916:破局
先ほどまでの破壊の嵐がまるで嘘だったかのように、静けさを取り戻した一帯。
今、この周辺には魔物の気配すらない。巻き込まれて消し飛んだのか、奴らの気配を恐れて逃げ去ったのか。
不気味なまでの静けさの中、爆心地となった場所へと向けて飛翔する。
が――そこに至る手前で、予想していなかった姿に遭遇することとなった。
「やはり来たかい、人間の英雄」
「……ローフィカルム。何故アンタがここにいる?」
「この騒ぎだよ? 様子を見に来るのだって当然さね」
そこにあったのは、魔法によって空中を浮遊している老婆、ローフィカルムの姿であった。
どうやら、コイツもドラグハルト達の様子を確認しに来ていたらしい。
とりあえず、こちらに攻撃して来ようとする気配は無いし、積極的に攻撃をしてくるつもりはないようだ。
「エインセルは倒れたか。よくもまぁ、あれを上回ったもんだよ。そこは褒めてやろうかね」
「……結局、アンタはあの戦いに手を出さなかったわけか」
「あくまでも契約の内で動いていたに過ぎんよ。お前さんたちが他の拠点を攻撃していたなら、儂が出張っていたさ」
ローフィカルムは、あくまでも契約を順守したに過ぎない。
それに関しては、こちらから口出しする権利も無いだろう。
蝙蝠と言うと聞こえが悪いが、この悪魔はどこまでも、己の信条に従って動いているに過ぎないのだ。
「俺たちはこのまま、ドラグハルト達のところへ向かう」
「構わんよ、儂に止める権利はない。しかし、一つ忠告をさせて貰えば――手を出せるとは、思わんほうが良いぞ」
「……そうかい」
ローフィカルムの忠告にはそう返し、俺たちは再び飛翔を再開した。
あの悪魔は、俺たちが既に力を吐き出し切った状態であることに気付いていたのだろう。
ああ言ったということは、どちらが生き残ったにせよ、小突けば死ぬような状況ではないということのようだ。
だが、場合によってはそれでも挑まなければならない。ここが、俺たちの戦いにおける大きな分岐点なのだから。
「あの悪魔、様子を見に来たって言ってましたけど、本当でしょうか……?」
「さあな、腹の探り合いであの婆さんに勝てるとは思えんよ。今は敵対しないというだけでいい」
ルミナの疑問に、首を振ってそう答える。
ローフィカルムの老獪さは苦手な部類ではあるのだが、一方で彼女は筋を通す人物でもある。
こちらから攻撃しなければ、今このタイミングで敵対するということはないだろう。
現状、重要なのはドラグハルト達の戦いの結果を確認することだ。
ローフィカルムを相手に戦っている暇はないのである。
「それより、そろそろあいつらが墜落した地点だけど……」
「ドラゴンの姿は見当たらないですね?」
「ということは、人間の姿に戻ってるってことかしらね」
緋真の言う通り、あの巨大なドラゴンたちの姿を発見することはできない。
果たして、奴らの決着はどのような結果となったのか。
双眼鏡を覗いていたアリスは――ふと一点で動きを止め、息を呑んだ。
「クオン、あそこ……!」
「っ……セイラン、あっちだ」
アリスの指差した方向、そこに人影を確認した俺は、即座にセイランへと指示を飛ばした。
地上へと向けて降下していく中、既にその姿は目に入っている。
クレーター状となった爆心地――そこに立っていたのは、黄金の髪を靡かせた偉丈夫であった。
「チッ……」
思わず、舌打ちが零れる。
どちらに転んでもおかしくはなかったのだが、結果はドラグハルトの側に傾いたようだ。
ヴァルフレアはドラグハルトの前であおむけに倒れ伏し、その手足の先から徐々に消滅しようとしているところであった。
無論、ドラグハルトとて無事ではない。左腕は半ばから千切れ飛び、全身には呪いの炎によって焼け爛れた痕が残っている。
けれど――そのような状況であろうとも、ドラグハルトの立ち姿が揺らぐことは一切なかった。
「おお? 遅かったじゃねぇかよ、異邦人」
そして、そんな中で真っ先に声を上げたのは、他でもない消滅しようとしているヴァルフレアであった。
己の死をまるで気にする様子もないまま、ヴァルフレアは愉快そうに、同時に悔恨も交えながら声を上げる。
「残念ながら、こっちは退場だ。テメェらとも戦ってみたかったんだが……ま、こうなっちゃ仕方ねぇな」
「……そちらの戦いに、口出しできることは何も無い」
「へぇ、そう言うか。なら、俺も好きに言わせて貰おうかね」
胴にまで消滅が及び、しかしヴァルフレアの様子に変わりはない。
己の死を何とも思っていないように、ただ愉しげに笑いながら、ヴァルフレアはその言葉を口にした。
「竜心公よ、お前は勝った。勝ったのであれば、それが全てだ。望んだまま、描いたまま――勝者として、先に進みな」
「――ああ、無論だとも」
マレウスの側であるヴァルフレアにとって、ドラグハルトの目的は都合の悪い展開である筈だ。
だが、それでもヴァルフレアはドラグハルトを祝福し、称賛した。
それこそが、ヴァルフレアの信条なのだろう。
この大公の支配領域では弱肉強食を是とし、強い者だけが生き残る状況となっているのだったか。
ヴァルフレアにとっては、勝者と言う存在そのものが特別な意味を持つのだろう。
ドラグハルトの返答を聞き、ヴァルフレアは満足そうに笑みを浮かべる。
そして、空を見上げ――
「ああ、全く。良い戦いだったな! クハハハハハハ――――ッ!」
ただただ、笑い声だけを響かせながら、ヴァルフレアは消滅したのだった。
後に残ったのは、傷だらけのドラグハルトただ一体。
左腕は無く、全身に火傷を負い、満身創痍と言っても過言ではない状況だ。
しかし――それを踏まえた上で、俺は奴へと最大限の警戒を向けていた。
手負いの獣などと言うレベルの話ではない。ドラグハルトにとって、戦いはまだ終わっていない状況なのだ。
故にこそ、そこには一切の油断はない。俺たちの気配を捉え、その上で一切油断しないまま、こうして静かに立ち尽くしているのだ。
『――ワールドクエスト、《黒天を喰らいし竜災》を達成しました』
そして、箱庭もまた大公ヴァルフレアの敗北を告げる。
これで、魔王の側近たる全ての大公が消滅した。
最後の一体については結局不明ではあったが、倒れていることについては既知の情報だ。
これによって、俺たちはマレウス・チェンバレンに挑む準備ができたということなのだろうが――それ以上に、ドラグハルトの存在が問題だった。
「英雄よ……今、貴公らと争っている暇はない」
「金龍王の許へ向かうつもりか」
「無論。ヴァルフレアに背中を押されたと言うつもりはないが……余の思い描いた展開を実現できた以上、勝者として前に進むのみ」
言外に、異邦人は負けたのだとそう告げながら、ドラグハルトはこちらへと振り返る。
傷だらけであり、体力は大きく減じていることだろう。
だが、それでも――今から餓狼丸を解放したとして、この男を殺し切れるとは考えづらかった。
せめて、【武具神霊降臨】を使えればまだ勝ちの目はあっただろう。
しかし、あらゆる切り札がクールタイムを終えていない今の状況では、この男に刃を突き立てられるイメージが湧かないのだ。
「ヴァルフレアのリソースは、全て余が喰らった。金龍王であろうとも、我が牙を防ぐ術はない。邪魔立てするのであれば、貴公らを排除して先に進むとしよう」
「……アルファヴェルムは、エインセルをどこまで解析していた?」
迷いはある。ここで止めなければならないという思いも。
しかし――それが不可能であることもまた、正確に理解できていた。
俺の問いに対し、ドラグハルトが小さく笑みを浮かべてみせたが故に。
「貴公の牙は、余に届き得る。故にこそ、立ち塞がるのであれば全力で相対するのみ」
「……そうかい」
最悪、としか言えないだろう。
目の前にいる怪物は、エインセルの性質を持ちながら、ヴァルフレアと同じだけのフィジカルを持っているのだから。
「今は止めることはできんさ。だが、追わせては貰うぞ」
「構わぬとも。貴公もまた、我が戦いを見届けるがいい」
そう告げて、ドラグハルトは再び魔力を解放する。
顕現するのは、巨大な黄金のドラゴン。隻腕となりつつも、その身は先ほどよりも更に強靭に、頑強なものへと進化していた。
そして――ドラグハルトは、再び大空へと舞い上がる。
目指す先は金龍王の浮遊島だろう。そこで金龍王を討ち、女神の元に至る方法を手に入れようとしている。
「先生、いいんですか?」
「無策に挑むよりは、アルトリウスと足並みを揃えた方がマシだ」
正直、アルトリウスの力添えがあっても止めきれるのかという懸念は大きかったが――少しでも、可能性は高い方がいいだろう。
ともあれ、急がなければ。女神を仕留められてしまえば、こちらの完全なる敗北だ。
尤も、それはマレウスにとっても敗北となるのだろうが、とにかくドラグハルトを止める方法を模索しなくてはなるまい。
俺は再びセイランの背へと乗り込み、空を駆けるドラグハルトの背を追ったのだった。





