ、ただそれだけでいい)
胸中でそう結論付けて、再び前を見る。
無駄話はここまでだ。そろそろ、新しい敵がこちらを発見した頃だろう。
果たして、次はどんな数で来ることか。そんな期待と共に意識を集中させ――こちらに向けられる殺気の数が、少ないことに気が付いた。
「これは……?」
数は少ない。だが、先ほどまでよりも明らかに強く、鋭い殺気。
その出所へと目を凝らせば、そこには一人分の人影がこちらを見据えながら立ち尽くしていた。
両の手に携えられているのはシャムシールにも近い曲刀。
その佇まいに隙はなく、先ほどまで出現していた者たちとは一線を画する実力であることが見て取れた。
「数は減りましたけど……今度は、個体が強くなるわけですか」
「だが明確な変化だ。これは、当たりが近づいて来てるかもしれんな」
今までのペースで言えば、出現する敵は十体になっていたことだろう。
しかし、それが一体にまとまって出現してきたということだろうか。
さすがに単体で十体分の実力、ということではないだろうが――これは、期待が持てそうだ。
小さく笑みを浮かべ、餓狼丸を抜き放ちながら前に出る。
同時、二刀を持つ男もまた、じりじりとこちらとの距離を詰め始めた。
(……成程)
その立ち振る舞いだけで理解できる。
師範代には一歩届かずとも、達人級に指をかけている程度には練達している実力だ。
ここから先、これほどの実力者が現れるのであれば、実に楽しいエリアであると言えるだろう。
餓狼丸を正眼に構え、間合いを図りながらこちらも少しずつ距離を詰める。
まずはこの相手の実力を探りたい。果たして、どの程度の剣を見せてくれるのか。
その期待と共に、僅かに切っ先を下げながら、相手の間合いの中へと足を踏み入れる。
刹那――
「――――っ!」
斬法――柔の型、流水。
弧を描く刃が、流れるようにこちらの首を狙う。
その一撃を受け流すが、動きはまるで止まることはなく、もう片方の刃がこちらの脇腹を狙ってきた。
ただ受け流す程度では止められないということだろう。それだけ、崩しづらい強い体幹を持っているということだ。
その一撃を半歩引いて回避するが、受け流した刃は中空に綺麗な弧を描きながら再びこちらの肩口を狙ってくる。
「……成程」
斬法――柔の型、流水・逆咬。
その振り下ろしを、半歩引きながら刃にて絡め取る。
軌道を逸らすと共に勢いを反転させたその一閃は、男の左手からシャムシールを空高く弾き飛ばした。
鋭く滑らかな一撃ではあるが――如何せん、膂力が不十分だ。
斬法――剛の型、竹別。
跳ね上げた刃を反転させ、踏み込みと共に鋭く振り下ろす。
男はその一閃を残ったシャムシールで受け止め――受けきれずに押し切られ、餓狼丸の刃は肩口からその体へと食い込むこととなった。
刃は深く斬り裂き、噴き出る血と共に男は仰向けに崩れ落ちる。
その体が地面に横たわる頃には、これまでと同じように跡形もなく消滅していた。
「……ふむ。一対一なら、お前ならまず負けない程度だろうな、緋真」
「そんなもんですか。でも……」
「これまでと同じ調子で増えるか、あるいは強さが増すなら――思った以上に、歯応えがあるかもしれんな」
さて、果たして敵の強さはどこまで上がるものか。
期待と共に、先に進ませて貰うとしよう。





