912:ドラグハルトの結論
『レベルが上昇しました。ステータスポイントを――』
とにかく大量のインフォメーションが流れる中、深く息を吐き出す。
結局、まともな方法ではエインセルを相手にすることはできなかった。
無茶と試行錯誤を重ねて、ようやく掴み取った唯一の弱点。
アリスによる介入が無ければ、それを突くことも不可能だっただろう。
やはり、大公級はまともに相手をできるような存在ではない。それを、改めて実感させられた戦いだった。
「ふぅ……どうしたもんかね」
大公級を討てたことは喜ばしい。しかしながら、本来であればまるで歯が立たなかったことは事実だ。
俺がやったことは裏技であり、俺がいなければ勝てない戦いになってしまっていた。
本来、戦いというものはそうあるべきではないのだ。
アルトリウスも、俺に依存するような戦い方は望むところではないだろう。
だが生憎と、それを反省している場合でもない。何故なら、この場には味方とは言い難い存在がまだ残っているのだから。
「さて、そちらはどうするつもりだ? なぁ、レヴィスレイト」
不本意ながら共同戦線を張る羽目となった公爵級悪魔たちは、俺の言葉に視線を返してくる。
あれだけ攻撃の標的にされていながら、レヴィスレイトは未だ健在だ。
まあ、流石に見た目からもダメージは残っていて、とてもではないが無事とは言い難い状況であったが。
しかし、その奮闘を称賛することはできない。何故なら、この悪魔はまだ剣から手を離してはいないからだ。
(餓狼丸の解放時間は二分を切っている……他のスキルは、まだ効果継続中。全力で戦うこともできなくはないが……)
正直、それだけでレヴィスレイトを仕留め切れる自信はない。
それに、奴らの勢力にはまだアルファヴェルムもいる上に、未だに姿を現していないドラグハルトも控えている。
そもそも、ここに至るまでドラグハルトが姿を現さなかったことも意味が分からないが、何にせよ油断できるような相手ではなかった。
そんな俺の視線に対し、レヴィスレイトは鋭い視線を返し――ふと、その相好を崩した。
「……私としては、正直なところ、貴様とは一度本気で戦ってみたかった」
「唐突に、何の話だ」
「我が王が実力を認めた者。ならばそれに勝ることこそが、第一の騎士たる我が本懐。機会があったなら、本気で刃を交えていただろう」
レヴィスレイトの中には、未だ俺に対する強い敵意は存在する。
今口にした理由もそうだろうし、俺のドラグハルトに対する態度が気に入らないという点もあるだろう。
しかしその上で、レヴィスレイトはその殺気を収めていた。
僅かに困惑を残しつつ、俺は彼女の様子を観察する。
「故にこそ、その機会が得られなかったことは残念だ。このように事が運ばれてしまった以上、仕方のない話ではあるがな」
「お話し中のところ申し訳ありませんが、そろそろですよ」
「……そうだったな」
と、そこで後ろから割り込んできたのは、もう一体の公爵級であるアルファヴェルムであった。
コイツも、エインセルの正体を探るための一助になったことは事実であるが、得体が知れないために苦手意識を拭えていない。
果たして何をするつもりなのか。刻々と制限時間の減る餓狼丸の気配を手の中に意識しながら、俺は目を細めて問いかける。
「貴様らは何をするつもりだ。そして、ドラグハルトは何をしている?」
「我々の目的は変わりません。魔王を討つ、そのために全てを積み重ねてきました。そして、それを果たすための道筋こそが、これなのですよ」
アルファヴェルムがそう口にして――公爵級だけでなく、その後方に控える総ての悪魔たちが、同時に武器を構えた。
やはり、戦うつもりなのか。しかし、その割には殺気が一切感じられない。
一体何をするつもりなのか。困惑と共に僅かに餓狼丸の切っ先を持ち上げて――
「王よ! 我らが力、貴方に捧げます!」
「どうか、どうか我らに勝利を!」
――悪魔たちは、一瞬の躊躇いすら持つことなく、その刃の切っ先を己の胸へと突き込んだのだった。
集団で行われた自害に、俺は思わず眼を見開く。
それはまるで、先程目にしたエインセルの過去の焼き回しであるかのようだった。
そして、同時に理解する。この悪魔たちは、ドラグハルトへと己の持つリソースを捧げようとしているのだと。
「っ、拙い、クオンさん!」
状況を理解したアルトリウスが、こちらへと警告の声を発する。
だが、全ては手遅れだった。自ら己の核を砕いた悪魔たちは、揃って塵となって消滅していく。
そして――そこから浮かび上がった光は、一斉に西の方角へと向かって飛び去って行った。
これまで、幾度となく戦場で出会ってきた、強大な悪魔たち。
彼らは、まるで冗談のように跡形もなく消滅してしまったのだ。
「おい、アルトリウス、これは――」
「あの悪魔たちは、ドラグハルトに全てのリソースを捧げました! これまでに得たものを全て……アルフィニールやエインセルから得たものを、全てドラグハルトに結集させたんです!」
「それは……」
流れとしては理解できる。奴らの決意も、その意志も。
だが、今このタイミングでそれを仕掛けてきた、それ自体が問題だった。
つまり――
「ドラグハルトは、ここで決着をつけようとしています。僕らが力を使い果たしている、今このタイミングで!」
アルトリウスの言葉に、俺は思わず顔を顰めた。
それとほぼ同時に餓狼丸の解放は途切れ、また他の発動スキルについても程なくして終了することになるだろう。
そうなれば、俺はしばらくの間、重いデメリットを背負うことになる。
とてもではないが、上位の悪魔と戦うことができる状態ではなくなるだろう。
そして、そんなアルトリウスの言葉を肯定するかのように、世界にアナウンスが響き渡った。
『――ワールドクエスト、《黒天を喰らいし竜災》を開始します』
「っ……! ドラグハルトがこの場にいなかったのは、それが理由か!」
ドラグハルトがなぜ大公級との戦いに顔を出さなかったのか、ずっと疑問だった。
その答えこそが、まさにこれだったのだ。
奴は最初から、自分たちだけでエインセルを倒せる状況にはならないと理解していた。
だからこそ、自分は最低限の仕事だけこなし、最後の大公級悪魔――即ち、西のヴァルフレアの許へと向かっていたのだ。
自らの部下たち、そして俺たち異邦人が、エインセルに勝利することを信じて。
「どうする、アルトリウス?」
「……とにかく、西に向かって下さい。ヴァルフレアの、ドラグハルトのところへ」
何をしろ、とアルトリウスが口にすることはなかった。
分かっているのだろう。今の俺の状態では、ドラグハルトを止められる筈がないのだと。
だが、それでも行かなければならない。何ができないとしても、それを目にしなくてはならないのだ。
「セイラン、来い!」
「クェエッ!」
翼を羽ばたかせて飛来したセイランも、決して無傷とはいかない状態だった。
けれど、その強い瞳に恐れの色はない。今すぐにでも飛び立てると、真っすぐとそう告げていた。
「お前たちも休みたいところだろうが、生憎と立ち止まってもいられない。すぐに出発するぞ」
「……了解です、急ぎましょう」
戦える状態でないことは、全員が理解している。
万全な状態であるものは誰一人存在せず、しかしそれでも戦わなくてはならない。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
(ドラグハルトめ、やってくれる……)
セイランに跨り、空へと向けて跳び上がる。
己の配下全てを自害させて得た力で、果たしてドラグハルトは大公級悪魔に勝利し得るのか。
その結末を、見届けに向かうこととしよう。





