908:最果てに在りし王 その9
『ふぅん、そういうことねぇ』
「……伝える内容があるなら、さっさと喋って欲しいのだけど」
七か所に道具を設置した後の、最後の一か所。
街の中を散々走り回らされ、時には転移まで使うことになったアリシェラは、不機嫌を隠そうともせずに通話の先へと声をかけた。
尤も、その程度のアピールが通じる相手でもないことは分かり切っていたのだが。
実際のところ、アリシェラが七か所すべてを回ったわけではなく、顔を合わせていない他の工作員も存在していたのだが、今更彼女がそれを気にすることも無かった。
通話の先の作戦司令たるファムは、しばし沈黙した後に声を上げる。
『今、アルファヴェルムから連絡があったのよぉ。エインセルの正体について、ね』
「敵の公爵から情報を得ていることは今更言うつもりはないけど、信用できる情報なの?」
『ええ、この場で嘘を吐いたとしても、彼らにとっての利益にはならないからねぇ』
事も無げに言い放つファムの言葉に、アリシェラは不機嫌そうに眼を細める。
だが、その情報が事実であるならば、攻略に向けた大きな前進となることだろう。
故にこそ、アリシェラは改めてファムへと問いかける。
「それで、エインセルはどういう存在だと?」
『一言で言えば、群体ねぇ』
「軍隊?」
『群体で軍隊。掛けているのかしらねぇ? とりあえず、軍隊じゃなくて群体よぉ』
その言葉に、アリシェラは小さく首を傾げる。
確かに、エインセルは軍勢を率いることを得意としている存在であり、それを疑う理由はない。
しかしながら、群体という言葉とはイメージが繋がらなかったのだ。
「アルフィニールとは違うのかしら?」
『あれは、一つの大きな塊だったわぁ。溶けて一纏まりになったスライムみたいなものねぇ。エインセルは大きさこそ同じだけど、性質は……渡り鳥の群れや魚の群れのような、無数の存在が固まって大きな形を形成しているような感じ、かしらねぇ』
ファムもその情報をまとめ切れていないのか、話の中には曖昧な部分が多かった。
しかし、それが事実であるならば、攻略の糸口も見えてくるのではないか、と。
『バックボーンからして、エインセルは己の内側に大量の人間を――かつての自分の民を飼っているのでしょうねぇ。そして、それを一部とはいえ破壊されたことで怒り狂った』
「……それが、エインセルという大公の弱点?」
『弱点とは言い難いわねぇ。だって、それを続けたところでエインセルを殺せるわけじゃないんだから。まあ、怒り狂わせて隙を作るぐらいならできるかもしれないけどぉ』
エインセルは群体であり、その一部を破壊したところで命には届かない。
アルフィニールと同様に、核となる部分を破壊しなくてはならないのだ。
一方で、エインセルにとってはその一部が失われることも許し難い所業である。
だからこそ、彼の大公はクオンのことを警戒し続けるだろう。
「なら、そんな相手をどうやって倒すの?」
『やはり、切り札となるのはシェラートの攻撃でしょうねぇ。だからそれを、エインセルの本体に当てられる状況を作らなければならないのよぉ』
ファムの言葉は、アリシェラにとっても理解できる内容だ。同時に、その難易度についても。
大公を相手に、数秒とはいえ静止しなければならないような攻撃など、そうそう当てられるようなものではない。
『それに、私の予想が合っているなら……そうねぇ、アリスちゃん。貴方、種族強化は終わっているのよねぇ?』
「……まあ、終わってるけど」
何でそれを知っているんだと文句を言いたくなるものの、無駄だと分かっているが故にアリシェラは口を噤む。
対し、ファムは小さく笑みを零しながら続けた。
『今仕掛けている遁甲陣は、準備に応じて様々な効果を持たせることができるわぁ。《呪詛術》だからデバフの方が得意ではあるのだけど、大公相手には相当な代償を支払わなければ通らないわねぇ』
「公爵相手には通じていたようだけど?」
『それでもごく短時間、それも他の攻撃手段を万全に準備した上での代物よぉ。今の状況じゃ、1,2秒デバフが通ったところでそこまでの意味は持たせられないわぁ』
その1,2秒があればクオンが一撃を当てられるかもしれない――その考えはファムの中にもあったものの、確実な作戦であるとは言い難かった。
故にこそ、ファムは策を巡らせる。エインセルという存在に対し、確実な一撃を届かせるために。
『だから……こうしましょうか。アリスちゃん、そこに仕掛けるのは三枚目の札よぉ。そして、最後の札を持ってエインセルのところに向かってね』
「ようやく自由行動ってことね……」
『ええ、でも、接敵したら即座に成長武器を完全解放させておいた方がいいわぁ。じゃないと、死にかねないからねぇ』
「煙に巻いたような言葉遊びはいい加減やめなさいよ。端的に言いなさい」
『そう? なら分かりやすく言いましょうかぁ……接敵したら、完全解放と《月光祭壇》を使うことになるわぁ。《月光祭壇》を使うタイミングは貴方が決めた方がいいから、しっかり考えてねぇ』
結局、完全には具体的とは言い難いその言葉に、アリシェラは眉根を寄せ――それでも、彼女は頷くと共に街の中央へと向けて地を蹴ったのだった。
* * * * *
端的に言って、本気を出したエインセルとの戦いは、まともな戦闘とは言い難いものであった。
ここまで戦ってくれば、エインセルの性質もある程度は見えてくる。
要するに、コイツは単独で軍なのだ。
無限に現れる兵士と、それらが操る強力な兵器。一つ対処したところで、それよりも多い数が更に投入される。
タイムラグは殆ど無く、戦場には常に大量の敵兵が満ちている状態――減ることのない、無限の軍勢。
「はあああッ!」
単独で見れば、戦闘能力はそこまで高いわけではない。
参戦した公爵級悪魔であるレヴィスレイトにとっては、容易く撃破できる程度の戦力でしか無いだろう。
しかし、同時に敵の攻撃を受けて完全に無傷とは言い難い。
強力な兵器による攻撃は、レヴィスレイトに対しても多少はダメージを与えていた。
そして、そのダメージを回復することはできない。赤いエフェクトを纏う兵士たちの攻撃は、公爵級悪魔が相手であろうとも、そのルールを強いることができた。
「ッ……!」
現れた戦車を破壊したレヴィスレイトは、その表情を歪めている。
彼女の攻撃力はエインセルの兵器を破壊するには十分なものなのだが、無傷で対処しきることはできていなかった。
先ほど、一度クリーンヒットを受けてしまい、手痛いダメージを負っていたのだ。
HPの総量からすればそこまでのダメージではないのかもしれないが、それでも消えない外傷はレヴィスレイトの動きを阻害し続けていた。
歩法――陽炎。
飛来する砲弾を回避しながら、少しずつエインセルとの距離を詰める。
立ち並ぶ兵器たちをレヴィスレイトが破壊し、ベルが魔法を放って兵器たちを消し飛ばす。
その瞬間に緋真が周囲を炎で包み、兵士たちの出現を阻害して――炎の向こう側に、エインセルの姿を捉える。
(やはり、コイツを仕留めるには『唯我』しかない。ならば――)
どうにかして、エインセルの隙を突かなくてはならない。
炎の向こう側で佇むエインセルの表情に焦りはなく――ただ、俺に対する憎悪だけが存在していた。
その足元からは何本もの砲身が出現し、こちらへとその砲門を向けてくる。
歩法――烈震。
その砲門が火を噴いた瞬間、俺は地面に張り付くように姿勢を低くした。
刹那、頭上を通り過ぎてゆく砲弾。体が削られるような錯覚を覚えながら、俺は更に前へと足を踏み出し――殺意に満ちたエインセルと、目線が交錯する。
「『生奪』――」
意識を加速させる。ほんの僅かであろうとも、『唯我』を当てられる隙を探るために。
エインセルに届くまで、あと五歩。奴は軍刀を振るい、空中に発生させた影から再び兵器を出現させる。
俺が接近するのが先か、或いは奴が攻撃を放つのが先か――その刹那。
銀の閃光が、前方の全てを薙ぎ払った。