923:変遷する世界
「まず大前提としてですが……源十郎氏の存在について、隠すことはできません」
「……まあ、そりゃそうだわな」
正直、好ましい事態というわけではないのだが、あのクソジジイは戦争の中核に組み込まれてしまっている。
プレイヤー側がその存在を認知しないままマレウスに挑むことは不可能だろう。
ジジイの方も自分の正体を隠すつもりはさらさら無いようであるし、いずれジジイの存在はプレイヤーの間に知れ渡ることとなるだろう。
「しかも、どういうつもりなのかは分からないのですが、移住計画についても割と大っぴらに話をしていました」
「おいおい……大丈夫なのか、それは?」
「一応、源十郎氏に関する一切の情報については、『キャメロット』の内部では箝口令を敷いています。とはいえ……情報が漏れるのは時間の問題と考えていいでしょう」
人の口に戸は立てられぬ。『キャメロット』が統制された組織であるとしても、所属しているメンバーの中には一般人が多い。
彼らがそれを確実に守ってくれるとは、考えない方がいいだろう。
ジジイの話した内容は、いずれあらゆるプレイヤーに広まると考えておいた方がいい。
「この事態による影響もあるのですが、移住計画に関する情報の公開は早められる予定となりました」
「……それは、大丈夫なのか?」
「正直、影響は計り知れないわよ。けど、憶測スタートで情報が広まるよりは万倍マシだわ」
これに関しては、エレノアも既に知っている情報であったらしい。
彼女の言う通り、自分たちの常識を根底から覆すようなこの事実は、公表すれば大混乱に陥るであろうことは想像に難くない。
しかしながら、憶測から始まり何が事実かも分からないまま情報が歪められるよりは、確かな一次情報が存在した方が良いということは事実だろう。
「というわけで、近い内に箱庭計画と、そこから発した移住計画については大きく公表されることになります。プレイヤー間のみならず、他の契約先や未プレイの人々とも混乱が生じるとは思いますが……とりあえず、ここでは置いておきます。これに関しては、僕らの仕事ではありませんから」
アルトリウスは、あくまでもこの箱庭での活動が仕事なのだ。
他のことについては、そちらの専門家に任せる他ないだろう。
俺たちは俺たちで、この箱庭に関する仕事に専念するべきだ。
「俺たちはあくまでも、マレウスの討伐を目指す、と……なら、すぐに北へ向かえばいいのか?」
「北に向かうこと自体は、特に異論はありません。ただ、行ったらすぐに源十郎氏やマレウスと戦えるわけではないようです」
「まあ、仮にもラスボスなんだし、前座なり何なりはあるわよね」
アルトリウスの報告に、エレノアは溜め息交じりに肩を竦める。
どうやら、マレウスの居城に辿り着いても、そこから更に一波乱はあるらしい。
アルトリウスのことであるし、既に偵察は行っていることだろう。
どのような状況であったのかと、先を促す。
「外部からは分からなかったのですが、エリア内に足を踏み入れるとダンジョンのようなエリアになっているようです。一般的な迷宮というよりは、神殿のような造りであったと」
「中に入ってすぐにジジイがいるってわけじゃなかったのか」
「そのようですね。少なくとも、偵察メンバーは源十郎氏とは遭遇しませんでした」
となると、順当に考えればジジイは最奥にいるということか。
何とも面倒ではあるのだが、これに関しては攻略しなければ話は進まないだろう。
「それで、内部の状況はどんなもんだったんだ?」
「まだ詳しくは確認できていませんが、トラップ系というよりは戦闘と謎解きがメインになる様子です。最初に入ったエリアからは四つに分岐して、それぞれのエリアを攻略すると道が開ける形式と想定しています」
どうにも中々面倒臭そうな話であるが、とにかく挑戦してみるしかないということか。
現状、ワールドクエストは告知されていないが、グランドクエストとしてマレウスとの戦いが宣言されている。
ワールドクエスト化していなくても、戦うことは可能だろう。
「如何せん混乱がありますので、僕らもまだ動きは鈍いです。しかし、戦いという意味ではこれが最後……全力で、事に当たろうと思います」
「とはいえ、待ち受けているのがマスターとなると、厳しい戦いだな。なぁ、シェラート。お前、あの怪物に勝てるのか?」
「結果ならあっさりと出るだろうさ」
これに関しては今更語るべきことはない。ジジイが敵の立場にいるならば、俺がそれに挑む。
ただ、それだけの話なのだから。
「ジジイのことは分かったが、他の状況はどうなってるんだ? 金龍王のことやら、ドラグハルトのことやらあるだろう」
「それに関しては……まあ、問題といえば問題なのですが」
歯切れの悪い調子で、アルトリウスが視線を横に動かす。
その視線の先にいるのは、ローゼミアの胸に抱かれた小さなドラゴンであった。
聖女の力である聖属性の魔力を吸って育った真龍は、黄金の鱗を持つ金龍王の系譜だ。
まだ随分と小さいが――いや待て。
「……パピーの段階だと小さくはなれなかったよな。それに成長してもそこまで小型のサイズにはなれなかったはずだぞ」
『いつ気付くのかと思いきや、中々に時間がかかったものだの。育った真龍を二体も抱えている癖に、察しが悪いのではないか?』
小さなドラゴンの口から放たれた、女性の声。
聞き覚えはある。忘れられる筈もない。その声は間違いなく、あの金龍王の声であった。
「おい、これはどういうことだ?」
「これが金龍王の最後の緊急手段と言いますが……自ら生み出した眷属に、生まれ変わるような形で移動したそうです」
「……色々と言いたいことはあるが、まさか最初から想定していたのか」
ローゼミアの元に真龍の卵が運ばれてきたのはそれなりに前の話だ。
その頃から、金龍王は緊急避難の手段を準備していたということだろう。
金龍王の立場からすれば分からなくもないが、それならそうと最初から言っておいて欲しかった。
『あれで竜心公は油断ならぬ相手であったからの。このような策はできるだけ隠しておくに限る』
「まあ、それは否定できんが……なら、ドラグハルトが手に入れたっていう鍵は何だったんだ?」
『無論、ダミーに決まっておろう。まあ、使えばバレる故、一時的な時間稼ぎにしかならんかったであろうが……都合の良いことに、その時間稼ぎで十分ではあったな』
もしあのままドラグハルトが女神に挑んでいた場合、弾かれて到達できなかったらしい。
その場合、奴は血眼になって金龍王を探すことになっていただろうが……果たして、金龍王が見つかるまでにドラグハルトを討伐できていたかどうか。
しかもその場合、聖女ローゼミアを危険にさらしていた可能性が高い。
何ともまあ、危険な賭けに出てくれたものだ。
「というわけで、金龍王が完全に不在という状況にはなりませんでした。尤も、元の力を取り戻すにはかなりの時間がかかりますから、この状態では戦力外なのですが」
『遠慮のない物言いではないか。まあ事実なのだが』
「金龍王様は真龍と私たちのために戦って下さったのですから、今しばらくはお休みください」
『うむ、今代の聖女は良い娘だの』
この姿を赤龍王が見たらどう思うか……恐らく大爆笑するだろうな。
何だかんだ、ローゼミアとは良い関係を築けているようではあるし、金龍王の世話は彼女に任せておけばよいだろう。
彼女たちの姿に若干呆れを交えた視線を送っていたエレノアは、気を取り直してアルトリウスへと問いかける。
「金龍王は問題なしとして……ドラグハルトの方は?」
「悪魔たちは完全に全滅した様子です。ヴァルフレアとの戦いに、少しでも力を高めようとしたようですから」
「残っているのはローフィカルムと……奴の勢力に属していたプレイヤーか」
「ローフィカルムについてはほぼ不明なのですが、プレイヤーたちについては拠り所を失った状況ですね」
さもありなん、と肩を竦める。
これがイベントとして認識されている内であれば、まだ問題はないのだろうが――果たして、移住計画が公表された後、彼らはどうなるのか。
まあ、正直なところ愉快な状況にはならないだろうが。
「ところでクオン、エインセルとの戦いで彼らのリーダーに助けられたようだったけど、あれって自分では対処しきれなかったのかしら?」
「あの時のことか。まあ、あの一撃までであればまだ手はあったが……正直、そのまま詰められていた可能性は高いだろうな」
エインセルの攻撃があの一度で終わるはずがない。
二手、三手と重ねてこちらの逃げ場を封じ、致命的な一撃を放ってきていたことだろう。
そういう意味では、シズクによるカバーは非常に助かったと言える。
「あちら側に付いた勢力には気に入らん連中も多いが……あいつについては、フォローしてやりたいところではあるな」
「……そうですか。であれば、僕も気にかけておきます」
俺としては、積極的に挑んでくる相手が何とも新鮮な印象だった。
あいつについては、今後も変わらぬ姿勢を貫いてほしいところである。
さて――ともあれ、これで必要な話は聞けたか。
「アルトリウス。こっちは、ジジイに挑む準備をすればいいんだな?」
「ええ、よろしくお願いします。本格的に動くのは……真実が、世界に公表されてからになるでしょう」
その言葉に、首肯を返す。
世界は変わるだろう。良い方向か、悪い方向か――不明ではあるが、必ずや変化は訪れる。
最後の戦いは、その変化の大波の中で対面することとなるだろう。
(……ジジイ、そしてマレウスか)
為すべきことは変わらない。
必ずや、この刃を届けてやることとしよう。





