925:北端の地へ
マレウスの本拠地である居城は、この大陸の最北端に存在している。
何を考えてそんな場所に降り立ったのかは知らないが、移動が何とも面倒な位置だ。
まあ、流石に一週間も経つと到達しているプレイヤーも多いのだが、未だにダンジョン攻略の話は聞こえてきていなかった。
曲がりなりにも最後のダンジョンというだけあり、難易度はかなりのものであるらしい。
「なあ師範、気になったんだがよ」
「どうせジジイのことだろうが、何だ?」
「いや、何だって先代は大人しくマレウスに従ってるのか気になってよ」
今回、俺たちに同行しているのは師範代を始めとした門下生たち――即ち、クラン『我剣神通』の面々であった。
こと、あのクソジジイが関わっているとなると、久遠神通流としては無視するわけにはいかない。
醜態を晒しているのであれば俺たちの手で介錯差し上げるべきである――というのが大半の認識だ。
だが、ジジイと日常的に稽古をしていた師範代たちは、今のこの状況すらも怪しいと考えていたらしい。
最も単純な戦刃ですらそうなのだから、他三名については言うまでもないだろう。
「まあ正直、ジジイなら寝首を掻くぐらいはするだろうとは思うが」
「だよなぁ。先代をそれぐらいで止められるわけがねぇと思うんだよ」
まあ勝手な想像ではあるのだが、これには俺も同意見であった。
久遠源十郎という男は、どのような状況であっても諦めることはない。
斬るべき相手が近くに存在するというのに、大人しくしているなど考えられないのだ。
ジジイのことを知っている人間にとっては、これは共通認識であると言ってもいいだろう。
「先代ならば、何らかの手段でマレウスを斬る機会を窺っていると思われますが……今大人しく従っていること自体に違和感がありますね」
「だよなぁ。あの人がその程度で諦めるわけがねぇよ」
水蓮と戦刃の言葉に、ユキや巌も無言で首肯している。
ある種信頼とも呼べるその認識は、同時に大きな疑問でもあった。
もしも抵抗の余地があるなら、ジジイはいかなる手段を用いてでもマレウスを狙うだろう。
そして、それすらも叶わないなら迷いなく自害をしていることだろう。
それら一切をマレウスによって封じられているのか、或いは――
「……他に、狙っていることがあるのかもしれん」
「狙っているって、何をでしょうか?」
「さて、あの方の内心は読みづらいからな。師範、直接対面してみてどうだっただろうか?」
俺と同じことを考えていたらしい巌が、こちらに水を向けてくる。
しかしながら、同じことを考えていたとしても、その真意まで読み取れているかどうかはまた別の話であった。
剣を交えたならともかく、多少話をした程度ではその思惑まで感じ取ることは難しいだろう。
「少し話しただけだからな……事情があるとは言っていたが、それ以上は不明だ。ただ……」
「ただ?」
「……あの様子なら、今のところは想定内ではあるんじゃないかとは思う」
マレウスの使い走りにされていることを指摘した時、ジジイはいつも通りの様子であった。
もしも不本意な状況で従わされているのであれば、それなりの反応を見出すことができた筈だ。
だが、あの時のジジイは完全に自然体だった。演技ではない、かつてジジイと相対し続けてきたからこそ、それは確信して言える。
「何をするつもりなのかは知らんし、俺たちに対しては北で待つと言っていた。であれば、まずはその面を拝んでやらんことには話が進まないだろうさ」
「結局はそうなりますか……しかしお兄様、今の先代は、あの時よりも――」
「言わんでもいい、分かってるさ」
表情を曇らせるユキの言葉に、嘆息を交えながらそう返す。
俺がジジイと戦い、勝利した時。あの時はどちらも木刀を使っていたし、当然ながらスキルも何もない環境だった。
だが、今のジジイの手にあるものは大業物である天狼丸であるし、しかもその切れ味は悪魔の頂点すら両断できる領域に立っている。
流石に、あの時と同じであるなどと考えていると、あっという間に真っ二つにされてしまいそうだ。
「ま、何とかするさ。そうしないと先に進めんからな。それより……お前たちも挑むのはいいが、さっき貸した武器は使うなよ? ジジイの天狼丸とやり合ったら、武器ごと真っ二つになりかねん」
「わぁかってるよ。というか極論、先代はステータスは全然持ってねぇんだから、武器なんて何だっていいだろ」
まあ、リソースの大半を天狼丸に集中しているということは、ジジイ本体の体力は多くはない。
こちらも、刃が届きさえすれば勝てる状態ではあるのだろう。
そう考えると、俺たちの世界と同じような条件で戦うことになりそうだが。
「まあ、先代と戦うこと自体はいいんだが……正直、俺らにはどうしようもないわな」
「士気に関わりますから、あまりそういうことは言わないように」
あまりにも正直に言ってしまった戦刃の言葉を、水蓮が窘める。
そうは言うものの、戦刃の言葉は紛れもなく事実であるだろう。
尋常の剣士では、ジジイに勝つことはできない。まず、同じ土俵で対等に戦えるだけの実力が必要だ。
そして今回の場合、恐らくジジイは同じ土俵で戦うことを強制してくるだろう。
あのような極端な構成をしている以上、それを最大限に活かせるスタイルで戦ってくるはずだ。
「まあ、俺たちは普通に戦ってみたいだけだから、先代と勝負するのは師範に任せるけどよ」
「お前らな……」
「ですが実際、そうとしかなり得ないでしょうね。我々四人が同時にかかったとして、先代には及ばないでしょうから」
身も蓋もない話ではあるが、同時に事実であるとも言える。
残念ながら、師範代たちですらジジイを相手には実力不足であると言わざるを得ない。
まず、合戦礼法と虚拍を全て扱えるようにならなければ、まず戦うことすらできないだろう。
その前提を満たすことができているのは、今のところ俺だけなのだから。
「……まあ、決着をつけること自体は俺の手で何とかするさ。ジジイに勝った経験があるのは、俺だけだろうからな」
かつて、ジジイに勝利した時のことを思い返す。
互いに互いの手を知り尽くしているからこそ、奥伝も使うことはできず、純粋な剣での勝負となったあの戦い。
果たして、ジジイはあの時から変わっているのか。
そして――
(……俺自身、変わることができているのか)
その結論は、ジジイに相対したその時に確認することができるだろう。
勝負とは本来水ものであるのだが、俺たちにとってはそれは当てはまらない。
今の俺は、それを理解し、実感している。
ジジイに相対した時、その結論は出されるだろう。
「とりあえず、まずはジジイのところまで辿り着く必要があるから、そこは協力して進めるとするか」
「そうですね。どうやら、四つのエリアを攻略しなければ先に進めないようですし、恐らく先代はその先にいるのでしょう」
現状、プレイヤーたちはまだジジイの許まで辿り着いてはいない。
つまり、四つのダンジョンエリアを攻略できておらず、その先はまだ誰も拝めていないのだ。
果たして、ジジイはどのような形で待ち構えているのやら。
まあ、あまり待たせすぎると厄介で突拍子もないことをしてきかねないので、なるべく早めに進めておいた方がいいだろうが。
「さて……そろそろ目的地だ。見えてくるぞ」
丘陵地帯の上り坂を超え、その先にある光景が目に入る。
後方には海が見える、巨大な城。
エインセルの城塞のような防衛機能を備えているようには見えず、来る者を拒むような造りにはなっていない。
しかしながら、一歩その内部へと足を踏み入れれば、ダンジョンと化した異空間へと飛ばされる、そんな奇妙な場所だ。
周辺には既に大量のプレイヤーが集まってきており、この混迷した状況下においても攻略の意欲がある様子が見て取れる。
さて、果たしてどのような場所となっているのか。その実情は、己の目で確かめてみることとしよう。





