915:破滅の号砲
ドラグハルトとヴァルフレアの戦いは、さらに激しさを増していく。
あれほどの破壊力を振りかざしていたというのに、先程までの戦いは様子見であったというのか。
放たれる力の桁は更に上がり、近付くどころか今この場で余波を防ぐだけでも精いっぱいの状況。
懐に潜り込めばまだやれることはあるかもしれないが、今ここから近づくことは困難だった。
「……戦力的には互角、ですか」
「いや、恐らく純粋な力であればヴァルフレアの方が上だ」
エネルギーの出力という意味では、ヴァルフレアがドラグハルトを上回っているように思える。
尤も、こうして拮抗して戦えている時点で十分すぎる力の量ではあるのだが。
一方で、戦い方という面においてはドラグハルトの方が多彩であり、その技量があるが故にこうして拮抗にまで持ち込めているのだ。
そして――そうであるが故に、ドラグハルトは決着を急いでいる。
「ドラグハルトは全力で出力を上げながら挑んでいる。そして、ヴァルフレアはそれに正面から応じている……時間稼ぎに徹すれば、勝つことは容易いだろうがな」
「どうしてそうしないのかしらね」
「ヴァルフレアの信条だろうが、理由は分からんさ」
ヴァルフレアが敢えてその戦いに応じていることは間違いないだろう。
その上で、全力を以てドラグハルトとの戦いに臨んでいる。
アリスの言う通り、ヴァルフレアが時間稼ぎに徹していれば、ドラグハルトは出力を保てずに敗れることとなっただろう。
だがこのペースでは、ドラグハルトの力が尽きるよりも先に決着がつくことになりそうだ。
俺たちにとっては、正直あまり都合のいい展開ではないのだが――
「どちらに傾くにせよ、決着は早そうだ」
俺の呟きとほぼ同時、ドラグハルトは黄金の魔力を滾らせながら飛翔した。
対し、ヴァルフレアもまた応じるように迎え撃つ。
振るう爪の一撃は激突と共に衝撃を撒き散らし、その余波だけで大地の表面を砕いて行く。
しかし、そんな破壊力の真っただ中にあって、二体の怪物は未だ健在だった。
(ドラグハルトが決着を急いでいるからこそ、どちらもダメージは蓄積してきているか)
圧倒的な破壊力同士の応酬によって、両者とも少なからずダメージは蓄積してきている。
強靭極まりない鱗が砕け、その下から血が流れだしてもいた。
けれど、それでも――ドラグハルトとヴァルフレアは、一切怯むことなくその圧倒的な力を振るい続けていた。
振るう爪が、尾が、少しずつではあるが互いの身を削ってゆく。
しかし――
(……個々の攻撃に対処できている割合が大きいのは、ドラグハルトの方か)
そこで、技量の差が少しずつではあるが顕れている。
ヴァルフレアがただ力任せに戦っているというわけではない。
しかしその点においては、確実にドラグハルトの方が上回っていたのだ。
生物としての性質の違いなのか、これがエインセルであれば確実に対処していたことだろう。
ヴァルフレアには、そういった面が成熟しきるだけの環境が無かったということか。
(とはいえ……)
技量に劣っていようとも、その出力は圧倒的だ。
纏う黒い魔力は漆黒の炎と化し、触れたドラグハルトの身も焼いて行く。
しかし、その侵食を纏う黄金の輝きで防ぎながら、ドラグハルトは怯むことなくヴァルフレアへと挑んでいく。
「確か、ヴァルフレアは銀龍王を一撃で戦闘不能にしたんだったか……ベル、どう見る?」
『それだけの力は確かにあるでしょう。言いたくはありませんが、あの大公の力は我々を超えています。それに、あの黒い炎……』
「どういう能力か、分かるのか?」
『いえ、詳細は不明ですが、まず間違いなく呪いの類です。しかも、ヴァルフレアはそれをあえて制御していない。ただ周囲に撒き散らしているようです』
呪いと聞くとファムが使っている呪術を思い出すが、あれとはまた違った類のものだろう。
どういった効果なのかは分からないが、ドラグハルトは確実に防ごうと魔力を回している。
今のドラグハルトですら防ぐしかないのであれば、俺たちに受けることはまず不可能だろう。
しかし、俺の目にはそれよりも、ヴァルフレア本体の方が恐ろしく映っていた。
「制御していない、というより……必要が無いんじゃないか」
「どういうことですか?」
「あの炎は、ただ内側から漏れだしただけのものに思える。ヴァルフレアという化け物の本質は、あの肉体の方だ」
奴の鱗から噴き出しているようにも見える黒い炎だが、そこには指向性や安定性が見えない。
だが、大公ともあろう存在が、そんな中途半端な力しか持たないということはないだろう。
その同種の力は奴の肉体に宿り、ただ腕を振るうだけでもその破壊力を体現する。
呪いに満ちた、悍ましくも純粋な暴力。単純であるが故に、そこに隙らしき隙は無い。
しかしそれと同時に、ヴァルフレアにはアルフィニールやエインセルのような特殊性はない。
純粋に、力で上回れば勝利することができる、そんな存在のように思えた。
(ある意味、一番倒しやすいのがヴァルフレアだったとは……いや、力の桁が大きすぎて勝負にはならなそうではあるが)
特殊性が無い分だけ、ヴァルフレアの力は強大だ。
その二点があるからこそ、ドラグハルトはこのような形で挑むこととしたのだろう。
そして――その答えは、程なくして導き出されることとなる。
「……佳境だな」
ドラグハルトとヴァルフレアは加速していく。
龍王に匹敵する巨体とは思えぬほどの俊敏さで空を駆け巡り、幾度となく交錯しながら魔力を散らしていく。
声すらも聞こえないような、遠い距離。けれど――俺には、ヴァルフレアがただ笑っているように思えた。
己に挑む力を持つ者が、これほどまでに強くなっていたことに歓喜しているのか。
ドラグハルトが行っている戦いは、何処までも綱渡りだ。
細い道の上を全力疾走しているようなものであり、それを成し遂げているのは偏に奴の技量によるものである。
或いは、レヴィスレイトたちの献身が、その決意を支えているのか。
ほんの僅かにでも失敗すれば瓦解するような戦い方で、ドラグハルトは一歩も引かずにヴァルフレアへと食らいついていく。
そして――
「あっ!?」
「……ッ!」
刹那の滞空と、一瞬の加速による正面からの激突。
渾身の力にて振るわれたヴァルフレアの一撃は、身を捩ったドラグハルトの左腕を半ばから斬り飛ばし――ドラグハルトの牙は、ヴァルフレアの喉笛へと食らいついた。
瞬間、黄金と漆黒の魔力が、爆発的に膨れ上がる。
その場で仕留めようとするドラグハルトと、それを押し返そうとするヴァルフレアの攻防。
膨大な魔力を放ったまま、空中でバランスを崩した二体の怪物は、そのまま地上へと落下していく。
「ルミナ、シリウス、ベル、防御を頼む!」
「は、はいっ!」
『果たして、どうなるか……』
三重の障壁を構えて暴発の衝撃に備え、墜落していく二体の姿を観察する。
最早魔力の塊としか見えない巨大なドラゴンたちは――やがて地上へと激突し、巨大な魔力の爆発を巻き起こした。
柱のように立ち上る魔力の奔流、そしてそこから放たれる破滅的な衝撃波。
距離を縮めていれば、それだけで吹き飛ばされてしまっていただろう。
ルミナとベルの防御魔法によって強化されたシリウスは、その衝撃を受け止めながらも体勢を保ち、俺たちはその後ろでただ嵐が過ぎ去るのを待つ。
時間にすれば、ほんの数秒。しかし何時間にも思えるような圧倒的な気配をやり過ごして――やがて、その発生源が沈黙していることに気が付いた。
「……行くぞ。状況を把握する必要がある」
危険なのは百も承知、また戦いが継続されれば、巻き込まれで吹き飛ばされる可能性もある。
それでも、奴らの戦いの結果を見届けなくてはなるまい。
どちらが、俺たちにとっての敵となるのか――その答えを、確認しに行くこととしよう。





