906:最果てに在りし王 その7
斬法――剛の型、竹別。
正面から振り下ろした餓狼丸の刃が、エインセルの軍刀へと食らいつく。
ステータスでは及ぶべくもない。大公級悪魔とは、それほどまでに規格外の存在だ。
故に、そもそも力比べをする意味そのものが無い。
今の狙いは、ほんの僅かな足止めだけだ。
「『生奪』――」
歩法――間碧。
スキルを発動すると共に、警戒したエインセルが影を放つ。
足元で蠢く気配は、銃槍による攻撃だろう。
それをすり抜けるように躱し――入れ替わるように、炎を宿した緋真が飛び込んだ。
飛び出してきた影たちを丸ごと焼き焦がしながら、緋真の振るう刃は下から掬い上げるようにエインセルへと迫る。
その一撃を、エインセルは再び軍刀で防ぐと共に、背後から戦車の砲身を展開した。
「消し飛ぶがいい」
「それはこっちの、セリフだッ!」
紅蓮舞姫による攻撃は防がれた。だが、緋真にはもう一振りの刀がある。
赤黒い獄炎を吸収した、篝神楽の一閃。逆手に持ち替えられたその一撃は、巨大な炎の爪となって顕現した。
高密度の炎によって構成された五本の爪。長時間チャージをし続けていたが故に最大限に高まっていたその威力は、戦車の砲身すらも容易く焼き斬ってしまった。
「……!」
当然、炎の爪による斬撃はエインセル本人にも襲い掛かる。
その一撃はエインセルの身に容赦なく喰らいつき、その身を確かに焼き焦がして見せた。
しかしながら、直撃を受けたにもかかわらず、深手に至っている様子はない。
精々、少しだけ鎧が焦げた程度のダメージであった。
(……今の威力でこの程度のダメージか)
果たして、どのような仕組みによるものか。
純粋なステータスによるものというよりは、何らかの性質を宿しているように思えてならなかった。
その証明のためにも、俺は更にエインセルへと肉薄する。
緋真の一撃を受け、大したダメージにはならずとも衝撃によって体勢が泳いでいる。
今の状況ならば――
斬法――剛の型、輪旋。
大きく翻した刃が、エインセルの脇腹へと直撃する。
防御力を貫くその一閃は、エインセルの纏う鎧を貫き、その身へと刃を食い込ませて――けれど、肉を裂く感触には至らない。
小さく舌打ちし、俺は刃を振り切ると共に体を沈め、即座に地を蹴った。
瞬間、俺のいた足元から、強烈な爆発が巻き起こる。どうやら、視線を通さずともこの爆破は行うことができるらしい。
「地獄の炎よ――」
視線を向け、緋真は種族スキルの赤黒い炎を放つ。
狙った場所に直接炎を発生させられるそのスキルにより、エインセルの顔面を炎で包み込んだのだ。
かなりえげつない攻撃であるのだが、エインセルはまるで痛痒を覚えた様子もなく、軽く頭を振って炎を散らしてしまう。
だがどうやら、中々に不快ではあったようだ。
「まとめて、消し飛ぶがいい」
その声と共に、頭上にいくつもの黒い渦が出現する。
まるで当然と言わんばかりに、そこから顔を出すのは戦車の砲身。
近場に出せば対処されるが故に離れた場所に、しかも一度には対処しきれない数を出現させるか。
「チッ……!」
咄嗟に、強く地を蹴って跳躍し、更に鎖を伸ばす。
緋真もまた、大きくジャンプして《空歩》と共に高く跳び上がった。
地上にいれば、複数の砲弾とその着弾時の爆発を請けることになる。
だが、接近すれば対処しなければならないのは一発だけだ。即座にそう判断した俺たちは、頭上に合った砲身の一つに接近し――
「《練命剣》、【煌命撃】」
「【火日葵】!」
こちらはテクニックの一撃により砲身をへし折り、緋真は放った火球を砲身の中に突っ込んで爆散させる。
その一瞬で俺たちは砲身より上の上空にまで到達し――次の瞬間、地上は無数の爆風に包まれた。
隙間のない絨毯爆撃、俺たちだけでこれを防ぎ切ることは不可能だっただろう。
とはいえ――
「こっちはこっちで問題だがな……!」
エインセルは、俺たちが上空に逃れることも選択肢の一つとして考えていたんだろう。
大きく跳躍した俺たちへと、当然のように対空砲の砲門を向けてきた。
当然だが、上空では回避しきれるようなものではない。
舌打ちと共にもう一度鎖を伸ばそうとして――光が、閃いた。
『お待たせしました、我が友よ』
無数に出現した光球、そしてそこから放たれる光の筋。
それらは、エインセルの展開した影を打ち砕いて対空砲を消滅させた。
翼を羽ばたかせて着陸したのは、体の各所に焦げた跡を残すベルだ。
どうやら、多少強引にエインセルの陣容を突破してここまで辿り着いたらしい。
「無茶をしたもんだが、いいタイミングだ!」
『私抜きで、戦いを進められても困りますから』
ベルの近くに着地し、その言葉に笑みを浮かべる。
この戦いは、ベルにとっては復讐のためのものだ。彼女抜きで進めてしまっては、確かに失礼というものだろう。
『それに、貴方の仲間も来ていますよ』
「――【断概】ッ!」
ベルの言葉に続くように振り下ろされたのは、長大に伸ばされた大剣の一振り。
空を裂かんと言わんばかりに大上段から振り下ろされた一閃は、真っすぐとエインセルに振り下ろされ――その軍刀によって受け止められた。
巨大な衝撃にエインセルの足元が砕けるが、しかし奴自身は涼しい顔のままだ。
攻撃の主であるアンヘルを冷たい視線で見つめ――飛来した矢と弾丸を、出現した影たちの攻撃によって弾く。
「はぁ……無茶苦茶ですね。シェラート、何か作戦はあります?」
「それはむしろお前の旦那の担当だろう?」
大剣を元の長さに戻したアンヘルは、反撃に放たれた火砲を躱しながら眉根を寄せている。
どうやら、ランドもまだ対応策を考えあぐねている状態のようだ。
そのランドは、若干距離を開けてこちらを俯瞰できる位置取りを保っている。
とはいえ、そこもエインセルの射程圏内であるし、とてもではないが安全圏とは言えないのだが。
(さて、どうするか)
攻撃を当てることは、難しいが不可能ではない。
だが、コイツ相手に有効な攻撃が、今のところ思いついていないのが実状だった。
篭手を使ったうえでの『唯我』ならば可能性はあるが、それを当てられるほどエインセルの隙は大きくない。
少なくとも、五秒程度の隙は欲しいところであった。
「……煩わしい雑兵共め。揃いも揃って、王の前を汚すか」
「王とは我が主君ただ一人。魔女の僕が、間違っても口にするなッ!」
――刹那、巨大な剣が降ってくる。
その巨体でありながら、振るわれる速さはあまりにも速い。
大地すらも真っ二つにするような、その斬撃。
それを受け止めたのは、影より出現した巨大な砲門であった。
戦艦砲の如きその一撃は、振り下ろされた巨剣の一撃を弾き返し――その瞬間の衝撃波に押されかけ、俺は重心を落として観察した。
「フン、竜心公の下僕たる貴様が吠えようとはな、レヴィスレイト」
「汚らわしき魔女に与する貴様に、我が王を語る資格などありはしない」
「その王とやらはどうした? この城砦を貫くために、随分と力を使ったようだが」
公爵級第二位、レヴィスレイト。ドラグハルト陣営の軍団長のような立ち位置。
先ほどの巨剣は、どうやら真の姿を現さずとも一時的に出現させることが可能らしい。
この場であれを振り回されるとこちらが巻き込まれかねないため、そこには注意が必要だが。
(しかし、やはりドラグハルトは来ていないのか)
この城塞都市を貫いた黄金の光。
やはりあれは、ドラグハルトにとってもかなりの消耗となる攻撃であったようだ。
お陰で助かったことは事実だが、この場に参戦できなくなるリスクを負ってまで、何故そのような作戦に打って出たのか。
未だにその謎は解けないが、生憎とそれを気にしている余裕はないだろう。
「魔女に与するか……まあいい、役者は揃ってきたようだ。ならば――そろそろ、幕を引くとしよう」
空気が変わる。一段と深く、暗い、何かへ。
その刹那――エインセルの足元に渦巻く黒い影は、先ほど戦った悪魔で見たものと同じ、血の様に赤黒い色が混じり始めていた。





