924:混迷の最中
曜日を間違えていました、申し訳ありません。
箱庭の真実について情報が公開されたのは、アルトリウスとの会議から一週間後のことであった。
その間に、マレウスの居城に関する告知は行われ、多くのプレイヤーが挑戦を開始している状況だった。
ジジイの件については少しだけ噂話が出回り始めていたため、そろそろ情報の封鎖も限界が近かったことだろう。
別段、その辺りのタイミングを狙ったというわけではないだろうが――ともあれ、情報の公開によって世界は大きく混乱している状況だった。
「ふーん、そうなんだねぇ」
「……俺たちが言うのもなんだが、お前さんはそれでいいのか?」
一方で、その辺りのことに無頓着な層も一部存在していた。
他でもない、フィノなんかはその類の筆頭であると言えるだろう。
龍王の爪を材料にした装備がようやく出揃ったため受け取りに来たのだが、公開された情報に対する彼女の感想はその程度のものであった。
俺たち久遠神通流はあらかじめ情報を知っていたし、こちらに活動の拠点を移す計画をしていたから影響は少なかったが、普通はそうはならないだろうに。
そんな疑問に対し、フィノは仕事明けのぼんやりとした表情のまま声を上げた。
「だって、こっちの方がやりたいことやれるからねぇ。思う存分鍛冶ができるのなんてここぐらいだし、むしろ移住できたらハッピーだよ」
「趣味に没頭している類のプレイヤーは、割と肯定的よね」
その傾向は、生産系のプレイヤーには結構多いようだ。
ちらっとエレノアからも話を聞いたのだが、『エレノア商会』のメンバーは比較的混乱は少なかったらしい。
まあ、向こうとこちら、どちらの世界でも市場が混乱しつつあるため、そちらの方が大変な様子であったが。
「うちのメンバーは、それよりも作りたいもの優先だし……どっちかというと、こっちの方が面白いものを作れるから」
「建築系とかはまさにそんな感じですよね」
「ああ、シャンドラの城を作ってる連中か。街も本格的に出来上がってきたな」
こちらへと移住してきた場合、その移住先として最有力候補となるのは聖王国だ。
悪魔が去った後であれば北の地もあるだろうが、流石に一からの建造となると中々に時間がかかってしまうだろう。
そんな中で、ほぼ瓦礫の山から再生された聖都シャンドラは、『エレノア商会』の建築班たちが趣味と実益を兼ねてあれこれと盛り込んだ状況となっている。
攻略そっちのけで建築をしているのだから、あの連中も筋金入りだ。
「私としてもさぁ、考えることはあったけどね。でも、まだまだ作りたいものが沢山あるんだ。だから、それで食べて行けるようになるならむしろ万々歳だよねって」
「それならこちらから言うことは特にないが……こっちとしても、今後も仕事を任せたい職人だからな」
「うふふ、ご贔屓にどうも」
職人としては琴線に触れる言葉であったのか、フィノは嬉しそうに笑みながら首肯する。
フィノはまだまだ高みを目指している。プレイヤーの中では既にトップクラスではあるのだが、修行を続けていればいずれ古の名工に匹敵することも夢ではないかもしれない。
そんな職人との付き合いを続けられるのであれば、久遠神通流としても万々歳だった。
「でも結局、この後の戦いにも勝てないといけないんだよね? だから、先生さんにも姫ちゃんにも頑張って貰わないと」
「……そうだな、ここから先は俺たちの仕事だ」
ジジイ、そしてマレウスを倒す。それが俺たちの為すべき仕事だ。
そのためにも、使える者は徹底的に使い倒していかねばなるまい。
今回、フィノに作って貰った武器たちは、俺たち向けというよりは、師範代たちに使わせるための装備だ。
基本的には俺が所有することとなるが、レンタルという形で師範代たちに使わせることとなる。
強大極まりない、龍王の爪によって作り上げられた装備。
けれど――
「残念だけど、この武器でもお爺さんの刀とは打ち合えないよ」
「……そも、刀で受けるという真似はしないんだが、流す際に少しでも刃筋を立てられたら真っ二つにされそうだな」
ジジイの刀は、計り知れないほど大量のリソースが注ぎ込まれた状態となっている。
あまりにも強大すぎる攻撃力であるが故に、防ぐということはできない状態だ。
そして、ジジイが刃を振るう以上、そこには『唯我』の性質が存在すると考えておいた方がいい。
つまり――回避はできず、防御もできない。今のジジイの剣は、そういう代物だった。
「破損しない成長武器なら受け止められるけど、そうでないなら打ち合いをまず避けるべき」
「だろうな。ジジイの剣を受け流し続けられる奴は、師範代の中にもいないだろうよ」
一度や二度であれば、あいつらも受け流すことは可能だろう。
しかし、それをずっと続けられるかと聞かれれば、それは否としか言えない。
通常の武器を使ってジジイとやり合えるのは、恐らく俺だけだろう。
そして俺とて、僅かでも失敗すれば真っ二つに叩き斬られる。
久遠源十郎とは、それほどの剣士なのだから。
「……正直、職人としては複雑。どうやったって、そんな相手に勝つ方法はないんだから」
「まあ、インチキと言えばインチキだからな。仕方あるまいさ」
元より、公爵や大公を斬れるほどの力を有していたのだ。
ドラグハルトを斬ったことで、その攻撃力は更に高まっていることだろう。
通常の武器と比較すること自体がまずおかしいのだ。
(まあ、疑問なのは……ジジイはどうやって、そんな方法を見出したのかってことだが)
東の大陸には、現在のところプレイヤーは辿り着いていない。
いかなる方法かは知らないが、ジジイだけが単身で乗り込んでいる状態だった。
加えて、ジジイの手に在った刀は間違いなく天狼丸だった。
恐らくは成長武器――つまりは、運営側が関わっていなければ手に入らない筈の武器である。
(やはり、そこに逢ヶ崎竜一郎の手が加わっているのか?)
あれから数日経っても、結局ジジイと竜一郎氏の足取りを掴むことはできなかった。
一体どうやったらそこまで痕跡を消せるのかと文句を言いたくなるレベルである。
思わずため息を零したところで、ふとフィノが不安げな表情で見上げていることに気が付いた。
「やっぱり、お爺さんとは戦いたくない? 家族だし……」
「いや、それは無いが」
「……あれ?」
きょとんと首を傾げた少女の様子に、苦笑を浮かべながら視線を逸らす。
我ながら、家族の形としては随分と歪なものである。
「むしろ、機会があったら叩き斬ってやりたいとは思っていたし、戦うこと自体は別に問題ないんだ」
「えー……どゆこと?」
「あはは……そこはまあ、先生と先代が特殊なだけなので」
これには、緋真も苦笑せざるを得ない様子だった。
正直、ジジイとは殺し合いに近い立ち合いを幾度も行ってきたし、真剣での斬り合いになったとしても今更という感想しかない。
むしろ、遠慮なく切れる機会が来たことがありがたいとまで言える。
問題は、いかにして刃を届かせるのかという一点だろう。
「戦えるんならいいけど、そんなおかしな武器を持ってる人を相手に勝てるの?」
「知り合い全員にそれを聞かれるんだが……さて、結局は相対してみないことにはな」
あの時見た限りでは、俺の知っているジジイと何ら変わりない姿であった。
時空の精霊という要素はあったものの、それ以外については以前に戦った通りだっただろう。
その上で、ジジイに勝つことができるかどうか――
「……まあ、なるようになるさ」
「んー、大丈夫なのかな、それは」
不安げな様子のフィノには苦笑しつつ、脳裏に手かつての戦いを思い返す。
結局のところ、あれ以来ジジイがどう変わっているのか、その一点に尽きるだろう。
それを確かめるためにも、ジジイの前まで辿り着かなくてはなるまい。
この混乱の最中、マレウスとの戦いを長引かせれば、それだけ不都合な展開は多くなっていくだろう。
そして何より、俺自身が望んだ決着のためにも――戦地へ、足を向けることとしよう。





