907:最果てに在りし王 その8
影たちに交じり始めた、赤いエフェクト。
それは、ここに至るまでに通常の悪魔たちが纏っていたものと同じものに思える。
尤も、その効果はあまりよく分かっていなかったのだが――
「注意してください! 回復阻害の効果が高まります! 防ぎ切れないなら攻撃を受けないように!」
後方から響いたアルトリウスの言葉に、俺は思わず眉根を寄せた。
回復阻害――正確には、外傷の治癒阻害。それは、ここまで継続して見せてきたエインセルの能力だ。
HPの減少だけならともかく、外傷を伴うダメージは回復することが難しくなる。
ここまでは回復しづらいというだけで、時間をかければ回復できる程度のものだったが――
(アルトリウスがああ言ったということは、深手を負ったらその時点で戦線離脱と考えるべきか)
痛みに慣れている俺たちはまだしも、一般的なプレイヤーはその状態での戦闘続行は困難だろう。
たとえシステムで痛みが軽減されていたとしても、深手を負ったまま動き回ることは不可能に近い。
俺は《再生者》のスキルを持っているとはいえ、その効果もどこまで有効なのかははっきりしない。
どうしてもリスクを避けることはできないし、極力攻撃は受けずに立ち回るべきだろう。
「平伏するがいい。我が軍勢は不滅なり――」
影が沸き立ち、黒い人型たちが現れる。
赤いエフェクトを纏うそれらは、皆一様にこちらへと銃口を向けてきた。
一撃でも受ければ、戦線離脱は免れない。たとえ、大将首を目前にしているこの状況であったとしても。
それはまるで――ジジイに全てを譲らざるを得なかった、あの日の戦いのように。
あのような失態は、もう二度と繰り返すつもりはない。
「緋真、行くぞ」
「勿論です、先生」
未だ、攻略法が見えたわけではない。
だがそれでも、今ここで仕留め切れなくては、俺たちに勝利の目は無い。
その決意と共に、俺は緋真と共にエインセルへと向けて駆け出した。
当然、エインセルはその迎撃のため影たちの銃口をこちらへ向け――閃光が、その悉くを撃ち貫く。
『さあ――進みなさい!』
ベルが放った魔法は、影たちを一撃で破壊するに足るものだ。
だが、エインセルの影は、それでも何事もなかったかのように復活してくる。
どれだけ倒したところで、根本的な解決にはなり得ない。
けれど――その一瞬で、ベルは必要な時間を稼ぎ切った。
『――《軍勢の守り手》!』
それは、ベルの種族名を冠するスキル。
即ち、シリウスにとっての《不毀の絶剣》に相当する、強力無比なスキルであった。
その効果は、範囲内にいる味方への防御魔法の付与。
常時体の周囲を覆ってくれるこの防壁は、多少の攻撃程度では小揺るぎもしない。
放たれた火砲が弾かれる様子に、エインセルは煩わし気に目を細めた。
「白龍め、やはりそれを持つか」
その言葉を耳にしながら、エインセルへと接近する。
この悪魔は、白龍王たちを打倒している。即ち、ベルが使用したこのスキルについても初見ではない。
恐らく、何らかの対処法を有していることだろう。過信し過ぎれば、こちらが刈り取られてしまう。
基本は攻撃を受けないように立ち回るべきだろう。
「『生奪』」
スキルを発動し、踏み込む。
瞬時に迎撃が飛んでくるため、隙の大きいテクニックは使いづらい。
小刻みに攻撃を入れていくべきだろう。
「術式解放!」
緋真が刀を振り下ろすと共に、紅蓮の炎が周囲へと撒き散らされる。
炎に巻かれた影たちは、その熱によって焼き焦がされて出現とともに消滅する。
だが、それが先ほどよりも僅かに遅い。どうやら、多少の耐性を得ているようだ。
「っ!」
炎の間に揺らめく、黒い影。
それらは炎の合間から、焼かれながらも銃槍を突き出してきた。
歩法――間碧。
だが、先程よりも出現できる場所は限られているようだ。
多少は炎が薄い場所からしか出現しておらず、隙間を縫って進むことは可能である。
しかしその向こう側で、エインセルは再び砲身を展開する。
このまま進めば、その砲弾の餌食となってしまうだろう。
――しかしその刹那、後方から飛来した矢がその砲門へと吸い込まれ、内側から爆発と共に弾け飛んだ。
「……ランドか」
後方の援護に感謝しつつ、エインセルへと肉薄する。
一度攻撃は失敗したものの、エインセルは冷静なままこちらを観察している。
その目の中に、痛みへの恐怖はない。やはり、攻撃でダメージを受けることはないと確信しているのか。
斬法――剛の型、穿牙。
閃光の如き刺突。しかしその一撃は、エインセルの軍刀によって弾かれた。
しかし、それと共に俺はエインセルへと肉薄、その身へと左肩を当てる。
打法――破山。
踏み込んだ足が爆ぜるように音を立て、その衝撃を余すことなくエインセルへと叩き込む。
エインセルは強大な防御力を持つが、体重自体は見た目相応だ。
全力の衝撃により、エインセルの体は後方へと吹き飛ばされる。
「しッ!」
それを追い縋るように、炎の尾を引きながら緋真が突撃する。
だが、その道を遮るように、いくつかの影が姿を現した。
緋真は炎を放ってそれを迎撃し――その眼前から、飛び出すように戦車が現れた。
流石に戦車そのものまでは無視できず、緋真は戦車を迎撃することとなった。
「ちッ……」
その向こう側で、エインセルは既に体勢を整えている。
残念ながら、追撃には間に合わないだろう。
俺は戦車を迂回するように駆け――しかし、その道もまた出現した戦車に塞がれた。
(足を止めれば狙い撃ちにされるってのに、どこからでも戦車を出してくるのは――)
広がる影の気配に眉根を寄せ、強く地を蹴る。
戦車は小回りが利かない。その砲身がこちらを向くよりも先に肉薄し――
「――『生奪』」
振り下ろした刃にて、その履帯を斬り裂いた。
足を殺された戦車はそのまま空回りし、動きを止めてしまう。
俺は動きの止まった戦車を足掛かりにエインセルの方へと向かい、その光景に思わず顔を顰めた。
足元に影を展開したエインセルは、そのままいくつもの兵器を周囲に展開し始めたのだ。
(本当に、面倒なことこの上ない……!)
ただの歩兵ならば容易く処理することはできた。復活したとしても、対処することは難しくなかったのだ。
だが、強力な兵器となるとそうはいかない。戦車の群れなど、そうそう簡単に対処できるものではないのだ。
シリウスを呼び込みたいところであるが、生憎とシリウスは後方の安全地帯と化している。
そろそろこちらに連れ出したいのだが、下手に呼び寄せると後方が戦線崩壊しかねない。
だが、あの戦車の群れを蹴散らすとなると、相応の大技が必要だ。
となれば――
「――ベル!」
『いいでしょう……!』
後方にて、魔力の収束する気配。
それと共に、一条の眩い閃光が戦車たちをなぞるように放たれ――刹那の後、強大な魔力が爆裂した。
ベルの持つブレスである、《レーザーブレス》。
シリウスのブレスのように拡散する性質はないが、狙った場所へと正確に着弾する強力なブレスだ。
それによって戦車たちが吹き飛んだ瞬間に、俺はエインセルへと肉薄した。
(斬撃は効かない。打撃も無意味。恐らくは、刺突も魔法も同じこと――)
エインセルに通じる手札が無い。
やはり、『唯我』を使わなくてはならないのか。
だが、集中なくしてあの業を使うことは不可能、いかにして隙を作るべきか。
考えが纏まらぬまま、それでも体は正確な足運びでエインセルへと向かい――その横に、一人の騎士が並んだ。
「……レヴィスレイト」
「慣れ合うつもりはない。邪魔はするなよ、魔剣使い」
「フン、こちらの台詞だ」
気に入らない相手であるが、その実力は確かだ。
戦力としては当てにすることにしつつ、俺は待ち構えるエインセルへと刃を向けた。





